身に付けた服を軽く引っ張る金髪の少年。
すぅすぅと風が足元を吹き抜けていく。
そのままふぅ、と息を吐き出した彼はおずおずとリビングで待っている恋人の前に姿を出した。
「カルセさん……着たよ、どう……?」
変じゃない?
そう問いかける少年……ムッソリーニ。
問われた男性……カルセは顔を上げる。
そして目の前にもじもじしながら立っている彼を見て、目を細めた。
「可愛らしいですよ、良く似合ってます」
そういってにこにこと笑う、カルセ。
それを聞けば、いつものムッソリーニならば嬉しそうに笑う……のだけれど。
今日は、もじもじしたまま口を噤んでいる。
「……喜んで、いいのかなそれ」
「ふふ、可愛らしいですよ」
カルセは微笑みながら、ムッソリーニの頬を撫でる。
その優しい手つきに少し表情は緩んだのだけれど……それでも、ムッソリーニは頬を赤く染めながら俯いた。
というのも。
今彼が身に付けている服が服だ。
彼が今身に付けているのは、文化祭のステージで着るという衣装の代わりに渡された、丈の短いワンピースだった。
もうすぐ彼の学校の文化祭。
彼はそこで、ひらひらしたスカートを身につけて、踊るのである。
ステージアイドル、という奴だった。
以前、カルセにその写真を見せはしたのだけれど、今日は彼がその衣装を着て見せてくれ、といったのである。
其れで着て見せたところまではよかった。
問題は、そこからである。
―― じゃあ、こっちも着てみてくれませんか?
カルセがそういって、一着の服を取り出したのだ。
開いてみて、ムッソリーニは目を丸くした。
それは何とも可愛らしい……ワンピースだったのだから。
―― え、な、なにこれ……
思わずそういったのは言うまでもない。
しかしカルセは平然と、"私の学校で余興に生徒が着たものですよ"などといってのけた。
……あの笑い方はおそらく嘘だ、とムッソリーニは思っている。
まさか彼に女装癖があるわけないし、何よりサイズがムッソリーニにぴったりであったあたり……最初から、彼はカルセに着せる気満々だったのだろう。
嫌ですか?
カルセはそう問いかけていた。
ムッソリーニは少し迷いつつ、"べつにいいよ"と返事をして、その服を身に付けたのだった。
着てみて驚いた。
肩幅などのサイズは、ぴったり。
しかし一つ、問題があった。
……スカートの丈である。
「うー……これ、すごいすぅすぅする……足元寒いよ」
ムッソリーニはそういいつつ、ワンピースの裾を引っ張る。
そんなことをしても、生地は伸びないのだけれど。
カルセはそんな彼を見てくすくすと笑った。
そして、小さく首をかしげて見せる。
「いえ、でも可愛いですよ」
「〜っ、絶対カルセさん楽しんでる!」
「当たりまえでしょう、可愛い恋人の姿を見ているのですから」
そういいながら、カルセはムッソリーニの頬をなぞり、腰を撫でた。
ムッソリーニは驚いて、体を強張らせる。
「ひゃ……」
小さく漏れた声。
思わずそんな声を漏らした羞恥でムッソリーニは一層頬を赤く染める。
カルセはそんな彼を見てふわりと笑った。
「ふふ、そういう反応も可愛らしいですよ」
「もー……やめてよ、カルセさん」
むぅ、とむくれた顔をするムッソリーニ。
その頬はまだ真っ赤なままだ。
カルセはそれを見て嬉しそうに微笑みながら、言った。
「からかいたくなるくらい可愛らしいんですよ。許してくださいな」
そういいつつ、カルセは彼の頭を撫でる。
その手に安堵していれば……
きゅ、と金の髪に飾りリボンを結ばれた。
「もー!」
カルセさん!とムッソリーニは拗ねた声を上げる。
カルセは涼しい顔をして"暴れると崩れちゃいますよ"などといっている。
ムッソリーニがむくれてそれを取ろうとすると同時、ぱしっと手首を掴まれた。
「……ムッソリーニ」
唐突に、真剣な声色で呼ばれた。
それを聞いてムッソリーニも思わず固まる。
きょろきょろとせわしなく蒼の瞳を揺らして"ど、どうしたの"と掠れた声を漏らした。
カルセは、何も言わない。
一体、どうして?
怒った?そんな、まさか。
そう思いつつ困惑しきった顔をしていると……不意に、カルセが笑った。
「ふふ、可愛い」
……案の定、からかわれているらしい。
ムッソリーニは一瞬でも不安になった自分が馬鹿だった、やっぱり彼には勝てない、と思いながらちいさく息を吐き出す。
カルセはそんな彼を暫し愛しげに見つめていたが……やがて、その笑みをひっこめた。
それから、優しく彼の頭を撫でつつ、言い聞かせるように言った。
「でも……そんな恰好、私以外の前でしてはいけませんよ。
間違いなく……いらないちょっかいを受けるでしょうから」
そういうカルセは、真顔だった。
それを見てムッソリーニはぱちぱちと瞬きをする。
彼の言葉を飲み込むと彼ははぁっと息を吐き出した。
「……文化祭でしないといけないよ」
「そういえば、そうでしたね。文化祭、休む気ありません?」
くす、と笑うカルセ。
先程から冗談と本気とをごちゃまぜに口にする彼。
―― あぁ本当にこの人には勝てないな。
ムッソリーニはそう思いながら息を吐き出す。
そして、笑顔で言った。
「文化祭、ちゃんと見に来てね」
―― 冗談と本音と ――
(貴方がいとおしいのは本当。
貴方をからかってしまうのも、その所為だから)
(ねぇ今のは冗談?本気?
真面目なのに何処か意地悪で悪戯な貴方に俺は勝てそうにないよ)