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予め喪失が約束されていた物語(夏蛮♀)


※死ネタです。





















「―――っ!!」



涙に滲む視界のせいで前が見えない。
彼の姿が見えない。
それでも、最初で最後の彼の願いを叶えようと必死になって少女は前を睨んだ。

そして、弓矢を放つ。
愛しい人へと向かって。

すると、目一杯引き絞って解き放たれた銀の弓矢が、彼の心臓を劈いて血飛沫を上げる。
迸る獣の唸り声にも似た絶叫は、人から放たれるものではなかった。
闇に堕ちた者特有の言語にし難い、それは絶叫だった。
嗚咽で震える喉を叱咤しながら少女は涙を振り落とし、次の弓矢を少年へと向け狙いを定める。
深い嘆きと悲しみに歯を食いしばって。
その姿は、まるで凛冽たる大地に立つようだった。
極寒の地に一人、使命を背負って立つ人間の姿そのものだった。

どうすることも出来ないのならせめて彼が早く逝けるようにと、間を置かず、何度も何度も魔を滅するといわれる銀の弓矢を彼に放って命が尽きる瞬間へと導いてやる。
少年と最後に交わしたちっぽけな約束を胸に抱いて、少女は少年が息絶えるまで弓矢を放ち続けた。










こんな結末を迎えるくらいなら……二人は出会わなければ良かったのだろうか。
果たして、出会わなければこんな惨劇に見舞われることもなかったのだろうか。
いや、そもそも少女が魔の森へ不用意に近付き魔物に襲われたりなんかしなければ……良かっただけのこと。

そうすれば、彼は死ぬことはなかった。
苦しんで死なせてしまうこともなかった。

もしもあの時出会っていなければなんて、それはもう今更すぎる話だけど。
出会わなければ良かったとそう思う。
自分の為にではなく、何よりも苦しんで逝ってしまっただろう彼の為に……。
それでも、二人が出会わなければ彼を好きになりえるようなことはなかったのだと思うと、出会えて良かったのだとそう心から思ってしまう。
もしも出会っていなければ、人は人を深く愛することが……想うことが出来るものなのだと、知り得ることもなかったのだから。
だから、出会えて良かったのだ。
そう例え、二人が暮らした時が時間にしてとても短い刹那的なものであったとしても……。

それでも…――。




















人気のない森の中。
年頃の少年と少女が二人、樹々の隙間から差し込む月明かりを浴びて立っている。
深刻な表情を崩さない少年と、生気を奪われたかのようにうなだれている少女。

月だけが、今から幕を開けようとしている惨劇の舞台の観客になろうとしていた。



「これを使ってオレが生き絶えるまで、何度も放ち続けるんだ……」



―――出来るな?

最後の確認をし、男の手が弓矢を少女へと手渡す。
それを少女は震える両手で受け取った。



「あの時、魔物に襲われたオレを……オレを助けなければ良かったんだ……」
「………」
「そうすれば、お前は――っ!」



―――なぁ、なんで助けたんだよ、オレのこと…!

まるで、助けられてしまったことを後悔するように少年を詰る。
今更言っても詮無きことだと重々分かっているが、これから行われることがもう決定されてしまった舞台劇にただ恐怖しか感じていなかった。

鬱蒼と茂る森の樹海―――そこに棲まうとされている古の魔物。
その魔物に傷を負わされた者は、残虐性を秘めた魔物と同じ生き物へと成り果ててしまうという。
それは、呪いだった。
傷口から吹き込まれた呪詛が、身体中を駆け巡って人を魔物へと変えていってしまう―――それは呪い。
今まさに、闇へと墜ちようとしている彼の身を救い出す術はこうなってしまっては最早ない。
もう何もかもが手遅れで。
後は魔物に堕ちるその時を迎えるだけだった。

いや、ある。
たった一つだけあった。
それは唯一とも言える、彼を救い出す術が―――。
ただ、それをするには少女の並々ならぬ決意を要するもので、そうしなければと思う反面そうする覚悟がまだ出来てはいなかった。
それなのに、彼は残酷な言葉を放つ。



「頼む……殺して、くれないか?」
「―――っ」



殺してくれ。
それは、こんな状況の中にいながらも彼の口からは聞きたくはなかった言葉。
そうするしかなくても、そうすることでしか彼を救う術がないのだとしても……。
それまで顔を俯けていた少女は顔を上げて、出来るわけがないとでもいうように涙を懸命に堪え必死に首を横に振れば、彼も同じような必死さで……いや、それよりもなりふり構わず首を横に振ってあらんかぎり叫んだ。
苦痛の滲んだ哀しみの声音と、悲痛を宿した瞳をして。



「もうすぐ!」
「……っ、ァ」



ビクンッと肩を跳ねさせた少女の、怯えにも似た強張った表情を見て、少年は急に声をいきり立たせた自分を恥じ入るように口を噤んだ。



(初めて聞いた……)



彼は優しかった。
出会いからずっと優しくて、その優しさに少女はいつも包まれていた。
少年の身に忍び寄る終わりの影にも気付かぬまま、ただその優しさに溺れて過ごしていた。
そんな彼が怒鳴った。
少年と少女が終焉への出会いを果たしてから、声を荒げたことなどこれが始めてのことではないだろうか。
だから少女は、切なく涙を流し迫りくる別れに怯えながらも、眩しいものでも見るような瞳で少年を見つめた。

絡まり合う二つの視線。
交差する切なる想い。

ずっとこのままで在れたらいい。
彼と、彼女と、見つめ合ったまま刻が止まればいい。
そう、例えば石へと姿を変えてしまって……。
お互いがその思いを口には出さぬまま、だけど願った。

それが出来たらどんなに良いだろうか、と。
そう出来たら……それが叶う身なら……どんなに幸せなことだろうか。
けれども、声なき声が無情にも訴える。
それは所詮叶わぬ幻想なのだと。
二人の現実は氷の上に立つように、足場が安定していない―――そんな場所だった。
片方は今まさに朽ちようとしている。
おとぎ話でよく目にする、最後は呪いが解けてハッピーエンドを迎えるなんてことは二人の間にはない。
喪失だけが最初から仕組まれている。

ずっと一緒にいたいのに。
このまま離れたくはないのに。

だけど、儚いその願いが天に届くことはなかった。
ただ、どうすることも出来ず降り懸かった重すぎる運命に二人は翻弄されるしかなかった。

彼が一体何をしたというのか。
親切な少年に降り懸かった残酷な結末。
その一端を担ったのは誰でもない……彼を慕う少女自身。

彼は少女にお前が悪いのではないと語った。
自分は運が悪かっただけなのだと。
だけども、運が悪かったで片付けてしまうにはあまりにも酷い……それは運命だった。
彼はそんな身になってまでも優しく、そして少女を責めなかった。
責めるどころか、これは仕方がなかったことなのだと、受け入れられない未来に逆に少女を宥めてすらいた。
そんな少年に対して、何が少女の身に出来るだろう。

答えは―――もう出ている。

少年を思うなら、愛しているのなら。
手ずからの死を……。

刻一刻と迫る別れの時。
じっとしていても事態が解決するわけではないことは承知している。
寧ろ、着実に無情な時計の秒針を進ませる結果となっているとも。
何もしないでいることが二人の仲を終わらせるのだ。
そして、何をするにしても現実は二人で在れることを終わらせてしまうものでしかなかった。
行動を起こす時が喪失の始まりであり、終わりへの一歩でしかない。
何処かの誰かが終焉の鐘を鳴らしている。
嘲笑って高見の見物をしている。
カウントダウンはもう始まっていた。



「頼む、聞き入れてくれないか?もうすぐ、自我も保てなくなる……こんな風にお前と話している間にも魔物へとオレの身体は変わってきているんだ……完全に魔物に成り果て……オレの手がお前を殺してしまうその前に―――そうなってしまう前に早く!」
「っ、なんでっ……なんでなんだよ?何でこんなことに…!」



―――オレ達が一体、何をしたと言うんだよッ!

渦巻く悲しみが少女の唇から悲痛な叫びを押し出した。
それを少年は、苦痛の表情を隠さずに見つめている。
徐々に変貌し、魔物へと変っていこうとしている少年の腕はもう、人間には持ち得ない皮膚の色をしてきていた。
腕は隆起し、指には鋭い爪がある。
あの時、彼を傷つけたモノと同じものが。



(せめて、もっと早くに出会えていたら……)



このまま何もしないでいたら、彼は本当に魔物へと成り果ててしまう。
そうなる前に。
そうなってしまう前に。
殺してやるべきなのだろう。



(思い出を作る時間すら、与えてはくれないなんて……)



これが愛した者の願いなら……。
これが最初で最期の我が儘だと言うのなら、叶えてやらなければなるまい。



(この世に神なんていないのか……)



グッと奥歯を食いしばり、意を決すると一歩後ろに下がる。
そして、また一歩。
男の傍らから、そっと離れて距離を置いていく。



「すま、な…い」
「あやまる、な」



―――どうか謝らないでくれ。

今謝れたら、殺せなくなる……。
やっと決心がついたというのにその一言で鈍ってしまう。
たった一言で殺せなくなってしまう。
悲しみや嘆き、愛しさや後悔が次から次に押し寄せてきて身動きが取れなくなってしまう。

だから、謝らないでくれ……。

一度だけ頭上を仰いで、堅く瞳を閉じる。
別れの覚悟をつけるように。
それでいて、夢の中に逃げ込むように。
瞳を次に開けたなら、そこには絵に描いたような幸せな未来が……。
そう思いやって瞳を開いたその先には、やはり変わらない現実があった。
己の愚かしさに自嘲の笑みが溢れそうになって、だがそれを寸前で何とか止めた。
きっとそうしたいのは、誰よりも目の前にいる少年なのだから。
それをする資格は自分にはない。



(さよなら…――)



涙を飲み込み、手している弓矢を男の心臓へと狙いを定め溜めを作る。

弓がしなる音。
はぁ、はぁ、と妙に荒い呼吸音。

絞った弓矢を放てば、もう立ち止まれない。

最期の始まりが今、音を立てて動き出そうとしていた。



「――、ァ」



討たなくてはならないのに、どうしても指が弓矢から離れてくれない。
身体全体で拒絶を示している。
どうしたらいいのかと窺うように彼を見れば、それで良いんだとでもいうように視線が合うと彼は苦しそうにしていた表情を一瞬だけ和らげた。
そして、別れの言葉を紡ぐ。



「また……会おう」
「っ……ああ」



また会おう、愛しい人。
今度は、こんな出会って間もなく別れてしまうような……そんな出会い方をするのではなく、もっと違う形で。
どんな世界でもどんな境遇でもいい。
性別の有無も厭わない。
二人が離れ離れになるようなことさえなければ……。



「輪廻の縁が二人の間にもしあるのなら……きっとまた逢える……だか…ら……」
「………」
「赦して…ほし…い……ッ」



こんなことしか出来ない自分を。
彼を傷つけてしまう自分を。
未来を奪ってしまった自分を。
今から殺めてしまう自分を……。

懺悔の涙が次々に溢れ、大地に還っていく。
それをじっと見つめていた彼はゆっくりと首を横に数回振った。

謝罪することは何もないのだと。
助けたかったから助けた、その少女を好きになって。
そして、僅かばかりの時側にいられた。
突然の別れは残念だが、こうなったのが自分で良かった。

そう言って、切なさに彩られた笑みを浮かべ彼は唄う―――愛の詩を。

それが彼の最後だった。
彼が彼でいられた最後の時だった。



「くっ……ぐぅ、ぁああッ!」
「あ――!」



突如、胸を掻き毟って彼が苦しみ暴れ出した。
それが合図になったかのように少女は気付けば弓矢を放っていた。
銀の弓矢を何度も何度も、心臓を狙って打ち込んでいく。
あんなに拒絶していた身体が、まるでそうすることが当然のように。



(早く生き絶えてくれ!)



完璧に殺さなければいけない。
彼を魔物にしてしまわない為には。
それなのに、それを阻むように人のものではもうない獣のような苦鳴を上げながら、少年は闇の衝動を解放し攻撃を仕掛けてくる。

完全に、自我が保ってなくなってしまったのか。
やはり早く殺してしまわなければ―――。



(ごめんな……)



紙一重で攻撃を避けながら、少女は容赦なく銀の弓矢を放ち続ける。

せめて、人としての最後を迎えれるように。
せめて、愛した者の手で死ねるように……。

それくらいしかオレは出来ないからと、弓矢を放ち続けながらずっと胸の内で泣き叫んでいた。




















嵐が去った後のような静寂が、森には漂っていた。
そんな中、傷だらけの少女が樹の幹に寄り掛かって地に座っている。



「…――」



放心したようにボンヤリと月を見上げる少女の瞳からは、涸れることのない涙が幾筋も頬を伝って大地を濡らしていた。
その隣り……少し離れた場所には、弓矢が幾本も刺さったまま転がっている屍体がある。
先程までの惨劇が、まるで嘘だったかのように森は静まり返っていた。



「………」



ゆっくりと少女は眺めていた月から、地に落とされたままの弓矢へと視線を移す。
それから、チラリと屍体を見つめると小さく微笑んだ。
少女は彼を人である内に殺すことを最終的には了承したが、その後のことは何も約束していなかった。
約束なんかしていなくても生きていて欲しいのだと、見ず知らずの人間を魔物から庇った彼ならばそう願ってくれていることだろう。
だからこそ、死を望んだのだから。
けれど、愛する者がいなくなった世界で少女は呑気に生きていけるほど強くはなかった。
病とかで亡くなったのならまだいい。
だが、彼を苦しめた挙句殺してしまったことが深い根となってしまった。
赦せない……誰が赦そうとも、自分が赦せないのだ。
そして、彼が最後の弓矢で息絶えたあの瞬間、少女の心も一緒に死んでしまった。
もう、何もなかったように暮らすことは出来ない。



「生を全うして、次に逢えるまでを待つなんて……」



―――そんなこと、出来る訳がないよな。

クスリと笑みを浮かべ少女は屍体へと這って近付く。
そうして、辿り着いた屍体に覆い被さるようにして涙に濡れる顔を彼へと近付けた。
しっとりと重なってゆく唇と唇。
隙間など与えない。
まるで、己の温もりを分け与えようとでもするかのように……。

温もりを失った彼の唇はとても冷たかった。
いくら重ね合わせても、返されることがない熱に虚しさが募る。
だけど、屍体との接吻は悲しみを増長させるものでしかないと分かっていても。
これが、最後。
これが最後だからと、気が済むまで唇を貪る。

別れのキスを。



「………」



やがて、唇をゆっくり離し顔を上げる。
そして、少女の涙で濡れてしまった彼の頬を優しく撫でた。

そう、出来る訳がないのならたった一人で生まれ変わることがないように同じになればいい。
ただ、それだけのことだった。



「次に出会うその世界で、オレとお前が殺し合うような未来が待っていないといいな……」



願わくば、この祈りよ、天まで届けと。

涙をまた零しながら、最後の一本。
使われず残っていた弓矢を拾い上げる。
そして、先の尖ったその先端を己へと向け躊躇う素振りも見せず喉元を突き刺した。



「ぐ――ぅぅっ」



刺した場所から溢れるのは、深紅の液体。
鮮血が、紅い薔薇が。
踊るように華麗に宙を舞った。
まるで、悲しみの涙が身体中から溢れ出るように……。

そうして、少年の屍体の上に新たな屍体が折り重なった。

そんな二人の死を悼むように、降り注ぐは月の明り。




















―――これは、月だけが凡てを見ていた少年と少女の喪失物語。





















サンホラ『恋人を討ち堕とした日』パロ

パロだけど話の流れとか結末は違う。本当は殺し合った話だもんな……多分、少女も死んでると私は思うんだよ。ライブでは歌詞の内容がまた違うつか、追加されてるってのが……orz



一応、SSの内容は……夏蛮前世設定というわけで。夏蛮だけど夏蛮じゃない……だけど夏蛮です(ややこしいな)
だから名前はワザと書かなかった。で、次に二人が生まれ変わった姿ってのが原作の彼等(こじつけだけども!)
結局、二人はまた離れ離れになり殺し合いをするわけですね。短い間しか側にいれないという。そう宿命されてるんです、二人の仲は……って、自分で書いて置いて何だか猛烈に悲しくなってきた……orz
恋人を討ち堕とした日を聴きながら読まれたら、より悲しくなれます。
というか、私の駄文を読むよりこの曲を聴いて欲しい←←

よし!!次は微妙に幸せな夏蛮を書くぞ…!(と言いながら、次はSacrificeパロなんだよな…)





嗚呼、愛しき人よ(ラザ歩)











痩せ細って動かなくなった指を、しっかりと握り返してくれるその力強い掌が嬉しかった。
軋みを上げ続ける身体を壊れ物を扱うように抱き締めて、悲しそうにしているその秀麗な顔を見ると堪らなく切なくなった。
何時かは別れがくるのだと知っていても、それでも側にいてくれるのかと思うと何だか無性に悲しくて……。
泣かないと決めていた自戒を破り、どうしようもなくなって零してしまった一筋の涙を、拭ってくれたその指先は存外に温かく……そして優しかった。

指先から伝わる想いが髪を撫でるように心を撫ぜていき、触れ合った箇所から微量の熱が生まれる。
触れようか触れまいか一瞬だけ躊躇したかのように迷い、そして手を引っ込めて、だけど意を決したように触れてくるそんな素振りさえ愛しくて。
嗚呼、こんなにもまだ自分は生かされているのだと、動けない身体でも生きているのだと……そんな些細なことで自分は生を実感していた。
幾つもの命を繋ぐチューブに身体を支配されていても、確かに生きているのだという現実を。

だけど、その反面。

触れてくるその指先が、それがピアニストの紛うことなき指なのだと認識してしまうと、やりきれない苦いものが泉のように溢れ出してきて、それは止どまる術を知らず口内を満たしていった。
安物の椅子に腰掛けて、聞き取りやすいようにとゆっくり話し掛けてくれる彼は、あまりにも眩しすぎる存在。
今の自分達の境遇はあまりにも違いすぎる。
一方は自分が捨て切れずにいた夢を謳歌し、一方はただゆっくりと朽ち果てていくだけの……未来がないガラクタ。
どうして自分だけがこんな目に合わなければならないのだと、最終的には自分で決めて行動を起こしたいわばこれは結果なのだとはいえ、ふとした瞬間、泣き言と醜い嫉妬と彼をきっと傷つけてしまうだろう言葉を投げ付けてしまいそうになる自分がいる……そのことをいい加減自分は認めない訳にもいかなくなっていた。

最近では滅多とない白い部屋への来客は、唯一頻繁に訪れてくれる彼の存在しかない。
他は忙しくしているか、直に顔を合わせるその勇気がないかのどれか。
日に日に痩せ細り、死に近付いていく自分を見るのがそんなに嫌なのか。
そんなに厭うのか。
全くと言っても良いほど人の訪れがない。

それならそれでもいい。
醜い自分を見られなくて済むのだから。
彼の存在があればそれでいい。
忙しい身であっても時間を作り必ず訪れてくれる、この存在さえあればそれで……。

それなのに。

そんな彼の気遣いに癒されていながら救われていながらも、それでもピアノを弾けなくなった身は彼を妬ましく思う心を覆い隠すことが出来ずにいた。
そういう時、敏感に彼はそれを察知して何も言わない。
言わないで、ただじっと顔を見つめてくる。
それから、決まってこう言うのだ。

『オレの両手はオレのモノであって、オレのモノではない。この命を救われた時からアユムのモノでもあるのだ』と。

もう一本も、指先さえもろくに動いてくれない両手を掴んで、指先に軽く口付けてくる。
そして、

『勿論、この瞳もアユムのモノだ……オレの視るものすべてがアユムのモノになる』

そう言って、コツンと額と額を触れ合わせ囁かれる声音は、優しさに満ちた言葉とは裏腹に苦しげな表情を纏っていた。

何度、こんな彼の表情を見てきただろうか。
その度、後悔する。
悔やんで今すぐにでも死にたくなる。
痛みを伴う薬の投与に毎回耐え忍ぶ自分よりも……辛そうな顔。
それは、幾度も彼を傷つけてしまうような行動を取ってきていた己の軽率さが招いたことであることは誰の目から見ても明白なことで……。

人間はとても浅はかで自分だけが一番大事なエゴイスト。
誰も人を傷つけたことがないと唱う聖人も、幾らでも他人を知らないところで傷つけていたりするのさ。
言葉を受ける側の受け取り方は千差万別。
異なる思想があるように、異なる感受の仕方がある。
よって人を傷つけずに一生を生きることなど到底無理な話なのだと、そう言って笑っていたのは一体何時のことでその相手は誰だったか。

そう……あれは、兄だった。
そして、確かにそうだよなと自分は心からそう思ったのだ。
人間の自分勝手が自分という存在を生み出し、現にこうして傷つけられているのだから。
そう、その話を聞いていた時もそう思っていたのだが、今はあの時よりも切実にそう思う。
人を傷つけずに暮らしていくことなど、土台無理に等しいことなのだと。

彼を傷つけておいて、たった一言の謝罪さえろくに自分はこれまで言えた試しがない。
苦しむ自分を見て悔しさに歪む柳眉が、彼を苦しめていることを如実に物語っていても言えやしなかった。
少しでも羨む心が消えてしまわない限り、傷つけた後の謝罪は言えそうになかった。

他人を羨む心。

きっとそれからは、こんな身体である以上終わりがくるまで解消されることがないに違いない。
けれど、傷つけられながらも、彼という存在に救われて癒されているその事実もまた紛れもない真実だったから。

苦しみも。
痛みも。
切なさも。
愚かさも。

何もかもをその腕に抱いて旅立つ時がきたら、その時には謝罪を告げようと思う。
ただ『ありがとう』と、これまで精一杯愛してくれた彼に謝罪の言葉を感謝への気持ちへと代えてそう言おう。
そして、先に逝くのではなく先に行って待ってるからと笑顔でそう告げるのだ。




















願わくば、その時。
アンタが悲しみに暮れて、泣いてしまわないことを切に祈る。
出来ることなら、やっぱり最後は笑顔で送り出して欲しいから……。
















お題:まっしろな終焉は目の前





拍手用に書いていたのですが、どうも暗くなってしまったので小話に投下(笑)
BGMにサンホラのエルの楽園[→side:A→]を聴きながら書いたのが悪かった模様……。でも歩は奈落には墜ちないよ!!(当たり前です)
えーと、久し振りのラザ歩が幸せなSSではないってどーゆーことなんだろうか!まぁその、ね!(誤魔化した!)

幸せって難しいね……orz





醜い欲望の果てに(花→蛮)












僕の目の前に、今愛しい『彼』がいる。

『彼』に手を伸ばして見た目通りの柔らかい黒髪を梳き優しく撫ぜてやると、ハラハラと指の隙間から零れ落ちる黒髪が部屋の中に入り込む光に艶やかさが一層と際立ち、誰が見ても美しく目に映るだろうその光景に心が和むのを感じた。
撫ぜられるままに身を預けきって、気持ち良さそうに瞳を細める『彼』の姿は、まるで猫のようだった。
けれども、警戒心もなく抵抗する気配も見せないその様子に、警戒心が全くないなんてこれでは猫らしくないなと僕は思わず笑ってしまう。
猜疑心のない猫なんて何とも珍しくて。
すると、そんな僕をいぶかしむように不思議そうな顔をして『彼』は見上げてきた。
それに、笑みを浮かべて何でもないよと止まっていた髪を撫でる仕草を再開させれば、何かを言おうとして口ごもる『彼』の迷いに気付く。
何かを聞こうとして失敗する……子供のようなそれに。
だから、促すようにどうしたのかと首を傾げ言いやすいように誘導してやる。
窺うような仕草をする『彼』に、大丈夫だから……言ってごらんと優しく問い掛けて。



「どうして……どうしてオレは、記憶を失してしまったんでしょうか?」



髪を撫ぜていた指がピタリと止まった。
そして、僕は何も言わず『彼』を見つめる。
これを彼はずっと聞きたかったのかと、半ば分かっていて遠ざけていた問題を改めて『彼』は僕の前に突き出して見せた。
勿論、いつかは問い掛けられると分かっていたからその答えは幾つも用意していた。
その幾つも用意していた答えの中から一つをチョイスして、何度も自分の中で繰り返してきた答えを……今、やっと『彼』へと返す。



「それは……ごめん。僕にもよく分からないんだ。推測だけど、僕が君を見つけた時にはもう…――」



以前の口調とは全く違ってしまった『彼』を心の片隅で痛ましく思いながら、僕は平然と嘘を重ねる。
そう、これは真っ赤な嘘だ。
真実は、僕の中と過去の『彼』の中だけに存在する。



「そう、ですか……」



ガッカリして肩を落とす『彼』の身体を、そっと抱き寄せる。
それっきり『彼』が言葉を紡ぐようなことはなかった。




















「すみません、美堂君」



身体を胎児のように丸め目の前で眠る彼に、幾度目になるかもう分からない謝罪を今日もまた繰り返す。
記憶を失うことを促したのは、誰でもない……この僕自身。
追い詰めて追い詰めて、彼の心を壊した。
心ない言葉で傷つけて少しずつ狂わせていき、最後に手放す振りをして突き放した。
そうすることで、より一層離れがたく思わせようと。
そして、それは簡単に成功した。
呆気なさすぎるくらいに。
心の弱い彼は簡単に自我を手放してしまった。
こちらが望むがままに。



「ただ、誰にも奪われたくなかったんです」



そして、君のすべてを自分のモノにしてしまいたかったから……。

懺悔のような想いを吐き出して唇を噛み締める。
誰の目にも触れさせたくなくて狂った心は闇を抱えた。
律する理性を凌駕する想いの深さに恐れるよりもまず歓喜した。
こんなにまで自分は彼を愛しているのだと。



(所詮、それは自己満足でしかないのだろうけど)



これ以上の無意味な言葉の謝罪はただの自己満足にすぎなく、そしてまだ辛うじて残っている純粋な愛情までも嘘に塗り固めてしまいそうで……ただ頭を垂れ、罪を贖うように眠れる人の額に唇を落とした。
そう、それはまるで神聖な口付け。




















だって、二度と腕の中の檻から出してやらないと彼へと誓う……これは大事な接吻けなのだから―――。











END

オリジで書いたのを花蛮風に直した奴(笑)
記憶喪失モノ。





お題:狂った僕は、君を閉じ込めて縛り付けて、逃がさない。




母と娘の会話(屍蛮♀家族)


※注意!まず屍蛮は結婚しています。子供もいます。蛮ちゃんは女の子です。
一応、bloglogにあるこれの続きのよーな…。




















「うげぇー、腹がいてぇー……って、あだだ…あだだだ…っ!」



気がつかなければ痛みを感じはしなかったのに、一度そうであると脳がインプットしてしまうともう手遅れ。
絶え間ない鈍い痛みが腰と腹に集中する。
こんな時、常々女は損な生き物だと思う。
一ヵ月に一回、何を好き好んでこんな痛みに耐えなければならないのか。



(神様の不公平っぷりにはほとほと呆れるよなー……マジで、あっちこっちがいてぇーしよ……)



この一ヵ月に一回の痛みに付け加え、女は子供を産むという大役まで担わされているのだから……。
他人事ではないことを何処か別次元のことのように考えながら、下腹部を手で押さえ前屈みになりソファーに身を任せる。
すると、少しは痛みが緩和されたような気がした。
あくまで、それは気がしただけだが。
今は身体を動かすこと自体、億劫で堪らなかった。



「……母さま、大丈夫ですか?」



うーうー痛みに唸っていた、そこへ。
一人娘の深紅がやってきて、心配そうに蛮を窺い顔を覗き込んでくる。
体調の芳しくない蛮を慮る深紅に、無理やり蛮はを笑みを作って腕を伸ばし頭を撫でてやった。



「大丈夫だ、薬が効くまでの辛抱だかんな?」
「………」



じっと深紅は蛮の顔を見つめる。
聡い子供は、どうして蛮がソファーで呻いていたのか状況と態度で分かったのだろう。
たかが、腹痛と腰痛ぐらいで死ぬようなことはないとはいえども、やはり目の前で具合悪そうにされていたら心配にもなる。
それが、大好きな人であるから特に。
だから、深紅は柳眉を歪めた。



「でも……」



母さまの顔、すごく真っ青で心配です。
そう言って、小さな手が蛮の額に触れてくる。
子供体温の温もりに触れて、身を襲う寒気を今更ながらに感じた。



「母さま、寒いんですか?」



微かに震える身体に気付いた深紅が首を傾げた。



「ああ、ちょっと…な?」



あらゆる痛み(腰とか腹とかアソコとか)と寒気と吐き気と。
とにかく、同時に襲ってくるそれに頭が真っ白だった。



「ちょっと待っててください、母さま」



今、膝掛けを持ってきてあげますから!
蛮が何かを言う前に、パタパタと走って深紅は廊下へと駆けて行った。
二階の蛮の部屋にある愛用の膝掛けを取りに行ってくれたのだろう。



(っ、マジで可愛いな、畜生ォ…!)



痛みに呻きながらも、深紅の後ろ姿を追う。
そして、痛みと我が子のあまりの可愛さに吐息を吐く。
何で、あんなに可愛いのだろうか家の子は。
親馬鹿と罵りたくば、いっそ口汚なく罵ればいい。
それを我慢してやれるくらい(我慢した最後には反撃をしまくるだろうが)、何と言っても家の子は総じて可愛いのだ。
好き勝手にやりたい放題な(大いに自覚ありの)自分達の子供であるのにも拘らず、何処をどうしたらあんな礼儀正しい子供が(おそらくは赤屍の教育と、黙っていればそれなりに礼儀正しく見える赤屍に多大に影響されてしまっているのだろうが)生まれてくるのだろうか。
本当に信じられない。
思わず、奇跡を噛み締めてしまいたくなるというもの。
それもこれも、深紅の父親が計画もなしに……いや、あれは計画して行われたことだったのか?
今更どっちでもいいが、子供なんて更々作る気のなかった蛮を孕ませたことからすべては始まってしまった。
今でこそ両親共に溺愛しまくっているが、深紅が生まれる前は色々と……本当に色々とあったのだ。
長くなるのでその辺りはバッサリと割愛するが、当時の記憶を思い起こしてみれば腹立たしいとしか蛮は発言のしようがない。
そんな思い出なのだ。



(なんせ、オレは元……だからなァ?)



薬がやっと効き始めたのか、段々と白くなって視界が霞んでいくような意識に蛮は瞳を細める。
所謂、自分達ができちゃった婚であることはこの際どうでもいい。
できちゃったモンはできちゃったで、仕方がないからである。
ただ問題が一つあるとすれば、それは蛮の方にあった。
というよりも、蛮の身体にか。



(だいたい、オレ様は男だってーの……)



下腹部が痛まないようにゆっくり息を吸って、それからゆっくりと張り詰めている息を吐く。
そして、押さえているなだらかな腹を撫でた。
今でこそ、口調以外は女であることに結構慣れ親しんでいたりするが……正真正銘の元は立派な男。
だから、訳の分からない事態に陥った戸惑いよりも、恐れを感じたものだ。
自分が自分でなくなるそれは予感。
今まで、難なく出来たことが出来なかったり、身長が縮んだり、なかったものがあったりと。
そのなかったものの一つが今の苦しみなのかもしれない。



(難儀な身体だよなぁ)



色んな意味でと、女である自分の身体を振り返ってみる。
何ゆえ、男だった蛮が女なんて生き物になってしまったかというと、忌々しい魔女の血統にこそ原因があった。
魔女は一族の血筋を途絶えさせない為、本人に見合った性別に途中で変異してしまうことが稀にあるらしい。
らしいというのは、マリーアがそう言っていただけで詳しいことは一切不明だからだ。

それは満月の夜のことだった。
折しも皆既月食の夜、戯れに外で致したのがそもそもの間違えだったに違いない。
月の魔力と男の精気をふんだんに取り込んだ身体は、細胞から何から何までを染め替えてしまった。
次代を生むには男のままでは駄目なのだと、魔女である蛮の身体がそう訴えていたのか。
その次の日、朝起きたらものの見事に女に変貌を遂げていた。
あれには参った。



(……何事にも動じない流石のオレ様も、あれにはビビったよなァ?)



ビビるどころか、半泣きなって赤屍を叩き起こし一体全体どうなってやがるのかと問い詰めたのだが。
訳の分からぬことを平然と笑ってやる人間など赤屍以外に……いなくもなかったが、もっとも身近な人間でと断定すればこの時赤屍しかいなかったのだ。
そもそも、人を女にして楽しむ人間など赤屍しか思い当たらず。
が、その赤屍は何も知らないという。
挙句、本気で悩んでいる人間を組み敷き妙に楽しそうな顔で何だか浮気しているようですね、と宣ったのだ。
情けなくも二の句の継げない蛮を余所に、あれよあれよという間に気がつけば処女を奪われて、安易にすぐ元の身体に戻るだろうという考えから奴は中出しまでしてくれた。
その結果が、今の生活である。
毎晩、中出しされまくればそれが健康な身体だったら出来るのも当たり前だ。
和らぎ始めた痛みに吐息を吐きつつ過ぎし過去を思い出していると、深紅が膝掛けを持参して戻ってきた。



「……母さま」
「ああ、サンキューな」



はい、どうぞと。
そう言って差し出された膝掛けで腹部を覆うと、温もりに安堵して勝手に吐息が零れ落ちた。



「もう寒くないですか?」



床に膝をついてしゃがみ込み首を傾げて窺う深紅に、ソファーに横になっている身体を動かし蛮は首を振る。



「あんま、心配すんなって。こんくらい大丈夫だから」



―――な?
薬も効いてきたからと赤屍譲りの漆黒の髪を撫でてやると、コクンと深紅は頷いて自分に何か出来ることはないかと聞いてくる。
その健気な様子に、蛮は我が子を抱き締めたい衝動に駆られた。



(っ……何だよ、このべらぼーに可愛い生き物はよォ…!)



本当に自分の子なのかと我が目を疑うとはこのことか。
まだ動けば痛みが襲うので何とか踏み止どまっているが、もし痛くなかったら完璧に深紅へと抱き着いている。
そして、わしゃわしゃと思う存分髪を撫で回して頬にキスの一つ……いや、キスの雨を降らせているところだった。
が、今日は頬をペチペチと叩いて撫で擦ってやることぐらいのことしか生憎してやれない。
どころか、何をもする気力のない蛮が深紅に慮まれている。
これでは、どちらが年上なのか分からない。



(手が掛からねぇのは良いことなんだけどなァ……)



もう少し、子供らしく我が儘を言ってくれても構いやしないのにと思わないでもない。
そんなところは、両親に似なかったな……と蛮は小さく吐息を零した。
それから、そういう気持ち視線に乗せ伝えるように深紅を見やる。
が、こちらの意図が掴めない深紅はやはりキョトンとしていた。
それを苦笑いで誤魔化し、濡れたように艶やかな漆黒の髪を撫でてやる。
すると、深紅が気持ち良さそうに瞳を細める。
日本人形のように切り揃えた前髪が、とても可愛らしく愛らしさを誘っていた。
どちらにも似た青味がかった黒髪。
性格や容姿といったものは赤屍に似ていても、やはり遺伝子は馬鹿にならないのか……似ている部分が深紅と蛮の間に存在していて、ちゃんと親子であることを証明している。
素直で良い子だが頑固な一面もあり、それがまた愛らしく映るのだから大概な親馬鹿だろう。
腹痛がなければ、深紅を膝の上に乗せて本の一つでも読んでやっていたところなのにと。
本当に残念なことだと今更ながらにそう思った。
その代わりに、蛮は深紅に明日の約束を取り付けることにした。
今日は相手をしてやれなかったが、明日は構い倒してやろうと。



「明日は外に出かねぇか、深紅」
「でも、お腹……」
「明日は大丈夫だ。なぁ何処に行きてぇ?」



何処でもいいぞと問うと困った顔をした深紅が蛮を見る。
何を躊躇う必要があるのだろうか。
子供は我が儘を沢山していい特権があるのに。
明日にはこの痛みも少しは和らいでいるだろう。
完璧にではなくても、家の中で寝転がっているより外で動いていた方が痛みを感じない。
次にそう言ってやれば、深紅は少し考える仕草をした後。
躊躇いがちに、それでもちゃんと自分の思いを口にしだした。



「……ホンキートンクでイチゴパフェが食べたい、です」
「そんじゃ、買い物行って目一杯遊んだその帰りに……ホンキートンクで苺パフェ、な?」
「はい!」



ホンキートンクで苺パフェを食べるだけでいいと、欲のない願いを口にした娘に蛮は苦笑した。
もっと、年相応にお人形が欲しいとか可愛い服が欲しいだと言ってくれてもいいのに……と(服も人形も欲しいと思う前に赤屍と蛮から買い与えられているその事実は当事者以外は知らないものである)
それでも嬉しそうに頷いた深紅を確認したところで、痛み止めの効能による眠気が身体を包んだ。
ふわりと意識が傾いだ気がした。
遊んでやれないのなら、せめてこのまま話し相手になってやりたいのだが、それももう限界のようだった。
身体が休息を求めている。
遊び相手のいないこの部屋に一人っきりにしてしまうことは、僅かばかり抵抗があるがそれも致し方ない。
父親が裏で有名なばかりに、一人で外に遊びにも行かせられないのだ。
よって、知らないところで襲われてはと不安がありすぎることもあり、なるべく外出したいと言い出した時は誰かが付き添うことにしていた。
一人で外出するにはある程度身を守る術を身に着けてから、と。



「……母さま?」
「ごめん…な……深紅……ちょっとねむてー……から、」
「父さまが帰ってきたら起こしますね」
「そうしてくれっと、すげぇー…たす…かる……」



おやすみなさい、母さま。
深紅の声と唇を掠めたキスを最後に、意識が墜落するように闇の底へと落ちていった。










※アレ?気が付けば屍さまが出てこなかった(笑)

奪われる者の末路(屍蛮)

蛮ちゃんの誕生日がパスです。

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