窓の形に切り取られた青白い月の光が寝室の真ん中あたりの床にぺったりと張り付いていた。

ガレーラが用意してくれたこの宿舎に着いて、女部屋としてあてがわれたこの部屋に一緒に入った航海士さんは、扉を閉めるなりベッドにうつぶせに倒れ込んで寝息をたて始めた。
その後のことを覚えていないということは、私もきっと同じく。

そして仲間も私も、ようやくベッドから起きだして来られた2日目の昼間。
1階のリビングに降りると船医のチョッパーが嬉しそうに駆け寄って来てくれた。
「ロビン!もう大丈夫なのか?」
足元で目を輝かせているチョッパーにかがんで目線を合わせる。
「ええ、おかげさまで。すっかり元気よ」
「ほんとか?みんなにも言ったけど、まだ無理しちゃだめだぞ。あとで傷診てやるからな」
お礼を言うと小さなトナカイは小躍りしながら喜んで、その姿を見られただけでも生きていて良かったなんて穏やかな気持ちが沸いてくる。

起き抜けでも賑やかに勢いよく食事を平らげていく男性陣たちをコックのサンジが「まだまだあるからゆっくり食べろ」と嗜めた。「レディ達は急にはたくさん食べられないよね」と気を使って用意してくれた卵と蒸し鶏のサンドウィッチと野菜スープを口に運びながら今朝の新聞を広げる。
司法の島エニエスロビーでの一件は全て麦わら一味の企てた事件であるという内容の記事が一面を飾っていた。みんなのことも書かれていたから教えてあげようかと思って、新聞から顔を上げてやっぱりやめた。どんな言葉を使っても自分の口から語っていい内容に昇華することはできそうになかった。隣の席から私の肩に頭を寄りかけて新聞を覗き込んでいたナミが私にだけ聞こえるように小さく「まあ、だいたい想像してたけどひどい言われようね」とおどけた調子で言ってきた。


食事のあと女部屋に戻るとすぐ、航海士さんはシャワーを浴びに行くと言い。タオルと着替えを手に持って「ちょっと行ってくるね」と部屋から出て行った。

乗船中はともかく、陸に上がった時はいつも「ロビン、洗いっこしよ!」と航海士さんがお風呂に誘ってくれていたから……

だから、てっきり今も彼女が笑って誘ってくれるものだと思い込んでいた。
こんな時、私が自分からは声もかけられないことを彼女は知っている。
知っている以上、航海士さんの行動の示すものは明らかな拒絶。
航海士さんの行動は、私が航海士さんにしたことを思えば当然の報いで、報いというには甘すぎるくらい。

私は心のどこかで、航海士さんとの間にできたあの夜のしがらみが、事件の収束と共に消え去ってくれはしないかと仄かに期待していた。

でも、それは。
私自身がこの手で彼女につけてしまった爪痕から、ただ無責任に逃げようとしているだけなのだと、一人部屋を出て行った彼女の姿に思い知らされた。


それ以外の時間では航海士さんは普通に接してくれていたけど、時折の振る舞いの中になんとなくよそよそしさを感じて、気まずさを押し込めたままで迎えた夜。

お互いそれぞれのベッドに入ってしばらくの時間がたった。

全てを包んで輝かせようとする太陽の光とはちがう、明暗をきっちりと分割して物の輪郭を際立たせる月明りが窓から差し込む角度をだんだんと高くしていた。


ロビンはベッドの上でずいぶん長い時間姿勢正しい仰向けを保ったまま天井を見つめていた。


明日、航海士さんに謝ろう。
許してもらえるかはわからないけど、ちゃんと謝ろう。


でも、もし拒絶されたら……
昼間見た華奢な後姿が、その答えかもしれない……

 

少し頭を冷やそう、そう思ってベッドから身体を起こした。
音は立てなかったはずなのに、ベッド脇に脚を下したところで隣のベッドから「眠れない?」と声を掛けられた。
窓と窓の間の壁に遮られて月明りの当たらない航海士さんのベッド。声を頼りに暗がりを見つめても、彼女の姿を見ることはできなかった。
「ごめんなさい。起こしてしまったわね」
サラサラとした床板の感触を素足のつま先で感じる。
なぜか悪いことが見つかってしまったような、そんな気がして、中途半端に床から足を浮かせたまま航海士さんの言葉を待った。
「ううん、平気。起きてたの」
航海士さんがベッドの上に体を起こしたのが気配で分かった。
そして、わずかに呻く声。
こちらに聞こえないように押し殺した航海士さんの声。
心配になって、航海士さん、そう呼ぼうとしたとき。
は、と気が付いてしまった。

……ああ、なんて。
私はつくづく自分のことしか考えられない人間なんだろう。

勝手に期待して勝手に突き放されたような気持ちになっていた私。

今やっと、彼女の真意に気が付いた。


彼女は今回の戦いで受けた傷を、私には見せないつもりだ。
その傷を見せないことで、私の中の罪悪感すら救い上げようとしてくれている。

それはつまり、私には見せられないようなひどい傷だということでもあるのに。


昼間、一人部屋を出て行った航海士さんの後姿が。
今、航海士さんを隠している暗がりから伝わる気配が。
そんな想像を確信に変えていく。


どうしてそこまでしてくれるの。
どうしてそんなに優しいの。


私は『麦わらの一味』以外の人間に対しては、これからだってきっと変わらない。
必要とあれば、騙し、裏切り、この手で傷つける。
なんの躊躇もなく実行できる。
そんなろくでもない、自信ではなく確信がある。

今でも私は悪魔の子。

いきなり生まれ変わることなんてできはしない。


こんな温かい気持ちの扱い方なんてわからない。
誰とも深く関わらず、逃げ回って生き伸びてきた自分の、人間力の低さに嫌気がさす。
せめて相手が極悪人か、屈強な男なら、相手をするのはむしろ得意なのに。

でも彼女は10歳も年下の女の子。
こんなとき一体どうしたらいいのだろう。

 

今も航海士さんの気遣いに気が付いたからといって、何もできない自分がくやしい。
ただ、彼女の心遣いを無駄にしないためと信じて、何も気が付かないふりをするだけ。
「航海士さん、時間も遅いし横になっていた方がいいわ」
結局、選びに選んで口から出た言葉はそんな子供に言い聞かせるようなものだった。

ベッドに触れている指先がシーツに皺を作った。


いつもなら、誰に何と思われようと気にもならなかったのに……

どうしてうまく話そうとしてしまうのか。
どうしてこの足は彼女の元へ歩み寄れないのか。
どうして彼女を抱きしめて労わることすら躊躇しているのか。


「そうね」
航海士さんの返事を聞いてほっとして、ベッドから立ち上がる。

途端「どこにいくのっ」と航海士さんの咎めるような強い声に肩が跳ねた。
航海士さん自身も自分の言葉の鋭さに驚いたようで、なんとなく気まずい空気。
あまり間をあけても良いことはない。
「……少し、外の空気を吸いたいと思って」
そう言ってから。
それじゃあ、この部屋に居たくない。と言っているように受け取られてしまうかもしれないと気が付いた。
「あ、航…」
「ロビン」
航海士さんの方から布団を捲る音とベッドのきしむ音。
「私も一緒に行く」

 

特に行こうと決めていた場所もない。
お店も閉まっている時間だから、本当にただ歩くだけの散歩。
そこらじゅうに広がる水路が月明りを反射して、黒い水面をキラキラと輝かせながら揺れている。
過ごしやすい気候の島とはいえ、昼間と比べればさすがに気温は下がり、ベッドを抜け出た時の纏わりつくような熱はいつの間にか消えていた。

「航海士さん」
「なに」
航海士さんは宿舎を出た時からずっと、私のTシャツの背中側の裾を握っている。
「いくら夜中でも、こんな街中にお化けなんか出ないと思うわ」
「へぇ?」
私は背中にある航海士さんの手を指で指す。航海士さんは私の指が示す方向を辿って、自分の手に目線を落とし慌てたように手を放した。
「あ、いや、これはっ」
「?」
「これは…」
航海士さんが足を止めて、つられて足を止める。

月明りの下でも鮮やかさを失わないオレンジ色の髪が彼女の動きに合わせて揺れた。
「これは……だって…」
しんとした夜の街路に航海士さんの小さな呟きが吸い込まれるように消えていく。
言葉に詰まる姿は、いつもの利発で強気な航海士さんらしくない。
どうしたのだろう、やはり傷が痛むのだろうか。
Tシャツから伸びる航海士さんの腕には痛々しい痣がいくつもある、彼女が隠している服の下はたぶんもっと酷い。
もう帰りましょう、そう言おうとした時。
航海士さんに飛びつかれて、私は古い建物の壁に背中を打った。

_ _ _ _ _ _ _ _ _


私はロビンに抱き着いてちょうど顔の前に来た胸に顔をうずめた。
ロビンの肌から柔らかな甘い花の香りが立つ。
自分でやっておいてなんだけど息がしずらくて苦しい……
耳を付けるように横を向くとロビンの心臓の音が聞こえた。
ドクン、ドクンと脈打つ音。
ロビン、今、生きてるんだ。
鼓動が聞こえる。そんなことが、ただ本当に嬉しいと思った。

さっきはキツい聞き方してごめん、とか。
夜なんだから一人で行かないでよ、とか。

何か言おうと思ってたのにTシャツ越しに感じるロビンの体があったかくて言葉なんて飛んでしまった。
「航海士さん」
ロビンの声が頭の上から降ってくる。
「腕が、傷ついちゃうわ」
ロビンの手が私の頭を撫でた。


「航海士さん」
またロビンが私を呼ぶ、丁寧に発音する少し低いロビンの声。
ロビンの声以外は、近くの水路を流れる水の音くらいしか聞こえてこない。

あの時とは違う、静かな夜。

ロビンが消えてしまった、あのアクアラグナの夜。
この手で、ロビンを繋ぎとめられなかった嵐の夜。

そういえば、あの時とは立場が逆ね。
あの時、私を捕まえていたのはロビン。
今、ロビンを捕まえているのは私。


抱きしめる腕に力を入れると、ロビンが苦し気に短い息を吐いた。
耳をくすぐってきたその吐息の温度に肌がざわめく。
それでもロビンが抵抗しないのを良いことに、腕の中の可愛いお姉さんをいじめてみたい気持ちが沸いてくる。
「航海士さん……つらいの?」
ロビンにしては曖昧な言葉選びだと思った。
そりゃあつらいわよ。
正直、立て続けの戦闘で体はもう限界、まだ休息も安静も足りない。ロビンの背中と壁に挟んだ腕も痛い。勢い任せにぶつかったから、また新しい痣ができてしまったかもしれない。
でも今はそんなの関係ない。

「航海士さん」
困り果てたロビンの声。
視界の端に、私の体の形に沿って空中をさ迷うロビンの手が見える。
ぶつかってきたのは私なんだから、手ぐらい勝手に好きなところに置けばいいのに。
触れることを躊躇するようなその動きに、うっかり服の下の傷に触れてしまうことを避けたいのだろうと勘付いた。

……なんだばれてたのか。

ロビンがこれ以上自分を責めたりしないように、新しい一歩を踏み出してもいいと思えるように。
ロビンとの楽しい入浴タイムを我慢してまで傷を隠したというのに報われない。

こんな体の痛みなんて、ロビンが経験してきたことを想像すれば全然大したことない。

「ロビン」
「なあに」
ロビンの声が、わずかにほっとしたような空気を含んでいた。
ロビンに言いたいことは山ほどある。
でもロビンを取り戻せた以上、今思いつく言葉のほとんどは焦って投げかけるような内容でもないと思った。

でも後回しに出来ないこともある。
耳から聞こえるロビンの心音は、さっきよりも少し落ち着いてきたようだ。

「ねえ、ロビン」
「ええ、なあに」
「もうどこにも行かない?」
「行かないわ」

エニエスロビーから帰還して、ロビンは何度、一味のみんなに同じ質問をされただろうか。
それでも、何度だって確かめたい。
ロビンの口から何度だって聞きたい。

トクントクンと続くロビンの心音。
そっと頭に触れてくるロビンの手に安心を覚え、急にどろりと眠気を感じ膝が落ちそうになるのを慌てて堪えた。

「ほんとに?」
「ええ、ほんと」
「じゃあ、ロビン」
「なあに」
「航海士さんって呼ばれるのやだな」

トクン、トクン……ドクン。

あ、動揺した。

顔を上げて、ロビンを見ると目を逸らされる。
「例えばの話だけど。こんな風にどこかの島に上陸している時とかに、他にも航海士がいたりしたら誰を呼んでるのかわからないじゃない?」
「他の航海士とあなたは違うわ」
遠回しに自分が特別だと言ってもらったような気がしてつい嬉しくなってしまう。
私の変化に気が付いたのかロビンが探るように笑顔を向けてきた。
以前よりも幾分か柔らかくなったロビンの笑顔に脳が蕩けそう。
すかさず、ロビンの腕が腰のあたりにするりと回ってきた。

あ、なんか、やばい。
色んなことがどうでもよく……

「て、ごまかすなっ!」
背伸びしておでこで頭突き。
「ふぅっ!うっかり流されるところだったじゃない。さすが悪魔の子ね!」
「……痛いし。ひどいわ?航海士さん」
「私だって痛いし!あんただってひどいわよっ!」
「それは悪いことしたわ」
「ほんとよ。あと『航海士さん』じゃなくて?」
迫ると、ロビンは口をむぐむぐと動かして小さな声で何事か呟く。
「なに?聞こえない」
目を覗き込むと、ロビンは顔を赤くしてどうしたらいいのかわからないというように狼狽えた。
うわ、ロビン可愛い!!
耳まで赤くして……なんだろ、すっごく苛めたい!

ろくでもない煩悩に流されてしまおうかと思ったとき視界が遮られた。ロビンのハナの手だ。
腰に回されたロビンの両腕にきゅっと引き寄せられる。
左の耳にロビンの唇が触れ息ごと吹き込まれた。
「ナミ………ちゃん」
ばか、反則。
何てことするの、腰が砕けちゃったじゃない。
動揺と衝撃とわずかな興奮に、どっと気力を使った体はもう立っていられない。

でも。
なんか幸せだから、もういいや。

ロビンに身体を寄り掛けて目を閉じた。

「航……ナミちゃん、大丈夫?」
言いなれないロビンの口調が可愛いと思う。
「ロビン、罰よ。連れて帰って」
「罰?」
ロビンはハナの手を出して私の体を支えてくれているらしい。
「そう、罰よ」
「それは、その……大変な思いをさせたから、かしら」
「馬鹿ね、違うわよ」
「?」
「あんた、私に勝手なことして逃げたでしょ?」
片目を開けるとロビンの腕の中だった。ハナの手じゃなかったのね。
お姫様抱っこするみたいに抱えられて、ロビンの堀の深い綺麗な顔がすぐ間近にあった。
理知的で端正なその顔がみるみる複雑そうに歪んでいく。
ナミは月明りで白く光る腕を持ち上げてロビンの頭をよしよしと撫でた。

あぁ、とても頭がいいはずなのに、この人は。
きっとまた、物事を余計にややこしく考えてるんだわ。


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _


あの夜。

どうせ死ぬのなら、と思った。
今思えば投げやりでも、あの時はこの命に「まだ続きがある」なんて思ってもいなかったから。
死ぬ前に貴女に触れてみたくなった。
私とは正反対の太陽みたいな貴女に。
闇ばかり見つめていた私を笑って陽だまりに連れて行ってくれた貴女に。
どうせ命も夢も過去も未来も。貴女も。
全部失くしてしまうのだから……

どんな罪ですら、この命の終わりとともに贖罪されると思っていた。


何て勝手な考え。
何てひとりよがり。


それなのに、とても近い距離であまりにもまっすぐ見つめてくる瞳。逃げ出したい。

こんなときどうしたらいいの。

わからない……逃げ出したい。


それなのに……

それなのに、逃げられない。


「……航海士さん」
「ちがうでしょ?」
「……ナ、ミちゃん」
「ん」
「……」


ロビンの後ろに満月が見えている。それは幻想的に青く光るブルームーン。
こんな珍しい自然現象が見られるなんて、幸先良さそう。あとでロビンにも教えてあげたい。
聡明で物知りなロビンのことだから、なにか知識を付け加えて面白いことを教えてくれるかもしれない。
それともただ「綺麗ね」なんて言ったり……


_ _ _ _ _ _ _ _ _ _

 

「綺麗ね」
「え」
「あなたは綺麗だわ」
視線を戻すとロビンが今にも泣きだしそうな顔をしていて、私は反射的にロビンの顔を両手で包んだ。ロビンはその頭の中にある潤沢な語録の中から一番相応しい言葉を捜すように瞳を揺らした。

「私は、たくさん………汚れているわ」
「それにしちゃあ綺麗ね」
思ったことを単純に言葉にするとロビンの瞳が僅かに細められたので、ナミはロビンの顔に当てていた両手を引いた。
「たぶん、あなたが…想像する以上に……汚いことを。……卑劣な行為を繰り返してきたの」
「そう」
「何だって……したのよ、本当に」
「うん」
「どんなことも、したの……っ」
「うん」
「何年も……何年も、ずっと、そうして来たの」
「うん」
「だから、私は………」

涙を一粒こぼしたロビンの瞳が言葉を捜すように揺れている。
ロビンの震える唇が一生懸命伝えようとする気持ちを、一言だって聞き逃すまいと体中の神経を集中させた。
「私はこわい」
「……」
「……自分の非情さを抑えきれずに……いつかまた、あなたを傷つけてしまうかもしれないことが」
ロビンは「ごめんなさい」と言って口をつぐんだ。


「また」というのは、本題のアクアラグナの夜の事を指しているのだろう、と察しがついた。
ロビンが伝えたいことも大体わかった。


____いや、やっぱりわからない。

ロビンのしてきた汚いことというのは、きっと生きるために必要に駆られてしてきたことだろうと思う。

それをしなかったらロビンはそこで死んでしまっていたかもしれないわけで。

それに、どんな残虐なことをしてきたとしても、そこにロビンの積極的な意思があったとはどうしても思えない。

どんなことがあったのか、そんなこと詳細に聞くべきじゃないってことは自分の経験からでもわかるから聞かないけど。

なんでも話せることだけが信頼の証ってわけでもないと思うし。

でも。もし、ロビンが気持ちを吐き出したいと思ったときに、それを話せる相手が自分だったら嬉しいと思う。


今、ロビンは自分で「汚い」と称する過去を少し触らせてくれた。
それは、どれほど勇気がいることか。

震えるロビンが可愛いと思う。

ロビンの零した涙はどんな宝石よりも美しいと思う。

こんなに美人で、こんなに頭が良いのに、自分から人に近づけない臆病なところが愛おしいと思う。


いつのまにか濃いブルーの瞳の奥に虚無が生まれていた。
その瞳は知ってる___。

きっと、自分の言葉をきっかけに何かを思い出しているのだろう。

「ロビン」

呼びかけると、はっとしたように瞳に生気が戻る。

「ロビンは今どうしたいの?」

「え」

「私はロビンが戻ってきてくれて嬉しい」

言ってから、ちょっと違うなと思って言い直した。

「私はロビンのそばにいたいよ」

少し照れくさくなってロビンに笑顔を向けてごまかした。

ロビンの瞳が少しの間ぽかんとして、それから長いまつげを付けた瞼が何度か瞬く。

「……本当に?」

疑るようなロビンの口調に僅かに含まれた期待の気配。

「あたりまえでしょ。ロビンはどうしたいの?」

ロビンの瞳からまた一粒涙が落ちた。

「……そばに……いたいわ」

「だれの?」

「こう……」

「ちがうでしょ」

「……ナミちゃん、の」

私はロビンの首に腕を回してロビンの頭を胸に抱き寄せた。

「うん。よくできました」

_ _ _ _ _ _ _ _


「そうだ。ロビン、心配しないでも大丈夫よ」

「?」

ナミは口の両端を持ち上げ、ロビンのさらさらの黒髪の間から覗いた耳に口を寄せる。

「この間のお返しはきっちりさせてもらうから」