ふ、と目を覚ます。
いつの間にか、夜が明けていた。
否、いつもより幾分目が覚める時間が早い。
西がそれを理解したのは、カーテンから射し込んでくる朝日がまだまだ弱かったからだった。
では何故こんなに早く目が覚めたのか。
答えは、簡単。
何だか酷く、寒かったのだ。
「ん……」
小さく声を漏らして、西は隣を見る。
そして、彼は大きく目を見開きながら、ベッドの上に体を起こした。
「……?メイアン?」
驚いたように、西は呟く。
そして部屋の中を見渡した。
彼が探したのは、彼の恋人の姿。
いつも隣で寝ていたはずの愛しい金髪の男性……メイアンの姿が、目が覚めたら見当たらなかったのだ。
メイアンは寝坊助な方ではないが、決して早起きな方でもない。
だから、西より先に起きるということはないし、何よりメイアンが起きたとしたらおそらく、西だって目を覚ますのだ。
それなのに……今メイアンの姿はそこにない。
これは一体どういうことだろう?
「いつの間に起きたんだ……?」
ついでに彼奴は何処に行った。
そうぼやいた西はベッドから降りて、部屋の外に出る。
こんな時間にメイアンが起きていたのだとしたら行く場所はトイレか、外……中庭か。
図書館に居るという可能性は、なさそうで。
そう思って西はメイアンを探しに向かったのだけれど……
彼の姿は、一向に見つからない。
「……メイアン、何処に行ったんだ?」
そう呟く彼の声は弱弱しくなっている。
一回り城の中を回ったけれど、メイアンの姿も、気配も、魔力の痕跡すら見つけることが出来なかった。
―― 消えてしまった。
その言葉が一番的確、な気がした。
そう思うと同時に、すぅっと血の気がひいた。
一度部屋に戻って、一度ベッドにぺたりと座り込んだ。
"メイアン……"と掠れた声で、彼は恋人の名前を呼ぶ。
しかしその声に答える声は、なかった。
***
完全に、夜が明けた。
食堂に行って食事をとって……
それでもやはり、メイアンは戻ってこない、気配さえ感じない。
その状況はあまりに落ち着かなくて……
探し疲れた西は部屋に戻った。
そして、ベッドにへたり込む。
はぁあ、と溜息を吐き出した彼は俯いて黙り込んでしまう。
と、ドアをノックする音が響いた。
西は顔を上げて"どうぞ"と答える。
するとドアが開いて、彼にとって見慣れた男性……遊佐が部屋に入ってきた。
そして西の顔を見るなり苦笑を漏らして"おいおい酷い顔だな"と笑った。
西はそんな遊佐をまじまじと見つめる。
その表情に、遊佐もすっと真面目な表情を浮かべた。
「どうしたんだ、竹一」
そう、真剣な声色で問いかける。
彼の言葉に、西は眉を下げた。
そして近づいてきた遊佐の服をぎゅと握りながらいう。
「幸平さん、ど、どう、どうしよう……」
「え?な、なんだよ?」
西は、かなり動揺した表情だ。
彼の反応を見て、遊佐も動揺した表情だ。
「メイアンが……メイアンが、何処にもいないんだ……」
西はそう声を上げる。
彼の言葉に遊佐は驚いたように大きく目を見開いた。
「え?メイアンさんが?」
探したのか?
遊佐はそう問いかける。
西は眉を下げて、言った。
「探したよ!城中探した、何処もかしこも……
街中まで行ってみたけど、誰も彼奴の姿見てないっていうし……どうしよう、幸平さん」
途方に暮れた表情で、西は言う。
まるで迷子になった子供のような表情だった。
そんな彼を見て、遊佐は瞬きを繰り返す。
「ちょ、ちょっと、竹一落ち着けよ……」
「だって、何処にもいないし……」
完全にパニックを起こしている様子の西。
彼はメイアンの不在にかなり参っているようだった。
それも、当然といえば当然だろう。
メイアンは、なんの連絡もなしに、突然いなくなってしまったというのだから。
「と、とにかく落ち着けって、な?」
遊佐は西をそう宥める。
西はそんな彼の言葉に撃つ向いて小さく息を吐き出したのだった。
***
―― その一方で。
メイアンは、"過去の世界"で過ごしていた。
そちらの世界の、幼い西と一緒に。
彼から、色々な話を聞いた。
彼は今、平日は寮で過ごして、休日は世話になっている家に帰るのだということ。
馬術が大好きであるということ。
カメラで写真を撮るのも好きだということ。
知っていたこと。
知らなかったこと。
様々なことを、彼の口からきいた。
メイアンが話を聞いてくれるのが、そして部屋に招き入れて一緒に過ごしてくれるのが嬉しいのか、西は少しはにかみながらも嬉しそうな顔をしていた。
そんな彼の顔を見るのがメイアンも好きなのだけれど……――
ふとした時に、思い出す。
自分が元々居た世界のこと。
そこにいるはずの、"今の恋人"の事を。
彼は、自分のことをどう思っているだろう。
今の自分は、どういう扱いになっているのだろう。
……心配してくれているだろうか。
「……メイアン?」
幼い声がメイアンを呼んだ。
それを聞いて、メイアンははっとする。
視線を向ければ、西がメイアンの方を見つめていた。
少し、心配そうな表情で。
今日は、きちんとおやつの用意をしていた。
焼きたてのシフォンケーキと、紅茶。
それをつつきながら、西はメイアンを見つめている。
「あ、何でもないのよ、大丈夫」
そういって、メイアンは微笑む。
西は"そうか?"といいながら、フォークでケーキを刺した。
最近は、少しは遠慮もなくなってきた様子だった。
初めてこの部屋に来た時などは、ずっとおどおどしていたというのに。
その変化が、メイアンにとっては嬉しいものだった。
愛しい恋人。
……今は、子供だとしても。
彼が出来るだけ寂しくないように、とメイアンは思っているのだった。
けれど……
もし、自分がいなくなったとしたら。
自分は元の世界に戻るわけなのだけれど……この世界の西は、また一人になる。
否、友達はいるらしいし面倒を見てくれる人もいるらしいから"一人"ではないはずなのだけれど。
「……ねえ、竹一」
メイアンはふと、彼の名を呼ぶ。
目の前にいる少年は不思議そうに顔を上げた。
頬にシフォンケーキの欠片をくっつけている。
メイアンは小さく笑ってそれを指先で拭ってやりながら、小さく首を傾げて言った。
「私がいなくなったら……寂しい?」
「え?」
メイアンの問いかけは、予想外だったのだろう。
西は大きく目を見開く。
少し戸惑ったように視線を揺らして、彼は言った。
「……ん、寂しい、かな……
でも、メイアンはこの国の人間じゃ、ないから……」
いつかは帰っちゃうんでしょう。
そう呟く彼の声は、少し弱い。
無意識だろうが、隣に座っているメイアンの白衣の裾をちょこりと握っている。
「……そう」
ありがとう。
そういいながら、メイアンは西の頭を撫でてやった。
「ごめんなさいね、変なことを聞いて。
まだ当分帰る予定はないからまた遊びに来て頂戴ね?」
「!あぁ、また遊びにくる」
西はメイアンの言葉に少し表情を明るくして、頷いた。
そして残っているケーキを口に運ぶ。
何処か幸せそうなその表情を見て目を細めながら、メイアンはあることを決意していたのだった。
―― I should… ――
(私には、帰るべき場所がある。
だけど…この空間にも、残ってあげたくて)
(何処に消えてしまったんだ。
せめて、何か一言だけでも残してくれればこんなにも…――)