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現実と非現実の物語

「最初は自覚とか兆候とか…全然無くて…ただ単にそれが自分だと思ってました」


今考えれば恥ずかしい限りですが

少年はそう付け加えた


私はある雑誌に執筆しているルポライターだ
長い事この職業をしているが今回のようなケースは初めてだ

難病と戦う患者のドキュメンタリーと言えば聞こえは良いが私はどうもその様に捉え難い




「ではいつ症状に気が付いたのですか?」
私は質問を続けた
患者である少年はベッドに上半身を起こした状態で居る

表情は疲れきった訳でも無く狂った訳でも無く
ただただ微笑を浮かべて私を見て居る


「症状の自覚は…やはり“拒絶反応”からでしょうか 多くの人がそれで自覚して手遅れになって居ますが私の場合やはり奇跡と言えますね」

自分で奇跡と言った事には驚いた
患者と言うからまだ治療段階と思って居たらもう回復に近い思考を取り戻しているらしい



「長かったですね…」

少年は誰にとも無く呟いた

「……そうですね」

私はここ数年間の出来事を走馬灯のように思い起こした



事の起こりは3年前

1人の女性が自殺を図った
それは未遂に終わり他の多くの事件と同じく月日と共に埋もれていく筈だった

彼女が一言言うまでは


「私は空を飛んでただけなのに」

精神鑑定を受けたが正常
ただの悪ふざけだと言われたがその後似たような事件が多発した


中には10歳にも満たない子供が
「どうせ生き返るじゃない」と
飼育小屋のウサギを窒息死させた


政府はこの事態に混乱し理由を突き止めようとした

そして分かった



それらの症状を起こした人々は
「現実と非現実の境界線を見失った」のだと

聞いてみれば何だそんな事か と思うかも知れないが事は深刻だった

それらの症状が出た人々は自分たちがそれぞれ持って居る非現実的世界 つまり漫画やゲーム、映画や妄想の世界と今生きて居る現実が一緒だと考えて生活してしまっていたのだ

まるで覚めない
夢のように


非現実的世界に感情移入し過ぎてしまい現実にまでそれを持ち込んでしまう
つまり
非現実的世界に閉じ込められ、非現実的世界が常識となった
それらの症状が出た患者はIP(非現実的人間)と呼ばれるようになり治療法が分かるまで隔離されり事となった


しかし患者は急増
その理由に“拒絶反応”があった


非現実的世界で成り立っていた自分と現実の自分とで拒絶反応が起こり精神を蝕まれていくのだ

治療法が見つかっていなかった当時反応後は手遅れとされ援助のみで生活するよう言われた


大体の患者が拒絶反応後IP
急増の原因にその発症から拒絶反応までの期間が長い事があった

期間が長ければ長い程自覚は遅れ症状も悪化

その分患者も増え、当時は悪循環で皆恐怖に怯えた


誰がIPなのかも
自分がIPなのかも知れない状況だったのだ

中にはそれが原因で神経衰弱になった人も居る








だがこの少年は違う

非現実的世界から逃げ出した
抜け出せた少年だ




3年経った現在では薬物治療が主流となり、その後はIP予備軍のカウンセリングが普及して行った



この少年の場合は

あるファンタジーの本を読み その主人公が経験する全てを経験した概念が住み着き 拒絶反応を起こした


一塊に拒絶反応と言っても
具体的に言えば
この主人公には翼がはえるのに自分には翼がはえない
何故だ?

その様な食い違いが重なり拒絶反応を引き起こす





ただこの少年の場合は特殊だった


その本が最終章に差し掛かる前に
ページが破られており 拒絶反応を起こした後でも薬物治療で奇跡的に今の状況まで回復したのだった





「それにしても」

私は仕事をする事にした


「何故ページが破られていたのですか?」

どうでも良い質問

本当は核心を
拒絶反応時の心境などを訊きたいが

精神患者なれば…と絶妙な距離を保った質問をした

今思えば
何と見下した考えか






彼は
もう慣れたであろう微笑を私に向け言った



「あなたは私が非現実的世界から‘抜け出せた’と思っていますね?」


「は?」



「あなたは私がIPであるから他の人と接し方を変えようと考えてますね?」


「……………」


あまりの唐突さに言葉を失った


「‘抜け出せ’てなんかいません」




少年は続けた



「今居るこの空間が現実だと誰が言い切れます?
夢の中の時にはそこが現実だと疑いもしない
それなのにいざ夢が覚めれば夢が非現実的世界だったと割り切ってしまう

可笑しいと思った事は無いんですか?

私は‘抜け出せた’のでは有りません

現実と
非現実的世界を
受け入れたのです

こっちは現実
あっちは非現実

違います
現実、非現実 全てを世界として受け止めたのです

私たちIPは異常者じゃ有りません
異常者はむしろあなた達です
こいつは自分とは違う
自分は特別だと線を引き いざその線を越えるとなると異常な程の拒絶反応を覚える

境界線を決めて
勝手に自分とそれ以外に分けてゆく
その線がいずれ身を滅ぼすとも知らずに


IPはその境界線をも超越した方たちです」



話すにつれ
その微笑が崩れ
いつの間にか大粒の涙が落ちていた


「今更意義を唱える気は毛頭有りません ただもしこの先同じような境遇の人が出てきたとしても 今のあなたのような接し方はその人を傷付けるでしょう 今一度自分の現実を見直して頂ければ良いのです」



「………」

「お帰り下さい 話し過ぎて顎が痛くなって来ました」










私は文字がびっしり書かれた用紙を手に
病院を後にした




少年は
多分これから翼でもはやすのだろう












雑誌の書き出しは決めてある

“あなたが今居るのは現実か?非現実か?”
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