風邪で寝込んでいる堕天使を置いて、シュタウフェンベルクはいったん城に帰った。
足が急いだのは、あの堕天使が本当に要らないことを考えているか不安で……
否、それはあくまで建前。
あれだけぐったりしていた堕天使のところに早く帰ってやりたいからだった。
城の自室に戻り、机の引き出しを探る。
そこには小さな袋に入った何か……
それを手に、彼は小さく息を吐き出した。
「……本当は、調合してもらった方が良いんだろうけど……
まさか本人を診察させるわけにはいかないし……仕方ないか」
そういいながら彼が手にするのは、風邪薬。
身体が弱かった弟を心配して兄が送り付けてきたものだった。
体調を崩したフォルに飲ませるなら、これでも大丈夫だろう。
これでどうにもならないレベルだったら……診察できない云々言っている場合ではないと考えられる。
それを手に、彼は食堂に向かう。
風邪薬を手にうろうろする彼を見て不思議に思ったらしい騎士やメイドが一体どうしたのかと訊ねてくる。
その度シュタウフェンベルクは曖昧に笑って誤魔化した。
まさか、森で倒れていた堕天使の介抱をしているなんて言えない。
とりあえず、スープでも飲ませてから薬を食べさせればいいだろう。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは彼が寝ている屋敷に戻っていったのだった。
***
屋敷に入り、ドアを開ける。
彼が寝ている部屋に入ると、フォルはシュタウフェンベルクの気配に薄く目を開けて、"大佐殿"と小さく呼ぶ。
その声に彼は頷いて、持ってきたスープ皿を彼に差し出す。
「それ食べて、薬を飲め……そうしたら、少しはよくなるだろう」
「案外世話焼きだよね……君は」
軽口を叩きながら体を起こすフォル。
彼は特殊な生き物。
それ故、回復は少し早いのだろうか。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは彼の傍に椅子を置いて"良いから食え"という。
フォルは彼の言葉に小さく笑うと、言った。
「ありがと……ていうか、よくもまぁ、ここまで世話焼くよね……
君が帰っちゃった段階でもう帰っちゃったんだろうな、って思ったんだけど」
フォルはスプーンを動かしつつそういう。
シュタウフェンベルクは彼の言葉に少し眉を寄せつつ、言った。
「幾ら堕天使でも……あのまま放っておいて野垂れ死なれたら後味が悪い」
そっけなくそういう彼。
それを聞いてフォルは幾度か瞬いをした。
それから、ふっと笑っていう。
「ふふ……そう。
でも、助かったよ……
元気になったら、お礼させてもらうよ……
僕なりの方法で、だけどね?」
そういって笑うフォル。
シュタウフェンベルクは彼の言葉に大きく目を見開いた。
それから呆れたように溜息を吐き出して、フォルの手から先程から中身が減っていないスープ皿を奪い取った。
そして薬を口の中に捻じ込み水を流し込んで、言った。
「馬鹿なことを言っていないでさっさと寝ろ」
「っ、げほっ、いきなりは、酷いよ薬……」
むくれた顔をするフォル。
しかし薬はどうにか飲めたらしい。
まったくもう、というように体を倒すフォル。
「……スープは、もういいのか」
奪い取ってしまってからだが、とシュタウフェンベルクは訊ねる。
ちら、と視線を向ければ、まだ中身が半分くらい残っている。
「うん、もういい……そんなに食欲はないしね」
そういって苦笑するフォル。
やはり、いまだに弱っているのは事実らしい。
シュタウフェンベルクがそう思っていると。
「どうせなら一回異国の騎士様が作ってくれた卵粥が食べたかったなー……大佐殿作ってよ?」
そんなことを言い出すフォル。
それを聞いてシュタウフェンベルクは溜息まじりに言う。
「無茶言うな、私は皇御国の民じゃないしなにより私は料理などしないし貴様にこれ以上のことをやってやる義理はない」
此処までしてやっているのだって十分すぎるだろ、とシュタウフェンベルクはいう。
それを聞いて、フォルは唇を尖らせた。
「えー、出来ないんだ?
なんでもそつなく熟す大佐殿でもお料理はダメかぁ……
ベッドの上では女々しいのに案外亭主関白なん……」
「分かった分かったから黙れ、提督辺りに聞いてちゃんと作ってやるから黙れ」
いらないことを言い出したフォルを黙らせるシュタウフェンベルク。
やれやれ、というように彼は溜息を吐き出す。
少し元気になると、この調子だ。
さっきのしおらしさは何所に行ったのやら、と思う。
しかし、すぐにフォルは口を閉じる。
おとなしくなったらなったで心配だ。
「どうした?」
「ん……大丈夫」
そう答えるフォルの声は少し弱い。
シュタウフェンベルクは彼の額のタオルを変えてやりながら、小さく息を吐く。
「また魔力が……大丈夫か」
「良いよ、ほっとけば……」
すぐ収まるし、という彼。
そんな彼に呆れた顔をしつつ、シュタウフェンベルクはもう一度魔力を使う。
彼の魔力を抑え、飲み込むように。
「う……っ」
顔を歪めるシュタウフェンベルク。
堕天使の魔力を打ち消そうとするのにはやはり負担がかかる。
そんな彼を聞いて、フォルは苦笑を漏らした。
「えっろい声出すの、やめてくれる?」
堕天使の魔力を飲み込む所為で小さく呻けばフォルがそんなことを言う。
その言葉を聞いてシュタウフェンベルクは呆れた顔をする。
「誰の所為だと……」
「でも、ほんとに……ありがと、楽になった」
もう大丈夫、というフォル。
シュタウフェンベルクはそんな彼から離れた。
「まったく……馬鹿なことを言うだけの元気があるなら、大丈夫だな」
「ふふ、大丈夫……お世話してくれて」
助かったよ、と彼はいう。
それを聞いて、シュタウフェンベルクはふっと笑った。
良かった、と呟くと、彼はフォルから離れる。
「まぁ、とりあえず提督に訊いて卵粥を作ってくる。
他に欲しいものはあるか?」
「うん、大丈夫……寝てるよ」
有り難う、というフォル。
シュタウフェンベルクはそんな彼の頭のタオルを一度変えてやってから、帰っていったのだった……――
***
翌日……――
「大佐ぁ、昨日一日一体何処にいたんですか?
僕が探しても見当たらなかったんですけど」
副官であるヘフテンに声をかけられて、シュタウフェンベルクは少し迷う顔をした。
それを口に出すべきか、否か。
しかし、嘘をついても仕方ない。
「い、や……あの、森の傍でフォルが倒れてて……
えっと、風邪ひいてたみたいだから、面倒を見てたんだ」
「え?!」
驚きの声を上げるヘフテン。
そして彼は顔を顰めつつ、言った。
「何してるんですか!
なんであんな堕天使の世話なんて焼いてるんですか!?
風邪っぴきでも放っておけばいいでしょう!
というか変なことされなかったですか!?」
焦った声でそういうヘフテン。
シュタウフェンベルクは幾度も瞬きをした後、言った。
「い、いや、だって……
まさか、医者に診せるわけにもいかないしかなり辛そうだったし、私以外に頼れる人間がいないみたいだったから……」
そう答えるシュタウフェンベルク。
それを聞いて、ヘフテンは瞬きをする。
それから、ふうっと息を吐き出して、苦笑する。
「もう……大佐らしいといえばらしいですけど……
今度そういう時は僕も呼んでくださいね、ちゃんと見張りますから!!」
きっぱりとそういうヘフテン。
それを聞いて、シュタウフェンベルクも苦笑をうかべつつ、頷いた。
「わかった、今度からはそうするから……」
すまないな、と彼はいう。
それを聞いてヘフテンもほっとしたように笑ったのだった……――
―― 放っておけない… ――
(気にかかってしまうんだ。
たとえ相手が、自分にとっては敵であっても、弱っていれば…)
(僕の面倒を見てくれる、彼。
その優しさに僕は少し戸惑ったり、少し…嬉しかったり…?)