096.かすんでゆく視界【学園的な100題】



紫煙は白い吐息にまぎれて消えた。

見慣れぬ景色は篠突く雨に煙り、地平の彼方を隠している。





霞む世界のただ中で、逝く人はいずこで何を思うのだろう。

取り留めのない思考の中で、ぼんやりと考えていた。

遥かなあの日、笑い合ったことを少しでも思っただろうか。





よもや知る者もいない答えを教えて欲しい。

遠く、そして近くにいることを知らしめて欲しかった。





四温の雨とは程遠く、外気は刺すような寒さを増した。

吹き込む風が袖を濡らす。

その清々しい冷涼さを、むしろ好ましくさえ思った。





興味もなかった面々が代わる代わるやって来ては去っていった。

流す涙は誰が為か。

答える者のない問いは理性によって留められた。

茶番じみた邂逅を無感情に眺める自分がいた。





暗雲の下、梔子が枝に涙を湛えている。

暖かなあの日、誰しもが不変を信じていたことを思い出した。

遠く去りゆく意識の中で、逝く人は最期に何を思ったのだろう。





安らかな寝顔を撫でた。

冷え切った肌の滑らかさに、まだ事実を受け止めきれなかった。

幸せな思い出の中に、まだ鮮やかに住んでいるから。










見慣れぬ景色の中に見知った姿を探したが、何も見えなかった。


煙る時雨は、すぐそこに在る人への慈雨なのかもしれない。


かすんでゆく視界の中で、紫煙は白い吐息にまぎれ、知らぬ間に消えていった。






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