キースは意外と大胆だ。

「………」
虎徹はムスっとした表情で空を見上げている。
雲ひとつない快晴で、気持ちも晴れやかになるくらいの良い天気なのだが、虎徹の心は全く晴れやかではなかった。
その理由の主な原因は、一人の人物に集中している。
「…わぁ!ねぇママ見て!スカイハイだよ!」
「まぁ、よかったわね!スカイハイが見れて」
虎徹の近くにいる親子連れが、そろって虎徹と同じように空を見上げて楽しそうに会話をしている。
その視線の先には、天を舞うヒーローが一人。彼こそキングオブヒーローと呼ばれているスカイハイだ。
そして、虎徹がムスっとしている原因でもある。
「ったく…」
小さく言葉を吐き出すと、踵を返してその場から離れようとした。
だが、その足はぴたりと止まってしまう。
「……あぁ、もう…!」
虎徹は帽子の上から頭を抱えてうーうーと唸ると、結局はその場から離れずにまた上空を見上げるのだった。
その先にあるのは、手の届かない場所にいる相手。
絶大な人気を誇り、皆のヒーローであるスカイハイ。けれど、そんな彼がこんなオジサンに夢中になっていると知ったら、どうなるのだろう。
「俺は何を考えているんだか…」
小さな溜息と共に吐き出された言葉は誰にも聞かれることはなく、虎徹は苦笑を浮かべて空に向かって手を伸ばした。その先にいる人物へ向けるように。
すると、空を旋回していたスカイハイが地上に向かって手を振り始めた。周囲がわっと盛り上がる中で、虎徹はまさか俺が見えてたなんてある訳ないよな、と冷や汗をかく。
その答えが分かるのは、1時間後だった。

「待たせてすまない、そしてすまない!」
「あー、いや、別に大丈夫だから」
スカイハイからキースに戻った彼は、爽やかな笑顔を浮かべて虎徹の元にやってくる。
慌ててシャワーを浴びたのだろうか、まだ髪が乾いていないその毛先に水滴が垂れ落ちていた。
更衣室のソファーに座っていた虎徹は立ち上がると、キースの頭をわしわしと撫でる。やはりちゃんと乾いていない。
「おい、ちゃんと頭くらい乾かしてこいよ」
「ワイルド君を待たせたくなくてね、つい」
苦笑を浮かべるも、その表情には嬉しさが溢れ出していて虎徹は言葉を詰まらせる。彼のこういう表情は苦手だ。だって、全て許したくなってしまうから。
「と、取り敢えず乾かしてやるからドライヤー持ってこい!」
「ありがとう!そしてありがとう!」
「バカ!抱き付くなって!」
キースはぱぁっと表情を明るくして虎徹に抱き付きながら礼を言うと、ドライヤーを取りに走って行った。
そんな様子に、まるで大型犬を見ているみたいだと虎徹は思いつつ、少し赤くなっている頬をなんとか落ち着かせようと手で顔を煽る。
今日は、キースが上空パフォーマンスをするということで見に来てくれと満面の笑顔で言われ、断れる訳もなくやってきた虎徹なのだが、胸のもやつきが取れないままでいた。
その理由が、キースにあるのだ。
「さぁ、ワイルド君お願いするよ」
「っ、お、おう」
音もなく現れたキースに虎徹は驚きつつ、彼の手からドライヤーを受け取るとキースをソファーに座らせて髪を乾かしてやり始める。
少し癖はあるが髪に手を入れて根元から乾かしてやると、ふと自分の娘のことを思い出した。そういえば、よくこうやって髪を乾かしてやったものだ、と思いに耽っているとキースが頭を動かして上を向く。
「おわっ、何だよ」
「さっき、私に向かって手を伸ばしていたね…?」
「…マジで見えてたのか?」
「なんとなく、だけど」
パチンとウインクをしながら言う相手に、虎徹は何ともいえない表情になった。なんでコイツはこういうのが似合うかなぁ。そう思いつつも言葉にはせず、上を向いたままのキースの髪を乾かし続けてやる。
「だから、私も手を振ってみたんだが気付いてくれたかな?」
「いや…皆に振ってるって思ってたんだが」
「ふふ、私は虎徹に向かって手を振ったんだよ?」
「っ」
虎徹、と名前で呼ばれて、ドライヤーを使う手の動きが止まってしまった。
普段は「ワイルド君」とヒーロー名で呼ばれることが多いのだが、ふとした瞬間や二人きりの時に不意に名前呼びをしてくる。そんなキースに虎徹は一々反応してしまうのが悔しい。
「あ、のなぁ…今日はファンに感謝するために上空パフォーマンスをしたんだろ?」
「そうだけど、ファンよりも何よりも大切なのは虎徹だから」
「っ!」
今度は、虎徹は完全に動きが止まった。思考も止まった。何でこの男はこうも甘い言葉をさらっと言ってくるのだろうか。聞いているこっちが恥ずかしい。
「…で、も、キングオブヒーローがそんなんで、どうする。もっとファンに目を向けてやれやい」
少しぶっきら棒な口調で虎徹がそう言うと、キースはくすっと笑いながら自分の髪を梳いている虎徹の手を取り。
「愛する相手を守れずに、キングオブヒーローと言えるかい?」
と言いながら虎徹の手の甲にキスを落とす。
ガタン。
虎徹は持っていたドライヤーを落とし、赤い顔で口をぱくぱくとさせた。
「〜っ!乾いた!から、帰るぞ!」
慌てて落ちたドライヤーを拾い、電源を止めるとキースの頭をぺしっと叩いた虎徹は、そう言って更衣室から出る。その後を追うようにキースも更衣室から出ると、楽しげな表情で虎徹の隣を歩いた。
虎徹はそんなキースを一瞬だけ見て、視線を前に戻す。
最近はキースに翻弄されたばかりだ。
「あ、帰りは電車かい?」
「おう」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろう、そして帰ろう!」
「…はいはい」
これ以上相手のペースにはまると余計に疲れてしまう、と虎徹はそれ以上何も言わず駅まで歩き続けるのだった。
休日の駅はそれなりに混んでおり、気を付けないと人とぶつかってしまう。注意をしつつホームまで向かうと丁度電車から降りた人でごった返しており、大柄な男の人とぶつかってしまった。
「っと、すみません」
「あ、いえこちらこそ…っわ」
相手が謝ってきたので虎徹もそう言い返すと同時に、腰を捕まれ引き寄せられる。ぽすん、とキースの腕の中におさまる形のとなると、耳元で大丈夫かい?と囁かれた。
「っ!おい…こんなとこで何すんだ、よ!」
流石に大声で怒鳴ることは出来ないがそれでも俺は怒ってるんだぞ、と言う口調で虎徹は言った。
キースは意外と大胆だ。人目もはばからず、平然とこういうことをやってのける。
「ん?虎徹が危なっかしいから、つい」
「つい、じゃねぇよ…!」
虎徹はムスっとして唇を尖らせながら言うと、気付くとキースの顔が眼前に広がった。
「ん」
「っ!!」
ちゅ、と軽いリップ音を響かせて離れた相手の顔は相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。憎たらしいくらいに。
「キース…お前なぁ…!」
今にもぶち切れそうな虎徹はわなわなと肩を震わせて相手を睨むが、それすらも愛おしく見えると前に言ってきた相手には効果はないだろう。
「だめだな、私は。いつでもどこでも虎徹を感じてたい」
ストレートなその言葉に、虎徹の怒気も消える。ああもう何なんだこの色男は、と言いたい。
赤くなる顔を必死に抑えつつ、キースの腕の中から離れると、今度は手を掴まれた。
「あんだよ…」
「もう先程のようなことはしないから、手を繋ぐのなら、いいかい…?」
捨てられた子犬のような表情でそんなことを言われたら、何も言い返せない。
虎徹はキースから視線を外すと、ホームにきた電車に乗るために歩き始めた。
その手は、離さないまま。

結局は、自分だってこの男に溺れているのだから。

 

end.


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ツイッターでRTされたら、駅のホームで怒る相手に手を繋ぐ空虎をかきなさいっていうお題が出て、なRTしてもらえたので書き上げた空虎です。
自分の中でキースがイケメンすぎてトゥライ…!!
もっと天然さを出したかったのですが、ただの色男になってしまいましたね!