じりじりと照りつける陽射し。
それを感じて、アドリアーノは目を開けた。
そしてゆっくりとまばたきをしながら体を起こす。
「暑……」
もう夏の終わりとはいえ、日中はまだ暑い。
"昼寝"をするには暑すぎて、彼は目を覚ましたのだった。
ディアロ城に滞在中の彼。
この部屋を宛がわれて、一人で過ごしているのだけれど……
「……まだ起きてないだろうな」
時計の方を見たアドリアーノは目を細める。
そして、小さく息を吐き出しながらベッドを降りて、ぐっと伸びをした。
彼が"起きていないだろう"と称したのは、彼がよく一緒にいるこの城の騎士の一人。
彼の活動時間には、まだなっていないと思う。
現在の時刻は午後三時半。
"普通の騎士"ならば、とっくに目を覚まして行動している。
寧ろ、仕事を終えて帰ってくるような時間だろう。
しかし、アドリアーノが親しくしている彼……アクロは、少し事情が違う。
彼は、陽の光に弱いのだ。
先天的に、メラニンが少なく、体中の色素が薄い、アルビノという珍しい人間……
プラチナブロンドの髪が、鮮やかな紅色の瞳が、それを示していた。
そんな彼にとって、この時期の昼間の陽射しは致命傷になりかねない。
冬場でも、念のために陽が沈むまではおとなしく部屋にいる彼なのだ。
夏場に外になんていこうものなら、数日寝込むだろう。
だから、アドリアーノもいつも昼間は寝ている。
一緒に居るアクロが起きている夜に、なるべく一緒に起きていられるように。
アドリアーノは別に仕事を任せられているわけでもないから、寝坊しようが昼寝をしようが怒られはしない。
それ故、だった。
とはいえ、おそらくまだ彼が起きてくる時間ではない。
少し早すぎたか、と思いながらアドリアーノはぐっと伸びをする。
それから、窓の外を見た。
綺麗な青空が広がっている。
しかしだいぶ太陽は傾き始めていた。
もう少ししたら多分彼は起きるはず……否、もしかしたらもう起きているのかもしれないけれど。
そう思いながら、アドリアーノはベッドから降りる。
そして乱れていた服装を整えて、鏡の前で髪を直した。
「これで良し、と」
流石に、貴族の御曹司があまりにみっともない格好でうろうろするわけにはいかない。
そう思いながら服を整えると、彼は外にでていった。
元々、彼はこの世界の人間ではない。
そればかりか、初めの頃はリエンツィを敵と思い、攻撃を仕掛けようとしたほどだ。
その時のわだかまりはまだ消えきってはおらず、彼は城の中で一人で時間をつぶすことが出来ずにいた。
おそらく、リエンツィは気にすることないというだろう。
彼の恋人であるクオンも。
そしてアドリアーノを気にかけているアルビノの少年……アクロも。
しかしアドリアーノの性格……
どうにも気まずくて、未だにアクロが寝ている時には自分の部屋で時間をつぶすか、街中に出かけるようにしていた。
正直、アクロはひとりで城の外に出ることをよく思っていないようだった。
良く思って、というよりは……心配しているというのか。
暗くなったら帰ってこいだの裏路地に入るなだの、子供に言い聞かせるようなことを散々言われた。
わかってるって、と返せば"俺はほんとに心配してるんだからな!"といわれたほどだ。
それでも、城の中で一人時間をつぶすくらいならば……
そう思いながら、彼は城の外に出ていった。
夕方の城下町は賑やかだ。
行きかう人々。
賑やかな笑い声。
時折香ってくる、良い匂い。
それを感じながら、彼はゆっくりと街中を歩いていった。
大分、この世界にも、この国にも、この城にも慣れた。
驚くほどに平和で呑気なこの国に少し驚きはしたが……
今まで散々にさまざまな確執に囚われていた彼からすれば、気楽な世界でもあった。
きっと、自分と同じ世界から来たリエンツィもそう思っているだろう。
そう思いながら、彼はひとり街の中をぶらぶらと歩いていた。
少しずつ、光が薄くなっていく。
そろそろ日暮れか、と思い始めた時"ちょっとそこのお坊ちゃん"と声をかけられた。
アドリアーノはまたか、という溜め息を吐き出しながら、ふり向いた。
そこにいたのは、正直柄が良いとは言い難いタイプの男性が二人。
アドリアーノはその姿を見てすっと目を細める。
そして"何だ"とそっけなく返した。
「一人で観光かい?見たところ、随分良い家のお坊ちゃんに見えるけれど……」
そういいながらアドリアーノをじろじろと見つめる男たちの不躾な視線。
それはどう見ても、いらないことを考えている者の目で……
やれやれ、どうしたものか。
これだけ明るいし、これだけ広い通りだから大丈夫だろう……
そう思うのだけれど……
ぐ、と腕を掴まれた。
びく、と体を強張らせてしまった。
しまった、とアドリアーノは思う。
こういう時は、怯えたり怯んだりしてはいけないとアクロに教えてもらっていた。
だから怯むまいと思っていたのだけれど……
案の定、男たちは笑みを浮かべた。
そして、アドリアーノの手を掴んだ手に力を込める。
と、同時。
不意に、男たちが驚いた顔をした。
その視線が向いている方へ、アドリアーノも視線を向ける。
「その人は、俺の友達なんですけど……何か用事でも?」
そう問いかける、華奢なプラチナブロンドの少年の姿……アクロの姿で。
その姿は酷く華奢で頼りなさげではあったけれど、この国の騎士の制服を身に付けている。
それに、男たちは怯んだらしい。
「あ……その」
何でもないです、といって男たちは慌てて離れていった。
それを見送って、アクロは小さく息を吐き出す。
「ったく……アドリアーノ、何もされてないか?」
アクロはアドリアーノを見て少し心配そうな顔をする。
アドリアーノはそんな彼に首を振って見せてから、眉を寄せた。
「何もされてないかっていうか……お前は何してんだよ」
そういいながら、アドリアーノはアクロの頬を軽くつつく。
いて、と声を上げる彼を見て、溜め息を吐き出すと、アドリアーノは着ていたマントを外した。
そしてそれをアクロの頭からかぶせる。
「うわ、何だよ?!」
そう驚いた声を上げるアクロ。
そんな彼の頭を軽く小突きながら、アドリアーノはいった。
「まだ日が出てるだろうが……肌赤くなってるぞ」
馬鹿、というアドリアーノ。
アクロは彼の言葉に少し驚いたように瞬きをした。
それから、嬉しそうに目を細める。
「俺の心配、してくれたのか」
嬉しそうにそういうアクロ。
アドリアーノはぷいとそっぽを向きながら、言った。
「……あとでぶっ倒れる方が厄介だろう」
被っとけ、といって、アドリアーノは城の方に歩き出す。
もう時間つぶしをする必要はなくなったのだ。
一緒に、帰ればいい。
アクロはそんな彼の後ろ姿に目を細める。
そして少し早足で彼を追いかけたのだった。
***
そうして二人は城に戻る。
そして、いつものようにアクロの部屋に入る。
「はあ……なんか疲れた」
そういいながら、アドリアーノはベッドの上に座って足を投げ出す。
大した距離を歩いたわけでも運動をしたわけでもないのに、随分と疲れたものだ。
そう思いながらアドリアーノは溜息を吐き出す。
アクロは彼の姿を見て溜息を吐き出す。
そして、足を投げ出している彼の足をつぅっと撫でた。
「っひ?!」
思わず声を上げて足を跳ねさせるアドリアーノ。
アクロはくすくすと笑いながら、言った。
「そんな反応するから男がよってくるんだよ……気を付けろよな」
アクロがそういうとアドリアーノは眉を寄せる。
そして、溜息まじりに行った。
「……俺ノンケなんだけど、恋人いたし」
女のな、とアドリアーノはいう。
断じて男を誘っているつもりはない、と。
それを聞いてアクロはすっと目を細める。
小さく首を傾げながら、彼に訊ねた。
「今は違うだろ?」
違うか?
問いかけるアクロの声に、アドリアーノは視線を揺らした。
それから、呟くような声で言う。
「……せめてバイってことにしてくれよ」
「やだね」
「…………」
否定をさせてくれない、アクロ。
それを聞いてアドリアーノは黙り込む。
アクロは彼を見て目を細めながら、彼の隣に腰を下ろした。
そしてそのまま彼の足をそっと撫でる。
「今の恋人は俺じゃないの?」
そう問いかけるアクロ。
アドリアーノはそれを聞いて視線を揺らす。
応えようとしない彼を見てつまらなそうな顔をしながら、アクロはするすると彼の足を撫でた。
「っ、何すんだよ、アクロ……」
くすぐったいんだけど、と声を上げるアドリアーノ。
それを見て目を細めたアクロは微笑んで、言った。
「んー?実験。
タイツ履いたままだと感度上がるらしいんだけど……」
そう言い出すアクロ。
それを聞いてアドリアーノはかぁっと頬を赤くそめた。
そして、彼を思い切り睨みつけながら、いった。
「〜〜死ね!バーカ!」
「こんなエロい格好のアドリアーノが悪い」
しれっとそういってのけるアクロ。
それを聞いてアドリアーノはきっと彼を睨みつけて、言う。
「知るか!てかエロくねぇし!」
「いやエロいね!」
「エロくねぇ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎだす二人。
アクロも日光に当たって疲れているはずなのにそんなのお構いなしだ。
まだ返さなくていいといわれたアドリアーノのマントを被ったままにアドリアーノにお前はエロイんだよ!などと叫んでいる。
と、不意にドアが開いた。
そこから顔を出したのは難しい顔をした風隼統率官……クオンで。
「今、夜、OK?」
そういって、にっこりと笑った。
……どうやら、彼らの大騒ぎは外に筒抜けだったらしい。
クオンが去ってからも、アドリアーノは完全に固まったまま。
アクロはそんな彼を見て愉快そうに笑っていたのだった。
―― 夜はお静かに…? ――
(夜が来ないと、お前と一緒に居ることは出来ないから。
だから、外に出掛けてるってのに…)
(お前が心配だから、出来る事なら出かけてほしくないんだけどな…
それを言ったところで、お前は素直に頷いてくれないんだろうけど…)