「アンタ、それで本当に良いの!?」

「……と、言われても……」


先程から、凄い剣幕で、僕は彼女から詰問されている。


「それが『僕』が存在する理由だから、ね?」

「そんな事どうだって良い!アンタはどうなのか聞いてるのよっ!!」


対面越しに座る彼女が、中央のテーブルを叩く。

へらへら笑って、馬鹿じゃ無いの!?
なんて、辛辣な言葉が出て来る。

僕は苦笑を浮かべながら、必死に頭の中で正解を探すも、どうやら答えは僕の中には見付けられない様だ。

苦肉の策で視線を泳がせると、この中で唯一の大人と目が合った。
言外の救援に、彼は気付いた様に苦笑する。


「まぁまぁ、渡貫君!夢鯨君にそうキツく当たる事は無いだろうに……ね?」

「博士には関係無いから黙ってて!」


ピシャリ、と撥ね付けられた。
博士は帽子を押さえて若干悲しそうな顔をする。


「私は部外者かい?」

「今はね。っていうか、へこむなら隅行ってて頂戴」

邪魔だから、なんて言われて完全に肩を落とした博士。
あぁ、本当に隅でうずくまってしまった。


「は、博士は別に悪い事は言って無いんじゃないかな?」

「何よ、私が悪者なの!?」


キッ、と鋭い眼光で射すくめられる。
僕的には、彼女のこういう所はちょっと苦手だ。


「解ったわよ!もう!!」


勢い良く椅子から立ち上がると、不機嫌そうに彼女は外へ出て行ってしまった。

こういう時、僕は自分の情報不足が嫌になる。


「……まぁ、気にしない事だな」


博士の愚痴を聞き流しながら、クロードが声を掛けてきた。


「そのうちガーディアンでも蜂の巣にして鬱憤晴らして来るだろ」


そういう女だからな、真理は。
なんて、僕より冷静なミミイに感心させられる。

まだまだ僕は他人の感情に疎い。
もう少し、傷付けない方法をこなせる様になりたいとは思うんだけれどなぁ。


「……はぁ……」


なんて溜息を吐いた時、ドアが開閉した。
随分早く戻ったと顔を上げれば、僅かに金属音を鳴らす金髪の青年と目が合った。


「……辛気臭いな、何なんだよ?」


部屋を一望した彼は僅かに眉根を寄せた。
クロードがやれやれと首を横に振る。


「僕のせいだよ、音繰」


怪訝そうな赤い目が再び僕に焦点を合わせる。
僕は一部始終を口にする事にした。


「ふぅん?」


さして興味無さ気に、真理が乱雑にした椅子を引いて、音繰は腰を下ろした。


「真理は僕が嫌いなのかな?」


出来る事なら、仲良くはしたい。
でも、僕は決定的に人と違うから。

俯く僕。静寂が痛い。


「別に、嫌っては無いだろ」


目を上げると、面倒臭そうな様子で僕を見る音繰と何度目かの対面をする。


「どいつもこいつも、面倒な奴ばっかりだな」


溜息。


「……ごめんなさい」


居たたまれなくて、謝る。


「謝るな、彼奴も彼奴で面倒な女だからな。
アレなりにお前の事を考えた結果だろ」

「僕の、事?」

「お前が『お前』として存在する為にどうするのが最善なのか、俺達には解らない」

「……僕はこうして存在してるだけで奇跡だ。
役割も解ってるつもりだし、納得もしてるよ」

「なら、それで良いんじゃ無いのか?」

「え?」

「他人がどうこう言うのはお門違いだ。
お前がそれで納得してんなら、不都合無いだろ」


あっけらかんと言われて、少し拍子抜けしてしまう。

その間に音繰はベースの調弦を始めてしまった。
単調な音が響いては消える。


「ね、音繰っ!」

「あ?」


見向きも手元を止めもしない生返事。


「僕は、出来れば仲良くなりたいんだ」

「ふぅん」

「真理と仲直り出来る……かな?」

「さぁな」


ガクリ、と肩を落とす。


「そんな事お前等同士で何とかしろよ」

「う、うん」


歯に衣着せないハッキリした態度は僕も見習うべきかも知れない、なんてどこかで考えてしまった。


「音繰」

「何だよ」

「あの、さ」

「だから、何だって?」

「……僕達、その、仲間……だよね?」


数瞬の視線が痛い。


「ごめん、流石におこがましいよね」

「はぁぁ……」


再びの溜息。
最早やるせない気分にすらなってくる。


「どうしてこう、オリジナルと差が……って色々言うモノでも無いけどよ」

「ごめんなさい」

「だから、謝るなっての。
個人的意見で言わせて貰えば、俺はお前達みたいな面倒臭い奴等は苦手だ」

「うぐっ」


流石に涙は出ないが、泣きそうな気分に陥りそうだ。

そんな事お構い無しに、人差し指が突き付けられる。


「?」

「だがな、そんな面倒臭い奴等でも間借りなり糞面倒臭い俺を仲間なんて言いやがる。
多少はそのノイズ位聴くし、我慢もするさ」

「えぇと?」


意味合いを掴み損ない、首を傾げる。


「ははぁ、君も渡貫君も、随分なツンデレ屋さんなのだなぁ!!」


いつの間にか話を聞いていた博士が勢い良く話に乱入する。


「……チッ……このオッサンが一番ウザイのは、本心だな」

「蓮見君、私はまだお兄さんだ!!」

「加齢臭で良く言うな。突っ込み所もおかしいぞ?」

「か、加齢臭!?いやそんな筈は!!」

「それ以上ノイズ響かせるなら撃ち抜く。黙ってろ」

「は……はい」


すごすごと隅に戻る博士。
クロードが半眼で何か言いたそうに肩を落とした。


「とにかく、お前もグダグタ言うな。
言いたい事は本人に言え」

「あ、うん」

「はぁ、辛気臭い気分で胸が悪くなるな……俺は外行くぞ 」

「あ……ありがとう、音繰」


僕の礼には無反応で音繰も外へ出て行ってしまった。

少し気分が落ち着いた僕は、次に真理に会ったら謝ろうと思う。
そして今の本心を伝えてみよう。

僕はオリジナルでは無くても、僕は僕だ。
存在する限り、それは変わらない。


少しだけ前向きに、顔を上げよう。
弱気な僕に出来る、抵抗を決めて、席を立つ。

僕に出来る事は少ないだろうけど、必ず何かは有る筈だから。

まずは傷心のリーダーを慰める所から。
少しずつ、歩み寄る事を、僕が望む限り……。