雫はグリーンを流血させておきながら「夢だからノープロブレム! 細かい事は気にすんな!」と叫んで、唐突に私を担ぐと走り出した。

「っきゃあああああああ!!」
「ふんぬああああマッスル行進曲ううううう」

 ワケの分からない事を叫びながら物凄いスピードで狭いマサラタウンを横切り、草むらへと飛び込もうとした瞬間。

「待ちなさい! ポケモンなしでは……んん? そりゃワシのゼニガメ!? 泥棒じゃー!!」
「え、ちがいます!」
「フッ、泥棒なのはオイラの方さ。碧は頂いていくぜっ!!」
「悪乗りするな!」

 雫の上から降りてぱしんと頭を叩く。実のところ、チビなゼニガメからは降りようと思えばすぐ降りられた。ただあまりにスピードが出ていたから、降りようとして下手に足を地面に着けたらバランスを崩して転んでしまうと思ってやらなかっただけだ。生憎、暴走自転車から飛び降りる様な蛮勇は持ち合わせが無い。

「碧、わかってるだろうな? 私の頭を叩く、すなわち脳細胞の死滅は下ネタ乱舞へのプレリュードだと言うことを!」
「だまらっしゃい、縛って海に沈めるわよ」
「すみません、さすがに死にそうなのでやめて下さい。ただ一つ気になることが……」
「沈めるっつってんだろーが」

 まだ何か言いたそうにしながらも雫は黙った。どうせロクでもないことしか言わないだろうからこれでいい。

「ワシのゼニガメが喋っとる」
「じーさんのゼニガメじゃないから。あたしはあたしのものだから」
「なに? 君はよそから来たのかね」
「おうさ」

 偉そうにふんぞり返りながら雫が頷く。さっきおもっくそ研究所のボールから出てきたのに、そんなこと言って大丈夫なのかしら。

「遠いところからはるばる海を越え野を越え山を越え次元の壁を越えてやってきた、通りすがりの仮面ライダーさ」
「仮面らいだー? よくわからんがすごい発見じゃ!」
 ひょい
「え、ちょ、」
 がしっ
「博士?」

 少年のように無邪気に顔を輝かせたオーキド博士は雫を右小脇に抱え、私の右手をがっしり掴んで研究所へ歩き出した。

「い、いやだー! やめろ人さらいー! 改造されてリアル仮面ライダーになるのは嫌だー! いやライダーならまだしもただの怪人になっちゃうよねあたしすでにモンスターだし! たーすけてぇー!!」
「落ち着いて雫!」

 さっきの勢いはどうした!
 オーキド博士はぎゃわぎゃわ騒ぐ私たちなんて全然気にせずにぐんぐん研究所へ戻ってく。びったんばったん横腹を殴られてもびくともしない。もしかしたらオーキド博士、人間のフリをしてるけど実は怪人なのかしら、なんて考えてしまった。平成仮面ライダーの見すぎかなあ。

 ばき、ばたーん!
「うえ!?」
「ひええ……」

 両手が塞がっていたオーキド博士は迷わず扉を蹴破って、ダイナミックに入室した。

「お帰りなさい、博士! 上機嫌ですね」
「新たな発見があったのでのう! さっそく研究を始めるぞい」
「はい!」

 扉破壊を上機嫌の一言で済ませた研究員はきらきらした目で博士を見つめ、奥へ向かうとなにやら謎のマシンを起動した。

「い、イヤーアアアア!! まじで改造される!? 助けろそこの紫大好きグリーン少年!!」
「あ、お前はさっきのゼニガメ!!」
「さっきはごみんに! さあ許せそしてお前んちのヤバいじーさんから助けろ!」
「意味わかんねーよ! あと全然謝る気ねーだろ!」
「なにをうっ! こんなに下手に真摯に謝罪してるのがわからないとはテメーの目は節穴か!」

 完全に混乱してるだろ、雫。なにをうって、久々に聞いたぞ。見てたら逆に落ち着いて来たわ。

「博士、雫に、ゼニガメになにをするんです?」
「なに、ちょっとした実験じゃよ」
 ばちっ、しゅぼっ
「あ」

 小脇に暴れる雫を抱えたまま、振り返って快活に笑った博士の後ろ。助手が準備していた大きな機械から火花が上がり、続いて火をふいた。

「電圧間違えたかな?」
「助手くん、そろそろ君にもなれてもらわんと」
「すみません、博士……」
「の、のんきに喋ってる場合かああ! アホ師弟!!」
「も、燃えてる! 燃えてるから! 避難して!!」

 博士の手を引いて逃げようとしたら、博士の小脇から抜け出した雫がしゅたっと床に飛び降りて、機材の近くに居たせいで白衣の端に燃え移ってしまった助手に、ってイヤアアアア燃えてるううううう!!

 ドドドドドッ、ばしゃー
「ぎゃっ」
 どん!
 つるーん
「ひえっ!?」

 頬を膨らませた雫が口から水を吐いた。さすがゼニガメ! と誉めてやりたいのだけど、水鉄砲とは思えない水の奔流が直撃した助手は壁に激突して気絶、雫も反動でひっくり返って床を滑り、

 どん!
「っっっいってえー!!」

 グリーンのすねにぶつかっていた。そしてひっくり返った拍子に天井に向かって水を打ち上げ、跳ね返った水で私たちもびしょ濡れになってしまった。
 びー、びー、とマシンが点滅してすぐにランプが消える。蛍光灯がばちばちと嫌な音をたてる。
 室内は一瞬の内に大惨事になった。

「……雫さんや」
「う……はい、なんでしょう」

 グリーンの足元でひっくり返ったまま、呆然としていた雫がびくりと身をすくませ、私を見上げる。本人も予想外だったんでしょ、それは分かるんだけどさあ……はあ。

「お前、今日から間欠泉に改名なさい」
「返すお言葉もございません」

 ばちん! とひときわ大きな音をたてて蛍光灯の明かりが消えた。