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健二が顔を上げると、佳主馬とばっちり視線が合う。切れ長の瞳は真っ直ぐに自分を見ていて、普段はあまり人と目を合わすことが苦手な健二は思わずうろたえてしまうが、それでも何とか視線を合わせ続けた。
「池沢くん…あ、ありがとうっ…!!」
痴漢から自分を助けてくれたこと、そしてこうやって優しく接し続けてくれること。様々な感謝の気持ちをまだ言葉で表していなかった健二は、しかし上手い言葉が出ず単純だが「ありがとう」とだけ言った。
何度お礼を言っても言い足りない。けれども言葉が上手く出ない。まだ微かに震える体をしっかりさせ、視線は逸らすことはしなかった。
「どういたしまして」
ふっと微笑を零して健二の頭をポンポンと撫でた佳主馬はそう言い、健二から離れると部屋にある机に置いてあるペットボトルを持ってきて手渡す。
「水、飲みなよ」
「あ、ありが、とう」
ペットボトルを受け取った健二はキャップを開けてナカのミネラルウォーターを一口飲んだ。水分が体に入っていくと、思いのほか喉が渇いていることに気付きゴクゴクと飲み始める。
一気に半分ぐらい飲んだ健二は、ほぅ、と息を吐き出して少し脱力すると一気に疲れがよみがえり、猫背気味の背を更に丸くした。
少しぼぅっとしていたが、ずっと気になっていたことがありチラチラと佳主馬を見ていると、相手にバレていたのか今度はしっかりと目と目が合ってしまう。
「何?」
「えっ?!あ、いや…っその…」
元々細めがちな佳主馬の瞳にじっと見つめられると、それだけで威圧感が掛かるというか何というか。ちょっとしたプレッシャーをかけられているようにも感じてしまう健二は、しどろもどろと視線を泳がせた。
「言いたいことがあるなら、言いなよ」
言葉だけではキツく感じてしまうかもしれないが、佳主馬の声色が優しくてどこかホッとする。
「そ、その……なんで、僕を…助けてくれたのかな、って…」
すると佳主馬は健二の隣に胡坐をかいて座りこみ、膝に肘をついてその手で顎を支え健二を見つめたまま少し考え込んでいるような表情をしていた。
「…クラスメイト、だから…?」
語尾が疑問系なことに思わず肩をずるりを落とし、不思議そうに佳主馬を見る健二。
「でも…僕、池沢くんと仲がいいってわけじゃないし…というか、ちゃんと話すの初めてだよね…?」
そんな自分を助けて、ここまで親身にしてくれる佳主馬が不思議でならない健二は、彼の反応を恐る恐る伺った。
すると佳主馬は視線をそらして、顎にあった手で口元を押さえてやや気まずそうな表情を浮かべる。
こんな表情もするんだなぁ、と普段はクールで表情を崩すことのない佳主馬を見ていた健二はそう思って仕方ない。
「……あのさ…」
ぽつりと呟かれた言葉にハッとして佳主馬の横顔を見た健二は、驚きに目を見開いた。佳主馬の褐色の肌は、ほんのりと赤らんでいて、まるで照れているように見える。というか、失礼ながら、彼が照れることなんてあるのだろうかと思った。
「今から言うこと、笑わないでくれる…?」
「へっ?!あ、うんっ!」
ペットボトルを持ったままコクコクと何度も頷いた健二を横目にみた佳主馬は、一度息を吐き出すとやはりほんのりと赤らんでいる顔を健二に向け。
「小磯ってさ…なんか、小動物っぽいっつーか……小さい時に飼ってた、ハムスターに似てるんだよ…」
「………へ…?」
思いもよらない佳主馬の言葉に健二の思考は停止した。あの、クールな佳主馬が、自分をハムスターに似ている、と言い放ったのだ。
「そ、そのっ…似てるっつーのは、雰囲気とかで…!別に小磯がハムスター顔してるって訳じゃなくて…」
「ハ、ハムスター顔…っ!」
どうやらその言葉が健二のツボに入ったようで、笑いを堪えながら肩を震わして俯く。
「…笑うなよ……」
少し不貞腐れたような声に健二は顔を上げると手をブンブンと振って違うんだと伝えようとした。
「ご、ごめ…ハムスター顔…て…なんかっ…ツボって…」
笑い声は出さないものの、顔は明らかに笑うのを堪えてます!という表情でいて、佳主馬も思わず表情を緩めてしまう。
やっと健二の笑い顔を見れたことに佳主馬はホッとし、表情も先程より明るくなっていて更に安心した。
「ま、確かにハムスター顔ってなんだよって話だよね」
クスッと笑いながらそう言うと、健二が急に固まってしまったことに佳主馬はキョトンとする。別段変なことを言った訳ではないと思っているが、どうしたのだろうかと思い首を傾げた。
「池沢くんの笑った顔…はじめて見た…」
思いがけない言葉に今度は佳主馬がキョトンとする。だが、考えてみれば学校でクラスメイトと談笑することもなく、周りからは勝手にクールだの仏頂面だの言われてきた佳主馬が、こうやって誰かと笑い合うことなんて幼い頃以来かもしれない。
そう考えると、健二とこうやって普通に話し、笑い合うのが不思議で仕方なかった。どうして彼とだと、こんなにも楽に話せるのだろうか。
「ぁっ…ご、ごめん…失礼なこと言っちゃって…!考えてみれば、僕は池沢くんとこうやって話す機会なかったし、クラスメイトってだけで交流なかったから…僕が知らないだけで、池沢くんだって友達とこうやって笑いあうよね…!」
少し顔を青ざめさせておろおろとする健二はそう言うとまたごめん!と謝って頭を下げる。
「いや、俺友達なんていないし」
「へっ?」
「だから、小磯の言う通りかも。誰かとこうやって笑い合うの、久々だし」
顎に手を当ててそう答える佳主馬は苦笑を浮かべていて、視線は自分を越えて何処か遠くを眺めているようだった。同い年なのに、大人びた佳主馬のその表情にドキッとしてしまい、健二は少し顔を赤らめてしまう。
「小磯もさ、仲いい奴そんないないじゃん?ちょっと俺と似てるから、こうやって話しやすいのかも」
「あー、うん…人見知りがちでさ…あと自分と合うひとってあんまりいなくて」
「うん、それ分かる。別に無理に友達つくらなくても一人でいいやって思うし。一人のほうが楽だし」
「そうそう!」
佳主馬の言葉に同意しブンブン首を立てに振る健二に、佳主馬は今度は破顔した。
「小磯って、意外と面白いな」
また頭をポンポンと撫でられて健二は硬直してしまう。佳主馬がこんなにも表情を豊かしたことや、自分と同じ一面があること、親近感が一気にわいたと同時にこうやって普通に話し合えるのが不思議でならない。
「俺さ、小磯となら仲良くなれる気がする」
今度はニヤリと笑いながら言われて、健二の心臓はドクンと脈打つ。
学校で人気者のカッコイイ彼にそんな表情をされたら、男だってドキッとしちゃうよね!と自分に言い聞かせつつ、健二は佳主馬の言葉が嬉しくて堪らなかった。
遠くの存在だったひとが、自分と近いものだと分かると嬉しい。しかも何でもこなす佳主馬に憧れを抱いていたから尚更だ。
だが、よくよく考えてみると、こんな女装癖のある自分と本当に仲良くしてくれるのだろうか。今まで明るい気持ちだった健二の心に闇がさす。
いきなりしゅんとしてしまった健二に驚いた佳主馬だが、自分と仲良くなるのが嫌なのだろうかと思ってしまい表情を硬くした。
健二が、訳があって女装癖があるように、佳主馬も友達をつくらないことに理由があった。
※当日まで一番上にしておきます(随時更新)※