月明かりの射し込む、部屋。
いつも通りのその空間で、メイアンは机に向かっていた。
机の上に広げているのは、一枚の便箋。
それにさらさらと、ペンを走らせる。
彼はどの程度、私の国の言葉がわかるかしら。
大分わかっている風ではあったけれど……
手紙でも、わかってくれるかしら。
そう思いながら、メイアンは可愛らしい便箋にペンを走らせていった。
……言葉には、散々迷った。
隠し事をしているから、明確なことも書けない。
けれど……
出来る限り、あの可愛くて不器用で家族のぬくもりを知らない少年を悲しませたくはなかった。
「……竹一」
呼んだのは、どちらの"西"だっただろう。
どちらの彼に、言葉を伝えたかったのだろう。
自分自身でもよくわからないままに、メイアンはペンを走らせていく。
「これで良し、と……」
メイアンはそう呟いて小さく息を吐き出した。
便箋の最後までペンを走らせてから、誤字脱字が無いかを確認する。
それを確認し終えると、メイアンはペンを片付けた。
そして、セットになっていた封筒に便箋をしまって、小さなテーブルの上に置く。
「……竹一、気づいてくれるかしら……
いいえ、そもそも、遠慮しいの彼がちゃんと部屋に入ってきてくれるかしら……」
幾らか、不安要素はある。
けれど……
彼が読んでくれると、信じるほかなかった。
自己満足。
そうかもしれない。
けれど……――
***
「竹一」
一人で外を眺めていれば、後ろから声をかけられた。
それを聞いて西はふり向く。
彼の視線の先には、黒髪の男性……遊佐が立っていた。
少しだけ、険しい顔をして。
「……幸平さん」
微かに掠れた声で、西は言う。
彼は窓の外に視線を向けて、溜息まじりに言った。
「……メイアン、何処にもいないらしいんだ。
警察署にも戻っていないし、城にも戻ってきていない……」
ほんとに何処行ったんだ、彼奴。
そう呟く西はぶっきらぼうだが、やはり心配そうだ。
遊佐はそんな彼を見て、小さく息を吐き出す。
「手がかりも、なしか?」
そう問いかける遊佐。
西は彼の言葉に小さく頷いた。
「全然ない……らしいな」
俺も探してるんだけど。
魔力さえ感じない。
気配も見つからない。
そう呟く西は途方に暮れている様子だった。
恋人……メイアンが姿を消してから、もうどれくらい経っただろう。
一切手がかりもない。
そんな状況は、西の不安を煽るばかりだった。
もう帰ってこないのではないか。
もう、会えないのではないか。
そう、不安でならない。
「どうしよう幸平さん……」
遊佐のことを名前で呼ぶのも、不安や戸惑いの表れなのだろう。
そんな彼を宥めるために、遊佐も彼のことを名前で呼んでやっていた。
そうでもしていないと彼が壊れてしまうような気がした。
父親代わりをしていた遊佐が見ていても、メイアンと西の親しさは折り紙付きだ。
それこそ、親子、兄弟(姉弟)のようにさえ見える。
勿論恋人同士ならではの甘い雰囲気も漂っていた。
今まで他人に甘えるということを知らなかった西を上手に甘やかしてくれているのが、見て取れた。
だから……
だからこそ、だ。
「……ちゃんと帰ってくるよ、メイアンさんは」
「……帰ってこなかったら許さない」
そう呟くように言う西。
許さない、という声は何処か弱弱しい。
遊佐はそんな彼を見て眉を下げながら、小さく溜息を吐き出した。
「……本当に、早く帰ってきてくれるといいんだがなぁ」
そうつぶやく。
早く彼が帰ってきてくれたらいい。
早く、早く……――
「大丈夫だよ、竹一」
遊佐は何度も西をそう宥めた。
彼はきっと帰ってくる。
彼が、お前を置いていくはずがないと。
愛しい人に置いていかれること。
一人にされること。
それを恐れている西。
彼のためにも早く、メイアンが帰ってきてくれることを祈りながら……――
***
いつも通りに、夕飯の支度をする。
そうしているうちに、奇妙な眩暈に襲われた。
「っ……」
最近よく感じる眩暈だった。
それがきっと"兆候"なのだとメイアンは感じ取っていた。
もうすぐ……
もうすぐ、自分は此処からいなくなる。
それで全てが終わるとは思っていない。
もしかしたらまた此処に戻ってくるかもしれない。
そんなことを感じながら、メイアンは小さく息を吐き出した。
おやつの用意はしてある。
"件のもの"は部屋に入ってくれば必ず見つけられる場所にある。
玄関の鍵は、開けっ放しだ。
「……竹一」
小さな声で名前を呼ぶ。
彼はきっと、今まだ学校だ。
もう一度会いたいけれど……
その望みは、かなうだろうか。
そう思いながらメイアンはそっと目を閉じる。
ふわり、と体が浮き上がるような感覚を覚えた……――
***
学校を終えて、西はいつも通りに、金髪の彼の元へと急ぐ。
いつも一緒に居てくれる金髪の彼……メイアン。
姉のように。
母のように。
自分に接してくれる、優しい人……――
彼と一緒に居られるのは、嬉しい。
一緒におやつを食べたり、お話をしたり……
学校の友人や、寮の人たちとはまた違う関係を築けている気がした。
辿り着いた、彼の部屋。
……しかし、気配がいつもと違っていた。
「……?メイアン?」
西は小さく呟く。
家が、酷く静かに感じたのだ。
西はチャイムを鳴らす。
しかし応答がない。
こういう時は入ってきていいと、メイアンに言われていた。
だから、おずおずとドアを開けて、部屋の中に入る。
「……メイアン?」
名前を呼ぶが、返事がない。
西は怪訝に思いながら、いつも二人で一緒に過ごす奥の部屋に向かった。
そこに、彼の姿はなかった。
湯気をたてる食事と、彼が用意したであろうおやつ。
そして紅茶が、二セット。
けれど肝心のメイアンの姿が見つからない。
「……メイアン……あれ?」
西はテーブルの上の"それ"に気づいた。
綺麗な、封筒だ。
手紙?
「……俺宛」
宛名を見て、西は目を丸くした。
その手紙は確かに、メイアンから西にあてたものだった。
嫌な、予感がする。
そう思いながら、西はその封筒を開けて……中の手紙を読んだ。
彼の手紙はまず、謝罪から始まっていた。
そして、ありとあらゆる事に対する感謝が書かれていた。
この国に来て貴方に出会えてよかったということ。
貴方と過ごせた毎日がとても楽しかったということ。
突然消えてしまったことへの、謝罪。
いきなり消えてしまってごめんなさい。
貴方が嫌いなわけではないの、寧ろ一緒に居たい、ずっと一緒に居たいと思ったわ。
でも私には、帰る場所があるの。
ごめんなさいね。
でも、忘れないで。
必ず、また会えるから。
私はそれを知っているわ。
だから、どうか……――
「それまで、私が何処かにいることを忘れないでね……か」
まったく、自分勝手だ。
そう呟きながら、西は小さく息を吐き出す。
その表情は何処か寂しげだった。
哀しい。
寂しい。
けれど……
ちゃんと、手紙を残してくれていたこと。
それがせめてもの救いだった。
それに……
いつか必ず会えると、彼は言ってくれているから。
信じたい。
そう思ったのは、何故だろう。
そう思いながら、西はメイアンが用意してくれていたケーキを口に運ぶ。
ほんの少ししょっぱく感じたのは……きっと、気のせいではないだろう。
そんなことを想いながら……――
―― 涙味の… ――
(置いていかれる寂しさはよくわかっているの。
だからちゃんと、"貴方"にはメッセージを残しておきたくて…)
(待っている、待っているから…
必ず、また会おう、約束だ(よ)…――)