ぱちっと目を開けると、そこはよく見知った私の部屋だった。夢だった。洗濯機で洗われる夢を見てたのだ。
 はあ、それにしてもリアルな夢だった。いったいどこからどこまでが現実で夢だったか思い出せない。……デビューは夢じゃないよね? あとで雫に聞いてみようか。

 なんだか疲れてしまって、怠惰にもごろりと寝返りを打つ。枕に耳をつけると誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。
 その音に違和感を覚える。安アパートの鉄の階段のカンカンカン、と言う音じゃないのだ。トントントンと、そう、まるで実家でお母さんが朝起こしに来る時のような。
 がちゃりとドアが開いて私は飛び起きた。一人暮らしの私の部屋に私以外がいたら間違いなく侵入者だ!(断定できてしまう悲哀よ……)

「おはよ、リーフ。いい朝だよ」

 声をかけられてびくっと肩を跳ねさせた私などお構いなしに、小学生くらいの茶髪の少年が無表情に告げる。

「ほら、寝ぼけてないで起きて」
「あんた誰よ?」

 少年は口を閉じ、しばし私を見つめてから首を傾げた。

「ヘンなリーフ」
「リーフって、私はリーフなんて名前じゃ……」
「ごめん、アオイ。今日からはアオイって呼べって言ってたっけ。今更ニックネームで呼べだなんて、リーフは面倒な事考えるよな」

 アオイ。碧は私のライブネーム。ライブ会場だけで通じるあだ名だが、日本人である私の本名はリーフなんて横文字くさい名前じゃない。
 っていうかこの子供はなんなんだ?

「まあいいや、リーフ……じゃなくて、アオイ。早く準備してよ。オーキド博士のとこに行かなきゃいけないんだから」
「……オーキド博士?」
「僕らに用事だって」

 オーキド博士って名前には聞き覚えがある。小学生の頃夢中だったゲームやアニメで何度も目にした、ポケモンの登場人物だ。
 私は唐突に理解した。これは夢の続きで、雫が最近ポケモンにはまったと言って、よく話を聞かされていたからこんな夢を見ているのだろう。
 ――なら楽しもう。夢の中で夢と自覚するなんて、めったにないもの。

「アオイ、起きてる?」
「うん、ちょっとボーっとしてただけ」
「そう。二度寝しないでよ」
「わかってる」

 二度寝なんてもったいないことするもんですか。
 下で待ってると言い残し、少年は部屋を出て行った。パジャマのまま出かけたくないのでクローゼットを開ける。そこには金太郎飴のようにずらりと同じ服がならんでいた。

「水色と赤の組み合わせとか、なんというビビットカラー」

 カラフルな組み合わせに目が遠くなるが、服はそれしかないようだ。あとブラもスポブラしかない。
 仕方なくそれらを着込む途中で気付いたんだけど、どうやら私は別人になってるみたいだ。鏡がないからまだ確定じゃないけど、お情け程度にあったくびれがストーンと見事な幼児体型になってて、髪はブリーチで死んだ白金でなく綺麗な亜麻色なことからの推測。髪の色はさっきの少年と同じ色に見えるなあ。

 部屋を出ると見慣れない家の中だった。実家でも友人の家でもない。
 夢とわかってても、初めての場所は落ち着かない。背後に慣れた自分の部屋があるから、余計に非日常的で違和感がある。警戒心から辺りを伺ってゆっくり階段を降りていると、階下からさっきの少年が顔を出した。

「早く、アオイ」
「わかってるってば」

 洗面所の鏡に写った私は、案の定別人になっていた。そして顔の造形は少年と瓜二つだった。性別違いの双子という設定なんだろうか。
 顔を洗って、なぜかあった愛用の化粧水と乳液をつけてから居間に向かう。一階の広いリビングでは、黒髪の穏やかそうな女性がテレビを見ていた。

「母さん、行ってくる」
「気を付けて行ってらっしゃい、2人とも」
「はーい、行ってきまーす」

 ふむ、あの人がお母さんなワケね。ってことは少年は私の兄弟なのかしら。
 どっちなのか聞こうとして言葉に詰まってしまった。まず少年の名前を知らないからどう呼びかけたらいいかわからない。

 手を引かれるまま外に出ると、そこはなんとも寂しく、奇妙な場所だった。なにせ建物が3つしかない。
 1つは今出てきた家、そのお隣さんに民家がもう一軒、ラストはコンクリのビルみたいな外観の1階建て。
 少年に手を引かれるままビルっぽい建物に入る。書棚で仕切られた手前側に白衣の人が1人、奥に重力無視でつむじ行方不明なウニ頭が見えた。
 黒いシャツを着た茶髪の後ろ姿に首を傾げてしまう。あれはたぶんライバルだと思うんだけど……私の記憶じゃ紫のシャツを着ているんだけどな。ああ、そういえば目の前の主人公らしき少年も記憶とは違うような……。

「グリーン」

 弟もしくは兄の呼びかけにグリーン少年が振り向いた。片眉と口の端を器用に上げて、小馬鹿にした表情をする。

「なんだ、ファイアにリーフじゃないかァ」
 ぼんっ
「オーキドのじーさんならい」
 びたーん!

 机の上に3つ並んだモンスターボールの1つが開き、現れたゼニガメがグリーンの後頭部を急襲した。勢いよく正面から転んだグリーンの背中をぎゅむっと踏みつけ、ゼニガメがこちらに向かって走ってくる。

「ファイアたんだあああああ!」
「っその声、雫!?」
「うえ?」

 アニメ声全開で叫びながらファイアに飛び付こうとしたゼニガメが急停止して私を見上げる。

「……もしや碧?」
「そう、私よ。雫は……」
「なん、なんだそのポケモン!? なんで喋ってるんだ!?」

 ガバッと起き上がったグリーンが勢いよく、雫らしいゼニガメを背後から持ち上げた。むっと顔をしかめたゼニガメが勢い良くしっぽをふって、グリーンの顔面にしっぽビンタが炸裂する。

 びったーん!
「グリーン、大丈夫?」
「な、なにしやがるんだコイツ!」
「セクハラよ! 女の子を許可なく持ち上げるなんて最低!」

 ああ、このアグレッシヴさ、間違いなく雫だ。

「ポケモンに女もなにも」
 がぶっ
「イッテェー!」
 がつん!
「雫!」

 噛まれたグリーンが手を振り払い、雫が床に叩きつけられる。とっさに手足と首を甲羅に引っ込めて丸まった雫を抱き上げると、そっと顔を覗かせた。

「大丈夫!?」
「へーき。さすが亀の子だわ。しかし女なのにかわか」
 がつんっ

 みなまで言わせず雫を落とした。真っ昼間から下ネタなんてなに考えてるのよ。

「なにすんのよー」
「お前少しはダメージ受けるべきなのよ」
「これ以上ぶつけて脳細胞が死滅したら、今以上に下ネタ連発するようになるよ?」
「そうじゃなくても連発じゃん」
「わかってるネ☆ つー!」

 かーって言ってよーと騒ぐ雫は無視して振り返る。指から血をだらだら垂らすグリーンをファイアが手当していた。

「流血してるじゃない! 大丈夫?」
「はん、バカにすんなよ。そんな弱々しいポケモンの攻撃きくわけないだろ」
「もう一回噛んでやろうか」

 がっちがっちと雫が歯を鳴らして見せるとグリーンの顔が引きつった。

「やりすぎだっつの」
 ぱこん!
「いたっ」

 頭を叩くと軽そうな音がした。まったく、怪我させるなんて何考えてるのよ。


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