マサラタウンからトキワシティへ続く平和な1番道路を驀進するゼニガメは、ひょっこり顔を出した野生のコラッタに向かって叫んだ。

「どらあ! 食らえ必殺のエターナルフォースハイドロポンプ!」
「らっ!?」
 どはばばばばば!

 雫の口から吐き出されたハイドロポンプで景気よくコラッタが吹っ飛んでいく。
 雫は強いのだから経験地はヒトカゲにあげたほうが良いと最初は譲っていたのだけれど、先刻ポッポにやられて瀕死間際になってしまったのでポケモンセンターまで休憩だ。最初のポケモンって、普通はこうよね。

「すごいね」

 無表情ながらファイアが感嘆すると、素早く戻ってきた雫が犬みたいにぶんぶん尻尾を振った。明らかに気に入ってる。

「ファイアたんが誉めてくれるならおねーさん何回でもドロポン撃つわ! とりあえずご褒美に抱っこして下さい!」
 ひょい

 ハイテンションなまま欲望に忠実なことをほざいた変態をファイアは抱き上げた。
 要望が通ると思ってなかったのだろう。雫は呆気にとられて固まったが、我に返ると迷いなくファイアにしがみついた。

 くんかくんかくんかすはすはぎゅっぎゅっ
「…… …… ……」
「…… …… ……」
「しあわせすぎてこわい」
 すりすりむにむに
「だまれ、くされショタコンが!」

 小学生男子の匂いを嗅ぎほおずりして頬や二の腕の触り心地を堪能するド変態をつまみ上げて放り投げる。

「碧さん碧さん、さすがに今のはどうかな」

 甲羅にこもりながら生い茂る草むらに落ちた変態は、まったく堪えた様子なく喋りながら歩いて戻ってきた。

「あたしがゼニガメだったから甲羅にこもって事なきを得たけども、人を放り投げるとか危ないと思うのよ」
「ちっ」
「舌打ち!?」
「頭か小指ぶつけて痛い目見ればよかったのに……」
「やめてくれませんか、その本気っぽい目をやめてくれませんか」

 へたれお馬鹿な変態は放置してファイアに向き直る。

「ファイア、あれはあんまり構わなくていいのよ。図に乗ってセクハラしかけてくるから、何か要求されたら蹴りつけてやるのが正しい対処法よ」
「ひでえよ、流石にその言い方はひでえよ」
「だまれクソムシが」
「く、クソムシ、だと!? 夢の中の碧さんてばいつもよりドSで、わたくしは涙を禁じ得ません」
「アンタだっていつもより自分を解放してるじゃない。まるで酔っ払ってる時みたい」
「…… …… …… 碧さん」
「だまれクソガメ」
「速攻で拒否るなよ、聞けよ、割と真面目な話だから」
「…… …… ……」
「…… …… ……」
「……話したら?」

 数秒見つめ合っても不振な様子はない。どうやら本当にまじめな話らしいので促した。

「なんかね、夢の中なのに碧がすっげー碧なんだけど」
「奇遇ね、雫も歪みない雫だわ」

 夢を見てる自覚がある私は当然として、目の前の雫まで完璧にいつも通りってのはなかなか凄い事なんじゃないかしら。夢の中って友人の姿をしていても、中身が完璧に投影される事はほぼないと思う。

「夢なのに不思議だよ」
「いつも通りすぎて起きた時に現実と混同しちゃいそう」
「ほんとね」

 性格も遣り取りも本当にいつも通りで、姿が違うことを除けば現実と変わりがない。つか人間姿の私はまだしも、ポケモンになってる雫はもっと慌てるべきよね。

「こんな夢見るなんて、最近一緒に居すぎたのが原因かなあ。教祖様のデビュー決まってから、ウチらなんかしら理由つけては集まってたじゃん」
「そんな中お前はポケモンにはまったとか言って布教し始めたワケだが」
「まさか軽い気持ちで布教して本当に購入者が出るとは、あんなに広まるとは思わなんだ……」

 ライブ仲間の間でにわかにポケモンブームが来ている。ライブ前にDS出してハウス内で通信してるもんだから、ゲーム好きの教祖さまがなんのソフトやってるのかとトーク中に聞いてくるくらいには、ポケモン人口が増えていた。

「まあでも、そのおかげでファイアたんに会えるなら……踏みつけられても本望です!」
「……踏みつけてほしいの?」

 無表情に首を傾げたファイアに、ドSファイアたんktkrー! と叫んで身悶える雫。

「キモイからやめて」
「おま、だって碧、おま、もう、ファイアたんになら何されても良いですいや寧ろして欲しい」

 KI ☆ MO ☆ I
 まじきめぇ。今だかつてないほどスルー力を試されていると感じるわ。

「……くっ……殴りつけたい……これがスルー検定1級の難問か」
「ごめん碧さん、ほんとごめんね。でもこのほとばしる熱いパトスは自分でも止められないの魂からの叫びなのもえええええ!!」
「…… …… …… そうですか」

 殴りたいって言ったけど、訂正。触れたくないです。
 思わず心理的距離を取るために敬語になってしまった上に生暖かく見守る姿勢に入った私などお構いなしで、雫はとどまることを知らない。本当に縛って海にぽいしちゃおうかしら……。

 ばっ、ごろん
「さあファイアたん踏んで下さい!!」
「えっと……じゃあ」
「いいから、ファイアも付き合ってやんなくていいから」

 でーんと仰向けに寝転がった雫をファイアが恐る恐る踏もうとしたところでストップをかけた。いくら人気がないからって外でSMプレイ始めんな。
 てゆーか、私の中の雫像どうなってんの。このキモさ含めて凄くしっくりくるのが複雑なトコロだわ。

「ええと、じゃあ」
 ひょいっ
「え?」

 抱き上げられた雫が腕の中で、目をまんまるにしてきょとんとファイアを見上げる。くっ、中身はショタコン変態だと言うのに、不覚にも可愛いと思ってしまった……! ゼニガメが可愛いのがいけないんだ。

「踏むのは抵抗あるから、抱っこでいい?」
「……ピュアすぎてもうお姉さん顔上げられません。変なコトゆってごめんね」

 頭を下げた雫にファイアは首を振った。

「ううん、シズクのそういうとこ、おもしろくて好き」
「ファイアさん天使ですか。それともあたしの心がヨコシマなだけでしょうか」
「確実にお前がヨゴレってだけだよ」
「ですよねー」
「……僕」
「ん?」

 ようやく落ち着いた雫にファイアが告げた。

「踏むより踏まれる方が好きなんだ」
「…… …… ……」

 雫を黙らせるとは、ファイア、恐ろしい子……!


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