私たちがいったん着替えに戻った間に、研究所は扉も含めて綺麗に修復されていた。さすが夢、なんでもアリなのね。
 仕切り直ししたオーキド博士はグリーンとファイア(レッドじゃないのよ)となぜか私にまでポケモンを託そうと決めたらしい。ここで一つ気になったのは、雫が研究所のゼニガメだってもう博士も気付いてると思うんだけど、そこは言及されなかったってこと。なんていうか、夢らしく理不尽がまかり通っている風だ。
 その滅茶苦茶に助けられて、雫は研究材料にされるのを免れた。ち、つまんねーの。ってちがう、やっぱ夢って滅茶苦茶ね。

「さあ、ファイアとリーフ、先に選びなさい」
「はい」
「はあ……」
「あ、ずりい! 俺にもくれよ」
「いいなあ、私もポケモン欲しーい」

 テーブルの上で唇を尖らせて羨ましそうに私たちを見る雫。それをグリーンが奇異の目で見やった。

「お前、ポケモンだろ」
「見た目はポケモン、頭脳は人間、その名はポケモン不思議のダンジョン!」
「はぁ?」
「えー? ポケダン知らないのぉー? キャハ☆ダッサーイ今時ポケダン知らないで許されるのは赤ちゃんまでだよねー」

 理解しがたいものを見た。そんな表情をしたグリーンは、雫から距離をとりつつ至って平成な表情で、私に顔を寄せるとこっそりと耳打ちしてきた。

「……リーフ、お前アレにニックネームつけるほど気に入ってるなら連れてってやれば?」
「その心は?」
「仲良しなら連れてってやれよ、喜ぶんじゃないか」

 建前は崩さず、けれどそこはかとなく必死さがにじむ表情。あんな変わり者連れてくのはイヤなのね。

「はあ、まあいいけど」

 気心知れてる雫なら旅の連れにしても楽だし、攻撃の破壊力は振り切れてるけど強い方が安心だし、何より。

「他のポケモンは雫以上におかしいかもしんないしね」

 この言葉を聞いたグリーンの表情は
 Σ( ゜Д ゜)!!
 こんな感じだった。うふふ。

「今のナシ! 今のナシだリーフ」
「……なにを焦ってるのかね、グリーン少年。ほい、碧」

 私たちが内緒話をしている間に雫は自分のモンスターボールを取ってきて私に手渡してきた。

「あら、ありがと」
「待てって言ったのに!」
「なあに? もしやグリーン少年は私と行きたかったの?」
「え、いや …… …… ……」
「むかつく」
 げしっ
「イテェ!」

 顔を引きつらせて固まってしまったグリーンのすねに、雫の跳び蹴りが決まった。短い足で良くやるわ。
 我関せずとばかりに淡々とボールを選んだファイアは、無表情にヒトカゲと見つめ合っていた。見た目はいたって普通だけど中身はどうなのかしら。

「じーさん、コレ本当にゼニガメかよ!?」
「ゼニガメ以外の何に見えると言うんじゃ」
「ふふん、この高貴なるアテクシのオーラにビビってるようね」
「じーさん絶対騙されてるって、こんな気持ち悪いゼニガメいないって」
「気持ち悪い!? 気持ち悪いのはアンタのファイアたんへのストーカー具合でしょ!! ライバルだからって行く先々に現れるなんてストーカーだわ!!」
「な、なにいってんだ……?」

 ゲームの話をされてもグリーンは分からないみたいだ。当然っちゃ当然だね。可哀想ににぽかんとしちゃってる。

「雫、いい加減にしなよ。困らせるんじゃないの」
「アイアイ・マム! んだばまずはヒトカゲを戦闘不能にして経験値いただきやしょーぜ」
「ひっ!?」

 いっひっひと芝居がかった調子で笑うと、標的にされたヒトカゲはびくーっと首をすくめた。どうやら中身も普通らしい。

「虐待はやめなさい」
「はーい」
 ひしっ
「ひっとぉ〜!」
「……よしよし」
「……萌だわ」
「きしょい」

 怯えて抱きついたヒトカゲをファイアが撫でる。それをにやにや眺める雫の気持ち悪さったらない。
 グリーンは私たちなど目に入ってないくらい、緊張の面もちで最後に残ったボールを放る。緑の体に植物の球根を背負ったフシギダネが現れた。

「……」
「だねふしゃー」
「……ほっ」

 普通のポケモンみたいだ。ちょっとだけ羨ましい。グリーンはあからさまにほっとして肩から力を抜いた。

「いやんメグさんボイスだかんわいいー!」
「ふしゃっ!?」
「だああ、近付くんじゃねえ!」

 アニメ仕様なフシギダネに雫が目を輝かせて突撃するが、さっとグリーンが身を呈してかばう。勇気があるのか無謀なのか。

「ああん? お前ごときが私のダネさんに対する愛を止められると思ってるの? このサンドパン頭が!」
「さっ!?」
「どかないとそのウィッグみたいなサンドパン頭の毛を剥ぎ取って防具の素材にしちゃうわよ!」

 そりゃモンハンだ。

「ゲーム違うから」
「っリーフ! お前のポケモンだろ、どうにかしろよ」

 そうね、雫を放っておくと話が脱線しまくるし、黙らせるのは無理でも動きを封じるくらいはしないとね。

「はいよー」
 くいっ
「ひゃ?」
 ころん

 がちんがちんと歯を鳴らし、両手と片足を上げた荒ぶる鷹のポーズでグリーンを威嚇していた雫の首根っこを引っ張ると、ころんと仰向けに転がってじたばたし始めた。

「わああああ、碧さん、起き上がれないんですけど!」
「これでいい?」
「あ、ああ……いい、のか?」
 びったんばったん
「ヘルプです! まじヘルプです!」

 まあるい甲羅のゼニガメは仰向けになると、手足はほぼ床に付かない。唯一使える尻尾で起き上がろうともがいても上手く行かず、その場で回転するだけだ。
 なんかちょっと面白い。

「うふふ、面白い」
「ちょ、おま、ひどいよ、碧さんてば笑ってないでヘルプ! 床すっごいすべるんだって、起こしてー」
 ごりごりごり
「…… …… ……」

 グリーンはしばし無言で、回り続ける雫を見つめた後、さっと視線を逸らしファイアに向き直った。見なかった事にするつもりらしい。

「ファイア」
「なに?」
「せっかくポケモン貰ったんだ、お前、ちょっと俺の相手してみろよ」

 ぐるんぐるんと、そのうちブレイクダンスできるようになるんじゃないかって勢いで回転する雫は放っておいて、ライバル対決の観戦と洒落込む。
 ヒトカゲとフシギダネは雫と違い、体当たりや鳴き声といういたって普通の技しか使わない。すごく原始的な体当たり合戦が展開され、フシギダネが急所にあててグリーンの勝利で幕を閉じた。

 きゅきゅきゅきゅ
「ん? …… …… ……」

 ごりごりごりからきゅきゅきゅに変わった音の出所、床で回転する雫を見れば、扇風機の羽のように高速回転していた。早すぎて逆にゆっくり見える、と言う現象が起きている。ブレイクダンスどころの話ではない回転数だ。

「しず……」
 ぱぁん! ごっ
「なんだ!?」
 ばしん!

 声をかけようとしたら、雫がベイブレードみたいに射出されていった。で、気付いたらフシギダネがひっくり返ってて、雫も部屋の隅でひっくり返っていた。動けたのにまたひっくり返ってるなんて、なんてまぬけかしら。ちょっと笑っちゃいそう。
 雫を見つめて呆然とするグリーンは放っておいて駆け寄る。

「雫!」
「グリーン、フシギダネ」
「え? あ、うわあああ、フシギダネー!?」

 ファイアの指摘でようやくのびたフシギダネに気付いたグリーンは悲痛な叫びを上げた。

「なに今の!?」
「う、ごめ……はきそう……」
「横向け。嘔吐物が詰まって窒息死するから」
「うぃ……」

 以外にも重症(?)だったのか、内心笑ってすまーん。
 ぷるぷる震える雫の頭を支えて横を向かせてやる。しばらくうなっていたが結局は吐かなかった。

「大丈夫?」
「うん、もう平気っぽい。常日頃からハコでモッシュして鍛えてるのが効いたね」

 至極どうでもいい事を言って、すっかり通常運転だ。

「なにすんだよ、お前!」
「ごめんなさい」
「!!?」

 素直に謝った雫にグリーンは目を見開いて、がばっとフシギダネに抱き付いた。

「なに企んでやがる」
「失礼な。悪いことしたと思ったから謝ったんでしょ、そんなこともわからないの?」
「だーかーらっ! その態度のどこが謝ってるんだよ」
「私が謝ったのはフシギダネにだけ。あんたには謝ってない」
「〜〜〜〜っ! いくぞフシギダネ!」

 グリーンはボールにフシギダネを仕舞い、肩を震わせ足を踏み鳴らしながら研究所を出て行く。雫が人の神経逆撫ですんのはいつもの事なんだけどさー。

「しーずーくーぅ」
「う! はい、なんでしょう」
「わかってるでしょ、あんたやりすぎ。相手は子供なんだから、少しは優しくしなさいよ」
「ですよねー。いくら夢と言えど、子供相手にやりすぎました」

 視線を逸らして雫はぽりぽりと頬をかいた。


次話 予想外でした by雫
前話 ×雫 ○間欠泉