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天地の底ひのうらに 吾がごとく 君に恋ふらむ 人は実あらじ(夏蛮)












愛情が足りないと泣き喚く人に、オレはある一つの歌を捧げました。
この世の誰よりも大事な人に、愛の歌を。




















「蛮、」
「五月蠅い、薄情モンのヘタレ馬鹿はあっちに行きやがれてんだ!」
「何なんだ、それは……」



部屋の片隅で体操座りをしている蛮に、夏彦はどうしたものかと困り顔になる。
今日一日ずっと、蛮はこの調子なのだ。
大好きな愛用のクマの縫いぐるみも、甘い物を買い与えても機嫌が直らない。



(せっかくの誕生日をお前は自分でふいにするのか?)



夏彦も、これには弱ったと溜め息を吐くしかない。
蛮が一度頑なになったら、梃子でも動かないのをよく知っている。



(本当に参ったな)



蛮が珍しく自分から誕生日にあるモノが欲しいと夏彦にねだった。
その時は珍しいこともあるものだと、夏彦は鷹揚に構えていたのだが。
実はとんでもない要求だったのだ、それは。



(形のないモノで、オレが今一番欲しいと思うモノを夏彦が与えてくれ……か)



簡単なモノだからすぐにきっと分かると、蛮はそう言って夏彦に笑った。
その笑みがあまりにも嬉しそうだから、夏彦はそんな抽象的な言葉にも何が欲しいのだろうかと考え続けた。
アレやコレが欲しいとよく口に出す蛮だったが、本当に欲しいモノなど数えるほどしかなかった。
それについては色々あるので割愛するが、とにかく蛮が欲しいものは限られている。
そこからピックアップしてみたが、蛮の望むものとは程遠く答えにはまったく到らなかった。
そうこうしている内に結局誕生日を迎え、欲しいと思ったモノを当然与えられるだろうと心待ちにしていた蛮は、プレゼントを何にすればいいのか未だ悩んでいた夏彦から、何が欲しいのか分からないんだとストレートに告げられ完全に拗ねてしまっていた。
直後の蛮は凄惨だった。
まるで、お前が悪いんだぞと訴えるが如く凄い形相で暴れまくったのだ。
お陰で夏彦の部屋は荒れ果てている。
考えても分からない以上、そろそろ夏彦もお手上げ状態だった。
挙句、



「愛が足らねぇんだよ!何だよテメェーは!!」



人聞きの悪いことを叫ぶでないか。
二人の関係が以前と変わらぬモノに修復されてからというもの、蛮の甘えは止どまることを知らない。
段々甘え癖がついてきているような気がする。
昔はこんな奴だっただろうかとふと考えてみて、そうではなかったと自問自答する。
だとすれば、これは何なのだろう。
もし、甘えたいのを甘えてはならないと必死に押さえていたのだとすれば、それを見抜けなかった夏彦は黙って甘受するしかないのだろうが(また、それを厭うことなく受け入れてしまうから蛮が付け上がってるとは夏彦は思ってない)
それにしても今日は容赦がないと、夏彦は肩を落とす。
そんな夏彦を余所に、尚も蛮の罵倒は続く。



「聞いてんのか?!テメェは何でいっつも肝心なところで抜けてんだよ!オレが欲しいもんなんて昔からたった一つしかねぇのによ!!」



キャンキャンと犬のように吠えるその言葉に、だが夏彦はピンときた。



(あ…――)



素直に誕生日プレゼントを要求してきた時は珍しい程度にしか思っていた。
だが、やはり何処までも蛮は素直に出来ていなかったらしい。
けれどあれが、蛮の精一杯の素直だと思うと愛しくなるのは何故だろうか?
やっと気付いたそれに、顔が綻んでいくのを止められない。
それを見て、蛮がチッと舌打ちしたが構わなかった。
そっと蛮の髪に腕を伸ばして、髪を撫でながら囁く。



「オレはお前に『天地の底ひのうらに 吾がごとく 君に恋ふらむ 人は実あらじ』だ」
「……夏彦?」



あんなに怒っていた自分を忘れたかのように、ぽかんとして夏彦を見つめる蛮に夏彦は謝罪する。



「遅れてすまない」
「っ、この馬鹿……遅ぇっつーの!」



―――いつも、気付くのがよ!

そう言って笑った蛮の唇に唇を重ねて、あの言葉を贈る。



「おめでとう、蛮」



誕生日おめでとうとは言わない。
自分が生まれた日を厭い、未だ癒えぬ傷を持つ蛮に、誕生日おめでとうとはまだ言えそうにないようだから。
だから、この言葉を。



「嘘じゃないからな、さっきのは」
「………」



確かめるように瞳を覗いてくる蛮。
それから、小さくおぅとだけ返ってきた言葉に頷いて夏彦は安堵した。
やはり、こんな日に喧嘩はしたくなかったからだ。
幾ら、照れ隠しから発展する――痴話喧嘩が殆どなのだとしても。





















この世界中、きっと天の果てから地の底まで探したとしてもオレ以上に強く、激しく、お前を愛している人間なんて絶対にいない。
いるはずがない。
だって、オレが一番にお前を愛しているのだから……。










END

蛮ちゃんはなっちゃんからの特別な言葉が欲しかったのです。




お兄ちゃんの呟き(清+歩)












近頃私は思うんだが、歩の私への扱いが昔に比べると酷くなってきていないだろうか……?

お兄ちゃんは仕事の合間ですら歩のことをそれこそ毎日想い、日々汗水垂らして働いていると言うのに……。

ん?

羽丘に聞いたけど、昨日も仕事放棄して遊んでただけだろって……。

むっ、情報の横流しか?

さては、賄賂を貰ったな!歩!!

何を貰った?!

お兄ちゃんに全部吐きなさい!

って……ああ、そんな呆れ顔をするんじゃないよ。

折角の可愛い顔が台無しだからな!

って、いたたたた!

流石のお兄ちゃんも、包丁が刺さったら死ぬ!!

死ぬから!!ギブギブギブ!!

そんな危険なモノでグリグリしないでください、歩さん!

むっ!死ねとは何だね。

労りを込めて、清隆お兄ちゃんvと呼んで……。

すまない、冗談だ。

だから、微笑みながら包丁をこちらに向けて、さも今からブッ刺すぞ?みたいな目で私を見ないでくれ……。

お前にそんな風に見つめられると……ちょっとな?

おーい、お兄ちゃんは変態ではないよー……歩君?

何?十分、変態だから今更気にすんなって……少しはお兄ちゃんを労って柔らかい言葉を投げてはくれないか?

はい……はいはい、分かってます!

歩はお兄ちゃんが大好きだから、つい反抗して反対のことを言ってしまいたくなるんだな?

屈曲した愛情表現だが、私はちゃんと理解しているぞ?

だから、安心……グハッ?!

い、痛い!話の途中で容赦なく殴ることはないだろう!

お玉は殴る為にあるんじゃないんだぞ?

味噌汁を注ぐ為の道具だ!

そして、新婚さんが味噌汁をフリルのエプロンを着て作り、美味しく出来たか分からないけど……でも……っ///と、恥じらいつつお玉を胸元で持つ、三種の神器なんだ!!

ちなみに、残りの二つはフリルのエプロンと短パンだぞ、歩!!

そんなわけで、フリルのエプロンで毎朝朝食を作ってみないか?

きっと似合うぞー歩は可愛いから。

ん?

どうした?

肩をフルフルと震わせて寒いのか?

――ッ!!

悪かった悪かったから私が調子に乗り過ぎた!!

だから落ち着こう歩!!

ひっひっふー!!ひっひっふーだ!!

え……これは、ラマーズ法だと?




















「く…っ、馬鹿兄貴に食わせる飯なんかない!アンタは朝飯抜きで十分だ!!さっさと仕事に行きやがれっ!クソ兄貴がーーッ!!」










END

或る朝の風景(笑)
結婚する前、中学生の時。




かぐや姫(鏡蛮♀→屍)











無限城の屋上で。
先程から、月ばかりを蛮は長いこと見上げていた。
暫くは月を見上げる蛮の姿を無言で眺め見やっていた鏡だったが、あまりにもかぐや姫のように蛮が月を見つめ続けるものだから、流石に心配になってきてしまった。



(君は、何処に行こうとしているんだい?)



鏡はそんな蛮の肩を背後から抱き締めると、耳朶に唇を寄せて囁きを落とした。



「何を考えているのかな?」
「………」



蛮は何も言わない。
ただ、静かに月に誰かを照らし合わせて見ている。
やれやれと、鏡は肩を竦めて蛮の顎を掴みこちらを向かせた。



「君の愛する月は、君をちゃんと愛しているとオレは思うよ?」



それはオレが妬いてしまうくらいに、ね。

そう言った鏡の言葉を、だが蛮は首を振って否定する。



「……信じらんねぇよ」
「どうして?」
「だって、一度もアイツからそんな言葉……オレは聞いたことねぇから」
「まさか……一度も?」



コクンと頷き返した蛮に、鏡は呆れてしまった。



「それだけじゃねぇ、アイツは鏡みたいにオレに触れたことがない」



だから、オレが本当は女だってこともアイツはきっと知らない。
蛮の口から告げられた内容に、鏡は今度こそ本気で驚いてしまった。



「それこそ嘘、でしょ?付き合うことを決めた時に、言わなかったのかい?」



月の光に輝く蛮の姿は、何処から見ても女性だった。
白いシャツを羽織っただけの肌からは、形の良いふくよかな胸が見えている。
その谷間には、濃い情交を思わせる名残が赤く刻まれていた。



「嘘だったらどんなに良かったか……ただ気付いて欲しかったんだ、アイツに。だから、言わなかったんだけど」
「………」



機会を逃して言えずにいたら、そのままズルズルときてしまい、結局言い出せずにこんな風になってしまったという訳か。
顔を俯けてしまった蛮に何て言ってやれば良いのか分からずに、取り敢えず目の前の身体を引き寄せて温もりを与えてやった。
蛮曰く、アイツと似ているらしい自分に出来ることはそれくらいしかなかった。



「なぁ……鏡」
「どうしたの?」



腕の中で、蛮が静かに話し掛ける。



「オレは、お前を好きになれば良かったな」
「君は残酷だね」



オレの気持ちが何処にあるのか知っていて、そんなこと言うんだから。



「わりぃ……だけど、オレはアイツじゃなきゃ」



駄目なんだ……苦悩に満ちた言葉は、だが切ない響きも持っていた。



「君を愛してると一言も言わない、君に触れることもしない……そんな男なのに?」
「ああ」
「ならなんで、君はオレと一緒にいるんだい?そこまで分かっているなら、何故?」
「………」



分かっていた。
蛮は、愛されてみたかっただけなのだ。
その相手は、決して誰でも良いものでなく。
たまたまその適任者が、都合の良いことに鏡だっただけだ。
蛮に隠すことない好意を寄せていたこと。
無理やりにでも抱こうとして、隠していた性別を知ったこと。
そして、これが一番の理由。



「あの死神と似ているオレに抱かれて、愛される夢を見てみたかった?」
「鏡」



唇を噛み締めてそれ以上は言わないでくれと訴える蛮に、鏡は口付けを落として呟く。



「愛されることがないと分かっていて、ほんと健気だよね」
「……お前も、オレもか?」
「ある意味、そうかもね」



それだけ言うと、蛮をキツく抱き締める。
腕の中に大人しく納まっている身体をキツく抱き締めると、蛮は嫌がるどころか反対に喜ぶことを鏡は知っていた。



(それほどに強い愛を望んでいるのに、ね)



何をやっているのか。
あの冴え渡る月のような男は。



「もし、あの男が君を求めてきたらどうする?オレの腕から飛び立っていくかい?」
「アイツが自分からなんて有り得ねぇし、きっとオレは永遠に飛び立てねぇよ」



即座に答えることができるのは、何かそれだけの理由があるのだろうか?



「アイツの中に、深く眠ってるもんがある」
「………」



そう言って、蛮は鏡の心臓をトントンと人差し指で叩く。



「それはきっと、アイツにとってスゲェ大事なもんで……その時点でオレはアイツの一番には、どう足掻いたってなれねぇわけ……それにな、オレは知ってんだよ」
「何を?」
「鏡が言ったように、もしアイツがオレを愛している箇所があるのだとすれば、それはオレがそう簡単にはくたばりそうにない強者だからだ。アイツは覚えてないだろうけど言ってたんだよ、弱い者を側に置くのは懲り懲りだってよ。それは昔アイツの側に誰かがいたってことだ」



だから、強くなくてはいけない。
弱い発言はできない。
自分から、打ち明けることもできやしない。

興味本位で付き合うことを決めたのだと、今なら分かる。
始めから何も始まってはいやしなかったのだ、二人の間は。
そして、記憶に勝るものなんて現実を生きてる以上持ち合わせていない蛮は、ただそれを知り得ながらも何時かは自分を見てくれるのではないかと高望みを抱いてしまうのだ。



「なぁ鏡。かぐや姫になりたい……そしたら、月の使者が迎えにきてくれるだろ?」



月を眺めて蛮がぼやく。
夢見るような、一途さをもって。



「死神に迎えにきて欲しいんだろう?……君は本当にかぐや姫そのものだよね。オレに無理難題を出すんだから」
「鏡」



その願いを、自分は叶えてやりたくても、叶えてやれない。



「いいよ。君が死神を想っていようとオレは君を変わらずに愛してるから……」



だから、辛くなったら何時でも此処にくればいい。
月を想って泣く場所に、なってあげるから。



「ごめんな、鏡」
「悪いのは、あの死神だよ」




















月を想って静かに泣く蛮を、鏡はやはりかぐや姫のようだと思った。
何時までたっても迎えがこない、かぐや姫のようだと。










END

三角関係ならぬ、実は四角関係……?←

3.〜最悪な出会い〜(夏美蛮・屍蛮)











「こんにちは、紫眼の魔女さん?」



黒衣を纏った男が剣先を向けにこやかに笑った。




















「誰だ……テメェは?」



夏美を背後に庇い、オレは愛刀にしている形見ともいうべき剣を男へと構えた。
こちらから仕掛けることが出来ないのは、背後に夏美がいるからできないのではなくこの男に一片の隙がないからだ。
穏やかに笑ってはいるが内面と外面がチグハグで不気味。
そうまるで、死神の鎌にかけられているようなそんな気分を味合う。
夏美が満月の夜でないことから、尚更油断が出来ない状況だった。



「最近、ハンター狩りをしている男女がいると小耳に挟みましてねぇ」
「帝国の人間かよ」



ちっと舌打ちして、いざとなったら夏美だけでもこの場から逃がす算段を練る。
ハンターは主に世界を統べる帝国の管轄にある。
人ではあらざる者の排除、または虐殺を掲げていた。
大儀名分があれば、何をやっても許されると思っているから本当に奴等には反吐が出る。
中には、悪さを働き人間に害を及ぼすものもいるだろう。
オレ達にとって生きにくい世の中なのだから、それも仕方がないことなのかもしれない。
人間が差別をしん共存を嫌うからこうなってしまったのだから。

人と違う?
化け物?
だから何だというんだ?

そんなこと知らない。
知る由もない。
どうして、この世に生まれてきたのかなんて。



「蛮、さん…っ」



背中に隠した少女が、身を震るわせながら泣いている。
それを慮ってやることも出来ずに、オレは男と対峙していた。



「おやおや、私はどうやら嫌われてしまったようですね?」
「……何が目的でここにきた」



肩を竦めて笑う男に虫酸が走ったが、今までと違う成り行きにどう動いていいか一瞬戸惑う。
ハンターならば、すぐに命を狙うはずだった。
これまでハンターはそうだった。
だが、この男はただ涼しげに笑っている。
表裏ある笑顔だが。



「始めに言っておきますが、私はハンターではありませんよ?」



あんなものと一緒にされるのは不愉快だと告げる表情は、とても冷たかった。



「なら、何が目的なんだよ」



ハンターでなくても剣を向けてくるなら容赦はしない。
その意思を込めて、男を睨み付けると男は瞳をすがめたようだった。



「実は、噂の紫眼の魔女と対面してみたくなりましてねぇ」
「……その、紫眼の魔女ってのは」
「ああ、貴方のことですよ。帝国側で今ちょっとした噂になっているんです」



帝国の人間はネーミングセンスがないですよねぇ、安直すぎる。
そう言って、男はひとまず剣を引いた。
すると、簡単に周囲の警戒が解かれる。
先程までビリビリと感じていた空気が何処かへと消え去っていた。



「私の名前は赤屍と言います。貴方の名前は?」
「……アンタに、答える義務はないだろ」
「そうですか……では、そちらのお嬢さんは?」
「……夏美」
「夏美さん、ですね?」



一つ頷いて男は勝手に話を進めていく。



「貴方達がこのままハンターを狩り続けるなら、私と手を組んだ方が得策ですよ?」



どうですか?と、下手に協力を求めてくる男には悪いが……どうも言ってることを信じることが出来ない。
得体の知れない雰囲気を醸し出しているのだ、この男は。



「ハンターじゃなかったら……何者なんだよ、テメェは」



言外に、手を組む気なんかないと告げる。
得体の知れない男を懐に入れたくはない。
夏美だけでも手が一杯なのに、余計な物をこれ以上背負い込むつもりはなかった。



「ただの血を好む人間ですよ。貴方の側にいれば退屈しないで済むでしょうからね」
「……血を好む人間?」



後ろの少女を思わず振り返ってしまった。
血の束縛を抱えている少女と、この男は同じだというのか。
語られる言葉に嘘がないのだとしたら、この男も同族だ。



「私は吸血行動を抑えられない人間でしてねぇ……まぁそれを抑える気もないのいいのですが、ただ少しばかり厄介なことになってきたので。そのストッパーになるモノが欲しいと思っていたところだったんです」
「……吸血鬼と呼ばれる闇の住人ってわけか」
「あまりそのような名前で呼ばれるのは好きでないのですがね」



概ね、その通りですよと頷いて見せた男に溜め息をつく。
どっちでもいいだろう、と。

男が言うには、血を吸う行為は苦痛にならないのだという。
人を殺すことも。
だが、一度血を吸うとその間のことは何も記憶してないのだという。
そして、正気をなくし元の自分に戻るまでの間隔が最近は長くなってきているのだとも。
そこで、紫眼の魔女なら強い暗示能力で闇に落ちた正気を引き摺り出せるのではないかと考えたらしい。



「へぇ……違いはあるけど、夏美と大体は一緒ってわけか」
「おや、そちらのお嬢さんも?」
「……満月の夜だけ、自分を抑制出来なくなるんだよ」



アンタとの違いは、満月。
夏美はそれ以外に狂うことはない。
言い換えれば、変に抑圧させてその時に発散させなければ、夏美は本当に壊れてしまう。
月に一回程度のそれで正気を保っていられるのだから、まだ夏美は幸せなのだ。



「手を組んで頂けませんか?」



再度、持ち掛けられた赤屍からの提案に無言で通し、オレは心の底から溜め息をつく。



(邪馬人……アンタならどうする?)



夏美を守るには手があった方がいい。
だが、この男は味方にするにしろ敵にするにしろ、多少厄介な人物のようだった。



(仕方ねぇか、ここで断って情報を帝国に売られでもしたら大変だ)



渋々承諾すると、あろうことか男は唇を重ねてきた。
突然のことに、反応しきれなかった身体は男の腕の中に捕らえられ、口付けを深くする。



「んぅ――っ?!」
「蛮さん……?!」



夏美の悲鳴のような声で硬直が解け、拳を繰り出す。
それは、簡単に避けられてしまったが構わなかった。



(邪馬人にしかされたことがなかったのに!)



上塗りされてしまった記憶に、警戒心が蘇る。



「いくぞ、夏美」
「えっ……でも」
「オレ達はそこにいる男と出会わなかった。いいな?」
「うん……」



困ったように見つめてくる夏美を振り切って、オレはこの場から足早に立ち去る。
後ろから男が声を掛けてきたが、知らない振りをし続けてやった。




















「蛮さん、あの人後ろから着いてきてるよ?」
「放っておけ」
「でも、」



チラリと後ろを振り返った夏美は、にこやかな笑みを赤屍から向けられ曖昧に微笑む。



「あの人、悪い人には見えないから」



最初は怖かったけど。

その言葉に、夏美に掛かればどんな人間でも悪くない人間にされてしまいそうでオレは深々と溜め息をついた。




















復讐だけに生きたかったのに、また変な奴に目をつけられてしまったもんだと。










END

屍さまは、唇から蛮ちゃんの生気をちょっと拝借したのです。味見って奴ですね。←

2.〜夢なら覚めないで〜(夏美蛮)












「あ…貴方も、私を……殺しにきたんですか?」



ハンターの奴等に組み敷かれて今にも犯されそうになっていたのを、ただの気紛れから助け出した少女が悲しげにオレに微笑んでみせた。




















「蛮さん、蛮さん!起きてください!」
「なんだ…よ?」



出会いがそんなだったからか、その時出会った少女――夏美から、オレは過度な信頼を得てしまいそして懐かれてしまった。
挙句の果てに、オレの旅――ハンターを抹殺する――に着いてくるとまで言い出し、まるで金魚の糞のように後を着いてきてはオレを困らせていた。
この際、懐かれるのは百万歩譲っていいことにしよう。
だけど、夜に男女が一緒に寝ることを誘う女が何処にいるだろうか?
そして、人を起こすな。
気持ち良く……とまではいかないが、睡眠することで一日の疲れを落としていたというのに。



「……分かったからよ、いい加減落ち着けって」
「だって……蛮さん、私を置いてどっかにいってしまうじゃないかと思ったら怖くなって……それでっ」
「置いていかねぇから……だから、泣くんじゃねぇよ」
「本当、ですか?」



グシグシと泣きやまない少女に頷いてやって、安心させるように頭を撫でてやる。



(可哀想だな、この子も……)



実際の年齢より思考も仕草も幼いのは、周囲の大人達に寄ってたかって慰みものとされてきた結果だ。
本人も、何をされてきたのか分からずに受け入れてきたのだから、こうなってしまったのは不自然ではなかった必然のことだろうと思う。
オレがこの少女を見捨てられないのは、オレと同じように人間に迫害を受けてきたからというのが正しい。
ただ、ほんの少し人と違う力があったから……容姿をしていたから。
この少女は、見掛けのナリは普通できっと何処にでもいる少女と変わりはない。
だが、一度血の歯車が狂出だせば少女は殺人鬼に成り代わってしまう。
満月の月の夜にだけに魅せる、それは少女の顔。
肉を裂き血を求め妖艶に微笑む。
そこにはあどけなさなど皆無で、一切の容赦がなかった。



(そんな自分が発覚した時点で、殺されておけば苦しむことなんてなかったのにな……)



だが、夏美の村の人間は殺せば良かっただろう少女を結界を用いて厳重に閉じ込めた。
暗い暗い、鉄格子の檻の中に。
それは、満月の日を除けば普通の少女だった夏美を、一見大人達のズル賢い考えが救ったかのようにも見えるが、ただ単にあれは欲に突き動かされただけの色欲行動だっただけだ。
妻子ある人間が、年端もいかない少女を嬲り者にすることに熱狂していたのだから。
人は秘密を嫌うが、その秘密を共有することで性的欲求にも似た快楽を満たすというクダラナイ性質を持ち合わせている。
オレがその村にハンターがいることを察知して赴かねば、ずっとそのままだっただろうと思うと……オレの何処を慕っているのかよく分からないが、夏美を強く拒絶してしまうことができなかった。



「……オレは、夏美を裏切らねぇよ」



泣きながら震える少女の姿に、過去の己が重なった気がした。
邪馬人を殺されて、泣いていた己と一緒なのだ……この少女は。
だから、なるべく優しくする。
男女のそれではないが、兄と妹に似た感覚で優しくする。



「本当に?あの怖い人みたいなことはしない?」



嘘を言って殴るの。
売女だって言って、蹴るの。
汚らわしいって言って、痛いことするの。
夏美の言葉に、それまで撫でていた手が止まる。



「ねぇ、蛮さん……私は汚い?」
「汚くねぇよ」
「本当に?」
「ああ」



汚かったら、笑顔など作れやしないだろう。
ある一部分で壊れてしまっているから、そうなのだとしても……まだ笑えるならいい。
汚れなく笑えるなら、それで。
オレは何処かに捨ててきてしまったから……。



「夏美よりオレの方が、な。きっと、きたねぇよ」



過去を思い出してみて、自嘲が漏れた。
これまで色々やってきた。
邪馬人を殺されてから村の人間を殺して、ハンターを仕留める為だけに身体も餌にしたことがある。
そんな自分と夏美とでは、きっと話にはならないだろう。



「……なんで?蛮さんは綺麗だよ?すごくすごく、綺麗」
「人を殺すだろ?」
「だって、あの人達が私達を苛めるんです……だから仕方ないでしょう?怖い人達が言ってました。悪いことをしたら、お仕置されなきゃいけないんだって」



だから、裁かれなくては。
きゅっと唇を噛み締めて夏美が言い募る。
この少女もオレと同様、人殺しを悪いことと認識できないのだろう。
逆に、死刑執行人のような感覚でいるのかもしれない。



(オレから邪馬人を奪って、夏美から普通の幸せを奪ったのだから……それは仕方ねぇよな)



人間が自分にはないものを持っている生き物を、恐れる生き物だとしても……許されるべきことと許せないことがある。
だから、殺すのだ。
膿を持った人間達を……。



「私ね、蛮さんと旅をしている今がすごく楽しいんです」
「………」
「夢なら覚めないで欲しいなって、思うくらいに……」



擦り寄ってくる温もりを抱き締めて、毛布に二人くるまった。
やんごとない理由を抱える身では、宿泊など出来るはずもなく野宿を繰り返すしかない。
そんな旅でも、楽しいというのか。



「……夢なら、とっくに覚めてんだろ?」



この少女にとって悪夢は、檻に囚われている頃なのだから。



「だから、大人しく良い夢を見て眠れ……」



夏美の瞳を見つめ、良い夢が視れるだろう暗示をかける。
すると、夏美の瞳がトロンと蕩けだした。
願えば、悪夢を人に視せることが出来る魔女の瞳と恐れられている瞳を持つ自分は、これまで邪馬人とこの少女にしか良い夢を視せたことがなかった。



(良い夢を……せめて、眠りの世界では)



小さく頷いて寝息を立て始めた少女に、吐息を吐くと同じように瞳を閉じた。



















朝にならなければ良いのにと願うのは、きっと朝になれば世界はオレ達を苦しめるからだ。










END
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