作家のヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)は精神を患い、病気に理解ある夫と共に幸福とも言える人生を送っていた。
主婦のローラ・ブラウン(ジュリアン・ムーア)も、夫と子供に恵まれた順調な人生を歩む。彼女の愛読書はV・ウルフの『ダロウェイ夫人』であった。
クラリッサ・ヴォーン(メリル・ストリープ)はゲイの女性。恋人と暮らし、人工授精で授かった娘もいるが、かつての恋人がエイズで死にかけていた。
時代を越えて繋がる女性たちの一日を描いたヒューマンドラマ。


うーん、正直、いかがなものか…。
もう少し年を重ねれば、この映画の良さも見えてくるのかもしれませんが、今の私には可もなく不可もなくでした。普通ですね。

「常に正面から人生を見つめ、あるがままを理解し、受け入れ、あるがままを愛し、立ち去る」

この映画の重要なメッセージと思われるヴァージニアの言葉。(立ち去る、は死の意味でしょう)
しかし、これを語るためにこのストーリーで115分は長いです。見終わって映画の尺を確認するまで、150分はあったと思ってたもの。

映画の早い段階で物語の流れが頻繁に示唆されていること、そして作中のリチャード・ブラウン(エド・ハリス)の小説に対してルイス・ウォーターズ(ジェフ・ダニエルズ)が抱いた感想がそのままこの映画を表していることは、おもしろい手法だと思うけど、それだけです。

AMAZONのレビューを読むと、小説も合わせて読むことでさらに理解を深めることができるようですが、私にはその必要性が感じられません。
しかし、なんだかんだ言いながらラストまで画面にかじりついて観ていたので、心のどこかで興味深く感じていたんでしょう。この映画は年齢を重ねてから観てこそなんだろうな。今の私では、理解できない良さがあるのだと思う。


ライリーちゃまはちょっとしか出ていません。かわいかったけど、かわいそうでもあり、その実幸福でもある。
別にいいんじゃないでしょうか。これも人生ですよね。道を分かったからと言って愛が消えるわけじゃない。幸福が一瞬でも、一瞬は永遠であり、決して消え去りはしないものだ。

主演はニコール・キッドマンですが、AMAZONやallcinema onlineを見るまでニコール・キッドマンと気付きませんでした。
なぜそこまでしてニコールでなければならなかったのかわかりませんが、彼女の演技は吹き替えで観ても胸を打つものがあった。
個人的にニコールは表情のレパートリーが乏しく(これは整形手術のためだと言われていますが、事実は知りません)、それほど評価できる女優と思えないのですが、演技とは表情だけではないからね。私にはわからない深いものが、ニコールの演技にはあるのだろうね。