腕が痺れた。
体が怠い。
ぼんやりとした意識の中で、ペルは部屋に居る男達のやり取りを見つめていた。
彼らはここ数日、何やら話し合いをしている。
ペルを売る場所を、探しているらしい。
彼方のオークションの方が高く売れるだの、この街でのオークションの方がいいだの、
あの街でやれば捕まるリスクが低いだのなんだのと話しをしていた。
その様子を見つめるペルの瞳からは、殆どどんな感情も読み取れなくなっていた。
恐怖も苦痛も、もう表情には現れない。
時折男たちが面白がるようにペルのすぐ傍を銃で撃った時、小さく息を呑むくらいだ。
もう、疲れ果てていた。
無理矢理食事はとらされたけれど、食べたくもないパンを口に突っ込まるという事態。
苦しさに体を捩っても、男達は笑うばかりで解放などしてくれない。
もうずっとこのままなのかな。
もう、帰ることは出来ないのかな。
本当に誰かに売り飛ばされるのかな。
ペルはそんなことを考えるようになっていた。
もしも誰かに売られたとしたら。
自分は、一体どうなるのだろう。
あの男達の言葉の意味は、理解出来ていなかった。
愛玩人形にされうる、という事態も認識など出来てはいなくて……
ただただ、怯えていた。
苦しんでいた。
売られる事に対する恐怖ではない。
大好きな兄達にもう会えなくなる、というその事態に怯えているのだった。
「でも、そろそろ売らねぇと……
此奴、ろくに飯を食いもしない」
弱っちゃ価値が落ちるだろう、と一人がいう。
リーダー格の男がペルをチラと見て、小さく頷いた。
「確かにそうだな。
そろそろ本格的に見つけないと……」
そんな話を彼らがしていた、その時。
不意に、彼らが居る小屋のドアが吹き飛んだ。
「な、何だ?!」
男達は驚きの声を上げる。
唐突にドアを吹き飛ばしたのは一体何なのか、と。
土埃がたっていて、視界が悪い。
そんなところには、二つ影が見えた。
男たちは怒りの顔を向ける。
「何だテメェら!」
怒りの声を上げる男達。
彼らは一斉に武器を構える。
土埃が晴れる。
そこに立っていた二人の姿が明らかになる。
隻眼の少年と、金髪の少年。
二人とも、武器を構えている。
それを見て、男たちは驚きの表情を浮かべた。
「こ、此奴ら……」
「騎士、か……!」
驚きと戸惑いの声を上げる男達。
そんな彼らに武器を向けながら、隻眼の少年……シュタウフェンベルクは言った。
「覚悟は出来ているな」
低い声。
怒りの籠った、低い声。
彼の視線は一瞬、ペルの方へ向いた。
柱に繋がれてぼんやりしている、大切な弟。
ドアがはじけ飛んだ音にさえ、気づいてはいない様子だ。
これほどまでに衰弱させられている。
その状態に怒りがこみ上げた。
それはどうやら一緒に来ている副官……ヘフテンも同じくらしい。
柱に繋がれた幼さの残る少年。
彼を見つめ、ヘフテンは顔を歪める。
「何だ、貴様ら……」
「私はクラウス・フォン・シュタウフェンベルク……
貴様らが攫ったペルの兄だ!」
シュタウフェンベルクはそういうとマスケットを手に男達の方へ向かう。
ヘフテンも同様に走っていった。
男達は彼らに応戦しようと武器を抜く。
そして威嚇のためにか、一発発砲した。
びくり、と体を強張らせるペル。
怯えた表情。
彼は、自分たちが来たことに気付いたようで目を見開いた。
それを見て、シュタウフェンベルクはすっと目を細めた。
そして、マスケットをしっかりと握りしめて……
「っぐ……」
男を思い切り殴りつけた。
その攻撃は予想外だったようで、男達は少し怯んだ。
「ヘフテン!武器を奪え!」
そう指示を出す。
そのまま彼は、極力銃弾を撃ちだすことなく、戦い続けた。
ヘフテンも彼の意図を知っているからこそ、小さく頷いた。
そして、ヘフテン自身も武器をしまって、魔術で応戦する。
その、理由。
それは、ペルが銃声を恐れるから。
だから、彼らが銃を使うことを防ごうとした。
自分たちも、銃を使わないようにした。
この時ばかりは、あまり遠距離武器を使わないディアロ城の騎士たちをうらやんだ。
自分たちも、剣術だけで戦えたらと……
しかし、そうもいっていられない。
彼らが使うのは炎属性魔術。
それは、乾いた木の小屋は燃え始める。
その様子に男達は焦り始める。
しかしシュタウフェンベルクとヘフテンは焦りを見せない。
きちんと、片付ける。
この炎が全てを燃やし尽くす前に全ての片をつけると。
「な、何なんだ、此奴ら……」
「強い……」
男達はあとずさる。
逃げようとする彼らを、シュタウフェンベルクとヘフテンは昏倒させる。
そして彼らを外に出しながら、シュタウフェンベルクは柱に括り付けられた弟に駆け寄る。
そして、彼の腕をつなぐ鎖を破壊した。
「ペルっ!」
しっかりと抱きしめてやった彼の体。
華奢なそれは小さく震えている。
「シュタウフェンベルク……っ、ヘフテン……っ」
ペルはシュタウフェンベルクに縋りつく。
足も体も震えている彼。
ヘフテンとシュタウフェンベルクはそんなペルを支えてやりながら外に出た。
ペルはその場にぐったりと崩れ落ちる。
そんな彼を見て、シュタウフェンベルクは焦った顔をした。
そして慌てて彼の顔を覗き込んで、声をかける。
「ペル、大丈夫か?!怪我は……」
そういいつつ触れる。
そんな彼にぎゅっと縋りつきながら、ペルは小さく息を吐き出した。
相変わらず震えている華奢な体。
そんな彼の頭を優しく撫でる。
そして彼をしっかりと抱きしめてやった。
「ごめんな、迎えに来るの遅くなって……
たくさん、怖い目に遭っただろう……」
そういいながらシュタウフェンベルクはペルを優しく撫で続ける。
ヘフテンもペルを誘拐した男たちを城に送還してから、ペルに言った。
「良かった、ペルさん……
完全に無事、というわけにはいかなかったみたいだけど……」
そういいながら、ヘフテンはペルを優しく撫でる。
ペルはそんな彼を見て、目を潤ませた。
「ヘフテン、も……ありが、と……」
そういいながら、ペルはぎゅっとシュタウフェンベルクに抱き着いた。
そして、ふっと息を吐き出した。
「怖かった……」
そう声を洩らす、ペル。
シュタウフェンベルクは彼は顔を歪めた。
そして、そっとペルの体を支えながら、一緒に歩き出す。
「すまないな、ペル。
ちゃんと抱き上げてやれればいいんだが……
とりあえず、早く帰ろう」
そういうシュタウフェンベルク。
ペルはその言葉に小さく頷いた。
ヘフテンとシュタウフェンベルクは顔を見合わせて小さく頷く。
そしてペルを連れて歩き出していったのだった……――
―― Rescue and… ――
(彼が怯える要因はわかっている。
だから、彼を怯えさせないように助け出した)
(大切な弟。
彼を助け出すためならば…)