牛虎、というよりは牛→虎。
虎徹が結婚した後のお話。牛と虎は親友設定です。
ログイン |
牛虎、というよりは牛→虎。
虎徹が結婚した後のお話。牛と虎は親友設定です。
街から少し離れた場所にある小高い丘で、紫煙をくゆらせる男が二人。どちらも体格はよく、何かのスポーツ選手であるのかと思える。
だが、二人はスポーツ選手ではない。彼らは、ヒーローなのだ。
「なぁ、アントニオ」
「ん?」
アントニオ、と呼ばれた男は自分の隣で寝転がって空を見上げていた相手へと視線を向けると、何だ?というように軽く首を傾げた。
寝転がっている男は、ちらりとアントニオを見ると左手を空に向かって伸ばすように上げ、視線をその手へ向け、指の隙間から零れる太陽の光を眩しそうに眺めている。その手の薬指に光る指輪は、彼が既婚者であることを語っていた。
「…どうした、虎徹?」
自分に離し掛けておいて黙りっぱなしの相手の名を呼ぶアントニオは、ふぅっと煙草の煙を吐き出すと、銜えている煙草をゆっくりと吸い込み、味わう。
そういえば、何時から煙草を吸い始めたのだろうか。と思い出してみると、確か隣で寝転ぶ親友が吸い始めたのがきっかけだった。虎徹とは学生の頃からの付き合いで、気が合う二人は何をするのも一緒だった気がする。
「あのさ、」
ぽつりと吐き出された言葉に意識を虎徹へと向けたアントニオは、彼が何を言いたいのか分からず
眉を寄せた。
「なんだ、気になるじゃないか。ハッキリ言えよ」
「あー、うん」
アントニオがそう言うと、虎徹は苦笑にも似た笑みを浮かべて起き上がり、銜えていた煙草を口から外すと携帯灰皿に押し込む。まだ吸い始めだというのに煙草を消した虎徹に少し驚きつつ、彼が何を言おうとしているのか何となく分かった気がした。
「俺さ、煙草やめるわ」
ハッキリと、一言。その言葉にアントニオは少し目を見開いた。
ヘビースモーカーというわけではないが、お互いそれなりに吸っている。ヒーローというものは中々にストレスもつきもので、それもあってか自然と煙草を吸う本数も増えていく。
今まで煙草をやめる、ということさえい言ったことのない虎徹がこんなことを言うのだから、きっと。
「かみさんにさ、子供、できたんだ」
一言一言、噛み締めるようにしっかりと言い放った言葉にアントニオは、あぁ、やはり、と納得する。
虎徹が結婚してもう一年は経つ頃だ。子供ができるのは不自然ではない。ヒーローという大きな職業を背負い、それでも愛するひとと結婚をして子供が授かったのはさぞ嬉しいことだろう。
けれど、そこに辿り着くまでは悩みもあったはずだ。守る者が増えるほど、危険も増えるのは確かだから。
「そうか」
ふぅっと紫煙を空へと向けてそう言うと、じっと虎徹を見つめる。彼は遠くを見つめながらも、その瞳に優しさと慈愛の色が浮かんでおりもう既に父親の顔つきをしていた。
その変化に驚きつつ少し寂しさを感じたアントニオは、あんなに近くにいたはずなのに、虎徹を遠くに感じてしまう。
ずっと、ずっと一緒だった。互いにヒーローになる夢を持ち、一緒にその夢を実現させ、共にヒーローとして歩んできた。
アントニオは、友情以上の気持ちを虎徹に持っていたのだが、それを告白する勇気はなく、親友と言う心地良い関係性をもったままで今まで虎徹の隣にいる。けれども、互いに親友以上に深く関わりあっているとは思っているのも確かだ。どちらかというと家族愛に近いのかもしれない。
けれどもアントニオはそれ以上に虎徹を大切に思い、その気持ちとは裏腹に気持ちを押し殺していた。虎徹を失うことが怖いから。
だから、彼の幸せを常に願っていた。結婚が決まった時も嬉しかったし、奥さんとなる女性は虎徹のことをよく理解していたので安心だった。
一緒に過ごす時間は減っても関係が変ることはなく、アントニオは虎徹の一番の理解者であり、虎徹の一番の理解者もアントニオである。
それは、これからも変ることのない、大切なこと。
「なら、俺も煙草やめるか」
「へっ?」
アントニオからの急な言葉に虎徹はキョトンとした表情を浮かべ、そんな虎徹に向かってアントニオはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前一人じゃ、ちゃんとやめられなさそうだしな。監視もかねて、俺も一緒にやめてやるよ」
「んなっ!なにを言うか!俺だってちゃんとやめられるってーの!」
ぐっと拳を握り締めて強気な発言をする虎徹だったが、ぷいっとそっぽを向くと小さな声でサンキュ、と呟く。よく見ると少し耳が赤くなっており、そんな彼の一面にアントニオの心が跳ね上がるのだった。
それを悟られないように、アントニオは煙草を消して携帯灰皿に突っ込むと空を見上げる。
雲ひとつない綺麗な青空に心地良い風が頬を撫でた。
「虎徹、おめでとうな」
アントニオは、自分が思っている以上に優しい声でそう言ったことに、思わず苦笑を零す。そして、視線を隣の相手へと向けると、こっちに顔を向けていた虎徹と視線が合った。
「…ありがとう」
少しはにかんだ、それでもとても嬉しげな微笑みで。そして幸せの色が浮かんだ瞳は、優しく自分を写す。
(あぁ、俺はこれを守りたいんだ)
それは、今迄もこれからも変ることのない、唯一の強い想い。
(この気持ちは墓場まで持っていく)
(だから)
(まだ、お前の隣にいさせてくれ、虎徹)
end.
********
アントニオが何よりも守りたいもの。
ヒーローである以上に、一人の人間として、虎徹を大切に想っているといいなぁ、と思いながら書きました。
自分の中で理想の牛虎の関係性のひとつです…!