折虎とは違って怪我がちょっと重いバージョンな虎徹さんです。


「無茶しないで下さい…!」

病室のベッドの上で少し疲れた表情を浮かべるも、苦笑を零す虎徹にバーナビーは震えた声を出してそう言い放った。
ルナティックとの攻防で虎徹が負った傷は、命に影響があるものでは無かったがそれなりのダメージを与えている。特に肩に負ったものは、医者からは全治二週間だと言われたものの、普通の人間が受けていたら死んでいた可能性があるものだとも言われた。
ハンドレッドパワーの効果が切れていたら、と思うとゾッとする。いくらNEXTが普通の人間とは違えど、皆が強靭な体を持っている訳ではない。バーナビーは唇を噛み締めながら眉を寄せて苦い表情を落とした。
「大丈夫だって。ほら、ちゃんと生きてるし」
「そういうことじゃありません…!もしもっと大きな怪我を負っていたら…っ」
のんびりとした虎徹の言葉に思わず強い口調で言い返すと、バーナビーはハッとしてすみませんと小さく謝る。
自分達はヒーローなのだ。このくらいの怪我をすることなんで当たり前だし、命を落とす可能性だってあるのが現実。
今迄にも虎徹のように敵との攻防で怪我を負い、そのまま帰らぬ人となったヒーローもいる。街を、人を守るために命を落としたヒーローもいる。それが、自分たちが背負っている大きなものなのだ。
「…まぁ、その…あれだ…俺も悪かった!」
いつものように笑顔を浮かべ明るい声でそう言う虎徹の、バーナビーを気遣う気持が痛いくらいに伝わって胸が締め付けられる。彼はいつもそうだ。自分に心配をかけないよう、笑顔で全てを隠そうとする。
もう少しくらい自分に頼ってほしい。そう思うのだが、虎徹にとってはまだまだ幼く、親の敵のことになると我を忘れてしまうガキでしかない。それを今回、あらためて痛感した。
周りからはバーナビーの方が冷静だと思われているが、それは違う。確かに虎徹はすぐ熱くなるものの、ベテランとしての知識をフルに使って回りを見渡す能力が高く、周りが思っているより冷静な判断を下せるのだ。
だが、自分のことは二の次な虎徹はこうやって怪我を負うことが多く、それがバーナビーには分からなかった。自分の目的の為には命を落とすことは出来ないバーナビーは、虎徹のような行動をとることは愚かでしかなく、けれどもそんな虎徹に惹かれているのも事実。
「気ィつけっからさ…そんな顔すんなよ」
「っ」
そっとバーナビーの手を掴み優しく言う虎徹。彼が救急車で運ばれる前と同じような光景に、バーナビーはハッとして虎徹と視線を合わせた。
「そんな顔すんなって」
虎徹が苦笑を浮かべながらもう一度言う。きっと、酷い顔をしているんだろうと思うと少し恥ずかしくなってきて、虎徹が掴んでいない方の手で顔を覆った。
少しの間そうしていたが、徐々に落ち着いてくると今更ながら色々と恥ずかしくなってきて、バーナビーは虎徹から視線を逸らす。けれども掴まれた手はそのままで、そこから伝わる虎徹の体温に安心していくことに胸が締め付けられた。
「…俺はさ、ちゃんと生きてるから」
「分かってますよ…」
「ん、そっか」
「さっさと治して下さい。じゃないと相棒としての意味がないでしょう」
「えっ…バニーちゃん…」
ふと言ってしまったことに、今度こそ赤面すると慌てて虎徹の手を払ってしまい、そのまま固まってしまう。
虎徹はぽかんとバーナビーを見上げていたが、赤面している彼を見て思わず肩を揺らして笑ってしまい痛みに少し涙目になりつつも笑いは止まらなかった。
「あ、あのですねぇ…!」
「ご、っごめ…ってて」
「はぁ…もういいですから痛み止め飲んでください」
バーナビーはベッドサイドにある棚の上に置かれていた薬と水の入ったグラスを虎徹に差し出すが、視線だけは逸らしたままでいる。だがまだ顔が赤いことは彼の耳をみて分かっていた虎徹は、笑うのを我慢しながら薬とグラスを受け取り、さっさと飲むことにした。
「僕はちょっと話があるので少し行ってきますが、ちゃんと休んでいてくださいね」
「はいはーい」
「はいは一回でいいです」
「はーい」
バーナビーは全く、と言いつつも苦笑を零しながら部屋を後にする。彼が部屋から出て行き、足音も遠くなったと同時に虎徹はベッドに深く沈みこんで顔を歪ませた。
「っ…久々に…ひでぇな、これ…」
ルナティックから受けた肩の傷からジンジンとする痛みと、まだ燃えているような熱さが体を襲う。バーナビーの前では何事もなかったかのように振舞えたが、久々に負った大きな傷は簡単に治りはしないだろう。
「くっ…」
痛み止めは飲んだばかりでまだ効きはしないだろうから、この痛みに堪えねばならない。嫌な汗もかきつつ、バーナビーが戻ってくるまでには薬が効き始めるといいのだが、と思っていた所で病室の扉からノック音が響く。
バーナビーは先程出て行ったばかりだ。彼がもう戻ってくることは考えにくい。虎徹は額に脂汗をかきつつ、いつも通りにのんびりとした口調で「どうぞ」と扉の方に声を掛けた。
すると、控えめに開かれた扉の先にいた人物と視線が合い、驚きに虎徹の瞳は見開かれる。
「へ…えっ…?」
「すみませんが、少しお話してもいいでしょうか?」
「え、あ、はい」
その思いがけない相手に、虎徹は痛みのことも忘れて間の抜けた声を出すと小さく頷いた。
「では少しの間失礼します、鏑木さん」
血色の悪い唇を弧を描かせてそう言った相手、ユーリ・ペトロフはゆっくりと虎徹が横たわるベッドに近付き、設備してある小さな椅子に腰をかけると鞄から何かの書類を出す。
「あ、あの…ユーリさん?」
「はい?」
「また、何か賠償金絡みのっすか?」
ユーリと虎徹は、それなりの付き合いがあった。虎徹がワイルドタイガーとして何か公共のものを破壊したりと、いう時はシュテルンビルトの司法局ヒーロー管理官兼裁判官であるユーリが法的に裁く。正義の壊し屋といわれる虎徹は、以前からユーリの世話になっていたのだ。
「あぁ、いえ。今回は違いますよ」
ユーリは緩く首を振ると、虎徹に一枚の書類を渡す。
「…っ!」
「すみません、肩を怪我していたのですよね」
思わず利き手の右腕を伸ばして書類を受け取ろうとした虎徹だが、そうすると右肩の痛みが全身に走り、怪我のことを思い出してまた脂汗が額に浮かんだ。
「っ、いや…大丈夫、です…」
「大丈夫そうには見えませんよ」
思わず硬い声で返事をする虎徹にユーリは苦笑を浮かべながらそう言い、虎徹に書類を見せやすいようにベッドサイドにぴったりとくっつくように体を寄せて虎徹の目の前にそれを見せる。
「こ、れは…!」
「ええ、今世間を騒がせている『ルナティック』に関するものです」
その書類にはルナティックの写真と、彼に関する情報が載っていた。と言っても、その情報量は少なく、まだまだ謎が多い人物だということが虎徹にも伝わる。
「先程このルナティックと接触したと聞きまして、何か情報を得ていないかと思いましてね」
世間を騒がしヒーロー達の信頼が揺るがしている元凶のルナティックを、ユーリ達が追っているのは虎徹も知っていた。この様子だと、きっと彼らもルナティックの情報を探し出すのに困難をしいらされているようだ。
「どんなことでもいいです。何か気付いたことや、会話をしたとすればその内容を教えていただけますか?」
すっと瞳を細めて隣の虎徹を見下ろすユーリの視線は冷たい炎を纏っているようで、思わず体を硬してしまう。この男には、言い知れない何か強い力を感じる。虎徹はそう思うことが多かった。
「…顔面を…一発、殴りましたが…仮面が少しは、がれた…くらい、で…顔は見れなかった、っす」
痛みに堪えつつも虎徹がそうう言うと、ユーリは興味深そうに顎に手を当てて何かを考える。
「他には?」
「…ヤツは…犯罪者…罪人に、正義の裁きを…受けさせたいらしい…」
「正義の裁き、と…?」
「っ…ヤツの、正義が…あれだそうだ…人を殺めたものに…同等の償いを…科す……っくそ…」
肩からくる痛みに余裕がないのか、敬語を使うのも忘れて呟くように言う虎徹。そんな虎徹を真っ直ぐに見下ろしつつ、顎に当てていた手を下ろすと書類を持っていた手を引っ込めた。
「鏑木さんは、その正義を間違っているとお思いですね」
「ったりめーだろ…」
薬が効いてきたのか痛みが少しずつ遠のいていくような感覚と、痛み止めの薬が強いせいか副作用で眠気を感じて瞼が重くなる。
「わ、るい…痛み止め…で…ねみぃ…」
「いえ、こちらこそ怪我人に無理をさせてすみませんでした」
ユーリがそっと手を伸ばして虎徹の額の汗を拭うように肌を撫でると、その手の冷たさが火照った顔に心地良く、すっと瞳を細めてほうっと息を吐き出した。
「ゆっくりお眠りなさい」
「ん…」
意識が落ちる間際に、ユーリの優しい声が聞こえて返事にならない返事をする虎徹は、そのまま瞳を閉じて眠りにつく。
それから暫く虎徹の汗を拭っていたユーリは、彼の表情が痛みで強張っているものから柔らかく落ち着いてきた頃にその動きを止め、次に薄く開く唇を親指でなぞった。
「貴方の正義、しかと見届けさせていただきますよ…」
ユーリは口元を歪め楽しげにそう言うと、虎徹に覆いかぶさるよう顔を近付け唇を塞ぐ。
薄く開いた唇の隙間から舌を差し込み、クチュリと音を立てて舌を少し絡ませるとスッと唇を離して虎徹の濡れた唇を指先で拭った。
と、同時に扉が開き、バーナビーが戻ってくる。
「先輩、明日のことすけど……ぁ…ええと、貴方は確か…」
「司法局ヒーロー管理官兼裁判官の、ユーリ・ペトロフです。この間はどうも」
「いえ、こちらこそ」
鞄を手にして虎徹が眠るベッドの横に立っていたユーリは、バーナビーに軽く会釈をすると彼の横を通り過ぎて病室を後にしようとした。
「あの…何か、用でも?」
「いえ、もう済みましたから」
虎徹とユーリが何をしてたのかは知らず、そう話しかけたバーナビーだがあっさりとそう言われるとそれ以上は聞けず、黙ってユーリを見送る。
ユーリが病室を出て扉を閉めると、その音に虎徹は目が覚めたのか小さな声を上げた。
「ん…ぅ…あれ…?」
「お目覚めですか?」
「あぁ…寝ちまってたのか…」
痛み止めが効いているお陰で、眠る前のような強い痛みは無く、これならバーナビーに気付かれることはないと心の中でホッと溜息を零した虎徹はゆっくりと起き上がる。
「さぁて、帰るかね」
「そう言うと思いましたよ。もう医者とは話をつけてきましたから、帰れますよ。送っていきます」
「あ、気が利くねぇ〜。流石ハンサム」
「あーはいはい、分かりましたから、帰る支度して下さい」
「おうよ…っ?」
いつも通りの軽い会話が出来ることにバーナビーは無意識にホッと吐息を零しつつ、虎徹がふと動きを止めたことに軽く首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや…あのさ、バニーちゃんて、何か香水とかつけてる?」
「は?付けてませんけど…」
「そう、だよなー」
虎徹は無意識に己の唇を指先でなぞると、甘い、と小さく呟く。
バーナビーはその時、遠くを見つめるような虎徹の瞳を見て、このまま彼がどこか遠くへ行ってしまうのではないのかという妄想が頭をよぎり、得も言われぬ嫌な予感のようなものに無意識に強く拳を握り締め虎徹をじっと見つめた。

 


「これから、楽しくなってきますね」

虎徹たちの病室から離れ静まりきった暗い廊下を歩きながら、ユーリは楽しげにそう言う。
その言葉は誰にも聞かれることは無く、暗闇の中に消え去っていった。


end.


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月さんの今後の行動が気になりすぎて月虎も熱くなってくるぜ…!
しかし兎虎ショックが凄まじすぎてぼくはわたしはおれは(白目)
8話も本当に凄まじかったです、ね…