屋敷を出て、空間移動術を使う。
もう大分魔力も消費しているし、何より傷が辛い。
けれど、姿を見せなければ"彼"は心配になるのだろうし、その後でむちゃくちゃに怒られるだろう。
そう思って、ノアールはおとなしくここ……城を目指したのだった。
たどり着いた、彼の……恋人であるフランコの部屋。
少しだけ、覚悟をしたように息を吐き出す。
それから彼は、ドアを開けた。
案の定すでに部屋に彼はいた。
それを聞いて、室内にいた赤髪の少年……フランコは勢いよく顔をあげる。
そしてノアールの姿を見て、ほっとした顔をした。
「どこいっとんたんノアール、なかなか帰ってこないから心配……して」
心配してたんやで。
フランコはそういおうとしたのだろう。
しかし、その言葉は飲み込まれた。
彼は金色の瞳を大きく見開く。
フランコの瞳に映る自分の姿を想像して、ノアールは溜め息を吐き出す。
ボロボロのジャケット。
鼠色のシャツにも血が滲んでいる。
……そんな彼を見て、驚かないはずがないだろう。
あげく、フランコはノアールの恋人だ。
それらしいことを滅多にしなくても、フランコはノアールを大切に思っている。
だから。
フランコは座っていたベッドから飛び起きて、ノアールに飛び付いた。
流石のノアールもぎょっとした顔をした。
ついでに彼を受け止めきれず後ろに下がって、壁に激突する。
痛みと驚きに呻く彼に飛び付きながら、フランコはいった。
「何したらこんなんなんねん!」
そういいながら、彼はノアールの服に手をかける。
血が滲んでいるシャツ。
あちこちが破けているそれを見て、フランコは顔を歪めた。
そして、ぐっとノアールの服を引っ張りながら、いった。
「治療すんで!!ほらはよ脱がんとできへんやろ!!」
慌てたようにそういうフランコ。
ノアールは服を無理矢理ひっぺがそうとするフランコを見ながら慌てたようにいった。
「っ、やめ、ちょ……わかった、自分でやるから……っ」
痛い!と声をあげるノアール。
フランコはそれにはっとしたように彼から離れる。
ノアールは小さく息を吐き出すと、自分の服に手をかけた。
ボタンをはずして、ジャケットを脱ぐ。
ワイシャツのボタンもはずして脱げば、胸や腹、腕に散った血の痕。
それを見て、フランコは顔を歪めた。
「あほちゃう!あほやろ!!あほのノアールや!!」
そう叫んで、フランコはノアールの体をぽかぽかと殴った。
痛い、とノアールは悲鳴をあげた。
「っ、ほんと、に……やめて、くれっていって……」
「うぅう……ほんま、アホや、アホノアール、アホ」
「あんまりアホアホ言うな……」
まったく、と息を吐き出すノアール。
フランコはじとりとした視線を彼に向けた。
その瞳はじんわりと涙が滲んでいる。
「俺にはこんなん治療できへんで!」
アホ!と叫びつつ、フランコは部屋にあった治療道具を引っ張り出してきた。
これは、ノアールが此処においているものだった。
というのも、ノアールが時折フランコを傷つけてしまうからで。
かつて虐待を受けていたノアールはどうにも情緒不安定で、場合によっては彼を傷つけてしまうのだ。
その度に、ノアールが自分の手でフランコの手当てをする。
そのための道具が、此処においてあるのだった。
「俺が使うことになるとは思わんかったわ、まったく」
そうぼやきながら、フランコはノアールに座るように言う。
ベッドにおとなしく腰かけたノアールの傷に、消毒液を染み込ませた脱脂綿をわざと強めに押し付けた。
「っぐ……」
「我慢しぃ」
こんなアホな怪我してきたノアールが悪いんや。
そういいながら、フランコは彼の傷に手当てをしていった。
「……俺だって、好きで怪我をした訳ではない」
ノアールはそうぼやく。
フランコは彼の傷に包帯を巻きながらいった。
「何でこんな怪我したん?」
「仕事のうち……あ」
思わず、漏らしていた。
案の定、フランコは顔を歪めている。
「……ノアールの主さんの命令か」
声が低い。
どうやら、怒っているらしい。
そう思いながらノアールは小さく息を吐き出す。
「ん、まぁ……そういうことだ」
「……何で怪我するようなことさせられとるん……」
そういうフランコはなんだかしょんぼりした様子だ。
そして、そっと指先でノアールの肌をなぞった。
ノアールの肌には既にたくさんの傷が、痣がついている。
幼い頃、実の親につけられた傷。
それを見るのは、フランコにとっても辛いのだった。
それなのに……
その上に、さらに傷がついている。
見ていられない。
フランコは相違って、泣き出しそうな顔をしていた。
ノアールはそれを見て、少し困った顔をする。
彼を泣かせるのは好きではない。
そう思いながら、ノアールはふぅと息を吐き出して、いった。
「……怪我をしたくてしたわけではない。少し、予想外の攻撃を受けたんだ」
「……まったく」
そう呟くフランコ。
彼はじとり、とした視線を向けながら、いった。
「想定内でも予想外でも怪我は怪我やで。
……嫌やわ、ノアールが怪我してんの」
そういいながら、フランコはそっとノアールの肌を指先でなぞってから、めくっていたシャツを戻した。
けれど、こんな状態のシャツを着せたまま、というのは心配だった。
「……ノアール、着替えは?」
フランコは彼にそう問いかける。
ノアールはそれを聞いて少し驚いた顔をした後、いった。
「屋敷には、あるな。
とってくることにしよう……それまで待っててくれるか?」
そう問いかけるノアール。
フランコは彼に言葉にぱぁっと顔を輝かせて、頷いた。
「わかった、待っとる……やから、はよ着替えて戻ってきてな?」
そういって、フランコは首をかしげる。
ノアールはそれを見て、こくりとうなずいた。
「あぁ、やくそくだ」
そういってやれば、フランコは心底嬉しそうな顔をする。
その表情を見て、ノアールは目を細めたのだった。
***
一度屋敷に戻って着替えてから、部屋に戻った。
ただいま、と声をかけて……すぐにはっとする。
ノアールが戻ったとき、フランコはすでにベッドに丸くなっていた。
すぅすぅと寝息をたてる彼。
恐らく、シエスタの時間に起きていたのだろう。
「寝て、いるんだな」
そう呟いてノアールは息を吐き出す。
それから、そっとそのベッドに腰かけた。
すぴすぴと寝息をたてている彼の頬を撫でて、目を細めた。
少しやかましいが、それさえ可愛らしい。
そう思いながら、漆黒の瞳を細める。
と、寝ぼけた声をあげて、フランコはノアールの手をつかんだ。
一緒に寝る、というように。
「……実は起きているんじゃないか」
そう呟きながら、ノアールはベッドに寝転がる。
ジャケットが少しシワになるだろうか。
……まあいい。
そう思いながらノアールは目を閉じたのだった。
―― 手当てと、安堵と ――
(どうしてそんな怪我をしてきているのか。
驚きと戸惑いと心配に顔を歪める愛しい人間の姿)
(そっと頭を撫でれば、寝ぼけた声をあげて俺の服をつかむ彼の小さな手。
可愛い、何て口には出せないけれど)