今日は七夕。
織姫と彦星が年に一度だけ会える特別な日。

 けれどそんな夜空を見れることなく、梅雨の時期にある独特の暗く厚い雲に空が覆われていた。

『今日も天気悪いね』
「うん、折角の七夕なのに。これじゃあ願い事なんか叶わないよ」

 今日も今日とてパソコンに向かい合うのは、健二と佳主馬。
あの夏から二人は仲を深めていき、OZで毎日のように会っていた。
 東京と名古屋の距離はネット上では皆無であり、気軽に会えることはとても嬉しいと健二は思っている。
元々憧れていたキングカズマがあの佳主馬であり、彼と―いや佳主馬と彼の親族の陣内家と今でも親交があるのは、健二にとって大きなことだ。
 あの夏から五年も経ち、健二は大学生、佳主馬は高校生。互いに(特に佳主馬は)青春を謳歌しているはずなのだが、互いに自分の好きなことばかりしており、浮いた話はない。
 健二と夏希は良い雰囲気だったのだが、どことなく恋愛感情まで発展せずに良い先輩後輩として今でも交流はある。そして毎年、夏になると陣内家がある上田に一緒に行くのだ。
「上田は綺麗な星空なんだろうねぇ」
『どうかな?全国的に天気悪いし』
「ここのとこ毎年悪いよね…」
 ウェブカメラを通して画面に映る健二は誰が見ても分かるくらいに思い切りがっかりとしていて、佳主馬は思わず苦笑を零す。
『確かに、毎年こうだよね』
 佳主馬は高校三年になり、五年前のあの容姿とは比べ物にならないほど成長した。背も高く、声も低くなり、見た目も良い。周囲でイケメンと騒がれているものの、本人は全くきにしていないのが佳主馬らしい所だろうか。
 そんな佳主馬の心は、あの夏の日から健二に向いていた。
 弱そうな見た目とは違い、芯のある真っ直ぐな心や意外と頑固な所。人見知りな性格だが打ち解けた時に見せる柔らかい笑み。全てが佳主馬にとって眩しく見えて、気付いた時には健二を好きになっていた。
 OZでは完全無敵な佳主馬だが、現実ではそうはいかない。健二に告白なんて、この心地良い関係が崩れるのが怖くて出来ないのだ。勇気を絞って告白できても、自分を気持ち悪がられ最悪嫌われてしまったら、と思うと生きていけないのではないか、というくらいにこの恋心は強く大きい。
「七夕が年に一度、っていうのもあるけど…梅雨も被るからこの日くらいは星空を見たいと思うんだよね」
『ふぅん…以外』
「へっ」
『健二さんが数学以外で興味を示すものがあって、以外だなぁと』
 七夕の天気を気にするなんて今まであっただろうかと思い返すが、そんな記憶は見当たらない。だから思ったことを言ってしまった。
『あー…うん、そうかも……ここ何年か、そう思い始めたんだけど、言ったのは初めてかも…』
 苦笑しながらそう言う健二は、ふと視線を横に向ける。きっと窓の外を眺めているのかもしれない。
『でも…』
「…?」
 窓の外より遥か遠くを見ているような、どこか遠い眼差しを浮かべる健二の小さな言葉を拾った佳主馬は、続きを促すように黙った。
『織姫と彦星は、地上の沢山の人に見られるのが嫌なのかも。二人きりでひっそり逢っているのかもね』

―だって、逢えないのは悲しいもの―

 最後に囁くように言われた言葉に、佳主馬は目を見開く。
 健二の表情はどこか憂いを含んでおり、今まで見たことのないその表情に佳主馬は釘付けになった。
まるで自分が“誰か”に会えないのが哀しいような、そんな風に見えてしまい、胸がギュッと締め付けられるような痛みが走る。
 健二を、そんな表情に、そんな気持ちにさせてしまうのは誰なのか。もしかしたら両親のことを想っているのかもしれない。でも、それが自分だったらいいのに。そうも思ってしまう。
『……あっ、ご、ごめん、変なこと―』
「俺はっ!」
 健二の言葉を遮ってでた声は思った以上に大きく、佳主馬は自分でも驚いてしまった。だが目の前の画面に映る健二は、もっと驚いた表情をしている。
「俺は…俺はっ、すぐに会いにいくから…どんなことがあっても、健二さんにすぐに会いにいくから…っ」
―だから、そんな顔しないでよ―
 その言葉までは続けられず、唇を噛み締めて画面越しに健二を見つめた。
「…ぁ…ご…ごめん…いきなり…」
 だが健二の驚いた表情を見ていると居ても立ってもいられず、慌てて謝ると今度は健二も慌てて首を振り。
『ううんっ!…あの…その……嬉しいよ、佳主馬くんに…そう言ってもらえて…』
 今にも泣き出しそうな、けれどふにゃりと微笑み嬉しげに言う健二が儚く見えて、佳主馬はまた胸が締め付けられるような痛みに襲われた。
(ますます、好きになるよ…)
 佳主馬は今にでも家を飛び出して、健二の元に行きたい気持ちでいっぱいになる。そして、好きだと伝えたいと思った。
 画面越しではなく、ちゃんと、健二の目の前で。
『あ、もう…こんな時間だね』
「えっ…あ、そうだね…」
 健二に言われて画面に映る時計を見ると、そろそろ落ちる時間だ。名残惜しくあるが、このままの雰囲気だと互いにギクシャクしてしまう気もする。
「じゃあ、また明日。お休みなさい健二さん」
『うん、お休み。……今日は、佳主馬くんと話せて良かった』
「ぇっ―」
『じゃあ、また明日ね!』
 佳主馬がその言葉に意味を問い掛けようか迷った瞬間に、健二はふわりと微笑みログアウトした。
最後は何時もの明るい健二だったので一安心したが、先程の言葉の真意が知りたくて堪らない。
「健二さん…好きだ…」
 佳主馬はポツリと呟くと、ログアウトして窓の外を眺める。来年は、きっと晴れて綺麗な天の川が見れると信じて。

おわり


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もどかしい二人を書きたかったんです!!
両思いなのに片思いだって互いに思ってるのを…
お読みくださって有難うございます!!^^