混み合う夕食時の食堂。
そこで赤紫の髪の青年と黒髪の青年は一緒に食事をとっていた。
実質的にパートナーを組んでいる形になっている彼ら……
ルカとヒムラーは一緒に任務に出ていたのだ。
彼らが戻ってきたときには夕食には少々早い時間だったが、
混む前に食べちまうか、というルカの提案にヒムラーも乗ったのである。
「ルカさんのいう通りでしたねぇ……」
ヒムラーは周囲を見渡しつついう。
ルカが"もうちょいしたらめちゃめちゃ混むから"といった通りだ、と。
ルカは小さく笑って答えた。
「十年以上此処に勤めてるからな。
そりゃ施設の混みかた空きかたは知ってるよ。
それより……」
ふとルカは言葉を切って、ヒムラーの方に視線を向けた。
そのまま溜め息を吐く。
ヒムラーは不思議そうにルカの赤い瞳を見つめ返した。
ルカはそんな様子の彼にいう。
「ハインリヒ、お前はまた痩せそうな飯を……
もうちょいちゃんとした飯食えよ、仮にも騎士だろお前も……」
「ちゃんとした、って……ちゃんとした食事とってますよ?」
抜いたりしてませんし、とヒムラーはキョトンとして答える。
ルカは"そういう意味じゃなくて"といって、
ヒムラーが食べている料理を指差した。
「野菜ばっかりじゃねぇかよ。肉も食えよ、ちゃんと」
そう、ルカの指摘通り、ヒムラーが食べているのは野菜やらフルーツやら……
所謂動物性タンパク質というものがない。
騎士というのは体力勝負の仕事であるため、
特に夕食は結構がっつり食べる者が多いなかでそんな食事をとっている彼は目立つ。
そうツッコミをいれるルカもメイン料理は肉料理だ。
「フィアにもいつもいってることなんだが……
バランスって大事だろ。
肉ばっかの偏食も困ったもんだがその逆もまた然りじゃねぇ?
フィアの場合バランスっていうより量だけど、
ハインリヒはフィアより少ないっていうか、食べてるものがものだっていうか……
そんなことだから体力つかないんじゃねぇのか?」
最後の辺りは少しからかうような口調でルカはいう。
ヒムラーは少しむくれた顔をして返した。
「食べてますよ、ちゃんと!」
「なにがだ、どの辺がだ?」
どうみてもないだろ、とルカがツッコミをいれると、
ヒムラーはびしっとトレーを指差す。
どうみてもそこに肉らしきものはないのだが……
彼が指差しているのはどうみても豆である。
「いやいや、それ肉じゃねぇだろ、どうみても!」
「大豆は畑の肉って言って……」
「や、それは幾ら俺でも知ってるから!
一応これでも東条来るようになってから東国(むこう)の勉強もしてんだよ!
知った上でツッコミいれてんだよ……」
あぁもう、とルカは額に手を当てる。
そして自分が食べていた料理を小さく切ると、
フォークに突き刺してヒムラーの口元に持っていった。
無論、ヒムラーは驚いた顔をする。
唐突にそんなことをされて驚くな、という方が無理がある。
青い瞳を揺るがせつつ、ヒムラーは目の前の黒髪の少年にいった。
「な、何ですか……」
「食え、いいから」
真顔でフォークを差し出しているルカ。
いいから、といわれても……ヒムラーとしては一向に良くない。
「いや、だから僕は食べられないんですって……!」
「何でだよ。多少なら食えるだろ。
ヒトラーも肉食わねぇけど彼奴もソーセージくらいなら食うし」
ルカはそういいつつフォークを下ろす気はないらしい。
暫しそんな問答を続ける二人。
ちなみに、かなり注目を集めてしまっている。
当然のことだろう。
"仮にも"部隊一つを纏める人間である二人が所謂"あーん"をする体勢になっていて、
あげく片方が拒んでいるというこの状況は……客観的に非常に恥ずかしい。
何してるんだあの人たちは、という視線が向けられている。
暫しそんな問答を続けた末に、
ヒムラーは諦めたようにルカが差し出しているフォークを口にいれた。
恥ずかしいやら先が不安やらで複雑そうな表情だが。
もぐもぐ、と肉を咀嚼するヒムラーをみてルカは満足そうな顔をした。
「一応食えるんじゃん」
ちゃんと食えよ、とルカは溜め息を吐く。
彼としてはかなり華奢で体力がないパートナーのことが心配なのだ。
ヒムラーはどうにかルカに突っ込まれたそれを飲み込むとジト目でルカをみた。
「食べれないということではないんです。
ただ、体質的にあんまり向いていないというか……」
「体質?」
「胃腸が強くないんです、だから不安なんですって」
ヒムラーは"一口で十分ですからね"といって、
せっせと自分のプレートの上の野菜を片付け始める。
"体質ねぇ"といいながらルカも自分の料理を食べ続けた。
***
―― 翌朝。
「うー……お腹いたい……」
半泣きでベッドで丸くなっているのはヒムラーである。
そのベッドサイドに所在無さげに立っているのはルカ。
胃腸が弱いといっていたのは事実らしく、消化不良を起こしたらしい。
結果的に至る現在。
その原因を作ったルカはヒムラーの部下からその話を聞いて、
この部屋……基ヒムラーの部屋に来たのだった。
ヒムラーはルカに若干恨みがましげな目を向けつつ、いった。
「だからいったじゃないですかぁ……
胃腸が弱いんですって、食べたら朝こうなるんですって」
だから拒否したのに、とヒムラーはいう。
布団を抱き込んでいるのはその方が暖かくて痛みが和らぐからか。
「悪かったよ……」
ルカはバツが悪そうな顔をしてヒムラーに謝る。
"もう変に押し付けないよ、ごめん"と謝るルカは神妙な顔をしている。
此処で"あんなふざけた状況だから冗談だと思った"といわない辺りはルカらしい。
ヒムラーはふっと表情を和らげた。
彼も怒っている訳ではないし、
何よりルカが自分を思ってちゃんと食えといってくれたこともわかっている。
嫌がらせで他人が嫌がるものを食べさせるような性格ではない。
「……そこまで気にしなくてもいいですよ 、怒ってるわけじゃありませんし」
「ん……でも、悪いことしたな、て」
悪かったな、と言いつつルカはヒムラーの頭を撫でる。
その手は優しい。
時間的に雪狼の騎士に指示を出してからすぐにきてくれたのだろう。
薬やら何やらの面倒をみてくれたのも彼である。
とりあえず胃腸薬を飲ませてからヒムラーの眼鏡を外して、
ベッドに転がるようにいった。
「まぁ、こういう状況の場合他に出来ることもねぇし、おとなしく寝てろよ」
「……慣れてますね」
「?何が?」
薬を飲ませるのに使ったカップを片付けていたルカはきょとんとして首をかしげる。
ヒムラーは微笑みつついった。
「いえ、看病というか……」
ルカがあまり器用なタイプでないことはヒムラーもよく知っている。
だから正直こういう看病やら何やらといったことも苦手なイメージがあったのだが……
思いの外、手慣れている。
ルカはヒムラーの言葉に苦笑すると、いった。
「昔からすぐ体調崩す馬鹿が傍にいたからな。
それに、遠征任務で外出たときに体調不良起こした奴がいたときに
いちいち草鹿の騎士にコンタクトとるわけにもいかないし」
本格的な医術面はどうにもならないとして、
薬の飲ませ方やら具合を悪くした人間のケアの方法やらはジェイドなどに教わったという。
長くセラの職についていれば実践機会も多かろう。
そうして慣れたらしい。
ヒムラーは納得した顔をして頷いた。
それにしても、と言ってルカは笑う。
「肉がダメな理由が胃腸弱いからって……
あれだな、草食動物に無理矢理肉食わせたようなもんか」
「……例えが、非常に不本意なんですが」
言うに事欠いて草食動物って、とヒムラーは呟く。
ルカはそんな彼をみて小さく笑った。
「事実だろ、ハインリヒは草食動物っぽい。ほっといたら食われそう」
くっくっとルカは笑う。
どこか抜けていて危なっかしい彼は放っておけない、と。
自分のあげた例が余程はまっていたのか、ルカは独り言を呟いていた。
「せいぜい犬かな……犬でも小型犬。
……ダメ、無理、お前はマジで小動物系」
決定、と自己完結してルカは笑う。
ちっさいしな、とルカがいうとヒムラーはややむくれた。
確かにヒムラーは彼の部下よりダントツで背が低い。
騎士団のなかでも背が高い方のルカにとっては小柄、とみられても仕方あるまい。
ひとしきり笑っていたルカはふ、と微笑むとそっとヒムラーの頭を撫でた。
「……ま、今はそんなに忙しい訳でもねぇし、休んどけよ。
やっとかなきゃいけない仕事は俺がやっとく」
「え、いや、いいですよ……」
ヒムラーは首を振る。
ルカのいう通り忙しいわけではないため立て込んでいる仕事はない。
部下への指示は恐らくハイドリヒ辺りが采配してくれているだろう、と推測をつける。
それを考えればルカにしてもらわなければならない仕事もない。
ルカはそんなヒムラーをみると小さく肩を竦めて、いった。
「……多少償わせてもらえないと俺の気が済まん」
そういってルカは苦笑する。
やはり未だにこうなった原因を気にしているらしい。
強引さが仇となることが多いからだろうか。
ヒムラーはそんな彼の気遣いには感謝しつつ、いった。
「ありがたいことですけれど……僕の仕事って書類仕事ばかりですよ」
ルカさん苦手でしたよね、とヒムラーがいうとルカは渋い顔をした。
彼の指摘通り、ルカは書類整理が苦手である。
先程までのからかいの分を少し返せたかな、と思いつつヒムラーは笑う。
ルカは軽くヒムラーの机の上の書類をみて自分の手にはおえないと思ったか、
溜め息を漏らしてからヒムラーの方を向き直っていった。
「なら、せめてお前の世話くらいはさせてくれ。大したことは出来ないけど」
「僕も大丈夫ですよ。
薬ももらってますし、大人しくしてたらそのうちよくなります……
ルカさんも自分のお仕事があるでしょう?」
ルカも総合部隊雪狼の統率官だ。
護衛任務から魔獣退治まで多用な任務を引き受けるあの部隊の忙しさは、
違う部隊を率いているヒムラーでも知っているし、
トップにたつ人間の仕事の多さもよくわかっている。
確かに腹は痛いが熱があるわけでも動けない訳でもないため、不自由はない。
原因はわかりきっているため処方された薬を飲んで、
暫くおとなしくしていればすぐによくなるだろう。
そう返すと、ルカに額をぶつけられた。
痛い、と小さく声をあげるヒムラー。
間近に見えるルビーの瞳に少し頬が熱くなる。
ルカはいつもより若干低い声でいった。
「だから、俺の気が済まないっての」
"あ、でもこれも押し付けか……?"と呟いて、
ヒムラーから顔を離しつつ少し迷う顔をするルカ。
そんなルカの様子にヒムラーは笑った。
こうして他人を考えて行動して裏目に出やすいたちらしいな、と思って。
「ふふ、看病してくれるというのを押し付けとは思いませんよ。
ただ、ルカさんのお仕事が大変になったら申し訳ないな、と」
「ん、それなら問題ないから気にすんな。寒くないか?」
平気ですよ、と返すとルカは微笑む。
軽くヒムラーの腹を撫でるルカの手。
不器用だが優しいその手を感じて、ヒムラー目を閉じる。
多忙なのは事実だし、この機会に甘えて少し休むかな、と思うと微睡む意識。
程なくして静かな寝息が聞こえてきて、ルカは小さく笑った。
腹が痛いと呟く半泣き顔よりは寝顔の方がいいな、と呟きつつ、
眠っているヒムラーの額にかかった髪をそっと払った。
無防備な寝顔。
自分より年上だということをともすれば忘れそうなほど、あどけない寝顔……
「……やっぱ、草食獣だよな。食われんぞ、ハインリヒ」
ふ、と笑ってルカはいう。
そしてそのまま"おやすみ"と呟いて、
ヒムラーのベッドサイドに座り、彼の赤紫の髪を撫でていた。
―― 思いやる掌 ――
(小さな親切大きなお世話?そうなっちまったようで申し訳ないな)
(無茶苦茶なようでも気遣って下さってることはわかっていますから
だからそんなに落ち込まないでください)