2012-3-7 01:23
096.かすんでゆく視界【学園的な100題】
紫煙は白い吐息にまぎれて消えた。
見慣れぬ景色は篠突く雨に煙り、地平の彼方を隠している。
霞む世界のただ中で、逝く人はいずこで何を思うのだろう。
取り留めのない思考の中で、ぼんやりと考えていた。
遥かなあの日、笑い合ったことを少しでも思っただろうか。
よもや知る者もいない答えを教えて欲しい。
遠く、そして近くにいることを知らしめて欲しかった。
四温の雨とは程遠く、外気は刺すような寒さを増した。
吹き込む風が袖を濡らす。
その清々しい冷涼さを、むしろ好ましくさえ思った。
興味もなかった面々が代わる代わるやって来ては去っていった。
流す涙は誰が為か。
答える者のない問いは理性によって留められた。
茶番じみた邂逅を無感情に眺める自分がいた。
暗雲の下、梔子が枝に涙を湛えている。
暖かなあの日、誰しもが不変を信じていたことを思い出した。
遠く去りゆく意識の中で、逝く人は最期に何を思ったのだろう。
安らかな寝顔を撫でた。
冷え切った肌の滑らかさに、まだ事実を受け止めきれなかった。
幸せな思い出の中に、まだ鮮やかに住んでいるから。
見慣れぬ景色の中に見知った姿を探したが、何も見えなかった。
煙る時雨は、すぐそこに在る人への慈雨なのかもしれない。
かすんでゆく視界の中で、紫煙は白い吐息にまぎれ、知らぬ間に消えていった。