愛情が足りないと泣き喚く人に、オレはある一つの歌を捧げました。
この世の誰よりも大事な人に、愛の歌を。
「蛮、」
「五月蠅い、薄情モンのヘタレ馬鹿はあっちに行きやがれてんだ!」
「何なんだ、それは……」
部屋の片隅で体操座りをしている蛮に、夏彦はどうしたものかと困り顔になる。
今日一日ずっと、蛮はこの調子なのだ。
大好きな愛用のクマの縫いぐるみも、甘い物を買い与えても機嫌が直らない。
(せっかくの誕生日をお前は自分でふいにするのか?)
夏彦も、これには弱ったと溜め息を吐くしかない。
蛮が一度頑なになったら、梃子でも動かないのをよく知っている。
(本当に参ったな)
蛮が珍しく自分から誕生日にあるモノが欲しいと夏彦にねだった。
その時は珍しいこともあるものだと、夏彦は鷹揚に構えていたのだが。
実はとんでもない要求だったのだ、それは。
(形のないモノで、オレが今一番欲しいと思うモノを夏彦が与えてくれ……か)
簡単なモノだからすぐにきっと分かると、蛮はそう言って夏彦に笑った。
その笑みがあまりにも嬉しそうだから、夏彦はそんな抽象的な言葉にも何が欲しいのだろうかと考え続けた。
アレやコレが欲しいとよく口に出す蛮だったが、本当に欲しいモノなど数えるほどしかなかった。
それについては色々あるので割愛するが、とにかく蛮が欲しいものは限られている。
そこからピックアップしてみたが、蛮の望むものとは程遠く答えにはまったく到らなかった。
そうこうしている内に結局誕生日を迎え、欲しいと思ったモノを当然与えられるだろうと心待ちにしていた蛮は、プレゼントを何にすればいいのか未だ悩んでいた夏彦から、何が欲しいのか分からないんだとストレートに告げられ完全に拗ねてしまっていた。
直後の蛮は凄惨だった。
まるで、お前が悪いんだぞと訴えるが如く凄い形相で暴れまくったのだ。
お陰で夏彦の部屋は荒れ果てている。
考えても分からない以上、そろそろ夏彦もお手上げ状態だった。
挙句、
「愛が足らねぇんだよ!何だよテメェーは!!」
人聞きの悪いことを叫ぶでないか。
二人の関係が以前と変わらぬモノに修復されてからというもの、蛮の甘えは止どまることを知らない。
段々甘え癖がついてきているような気がする。
昔はこんな奴だっただろうかとふと考えてみて、そうではなかったと自問自答する。
だとすれば、これは何なのだろう。
もし、甘えたいのを甘えてはならないと必死に押さえていたのだとすれば、それを見抜けなかった夏彦は黙って甘受するしかないのだろうが(また、それを厭うことなく受け入れてしまうから蛮が付け上がってるとは夏彦は思ってない)
それにしても今日は容赦がないと、夏彦は肩を落とす。
そんな夏彦を余所に、尚も蛮の罵倒は続く。
「聞いてんのか?!テメェは何でいっつも肝心なところで抜けてんだよ!オレが欲しいもんなんて昔からたった一つしかねぇのによ!!」
キャンキャンと犬のように吠えるその言葉に、だが夏彦はピンときた。
(あ…――)
素直に誕生日プレゼントを要求してきた時は珍しい程度にしか思っていた。
だが、やはり何処までも蛮は素直に出来ていなかったらしい。
けれどあれが、蛮の精一杯の素直だと思うと愛しくなるのは何故だろうか?
やっと気付いたそれに、顔が綻んでいくのを止められない。
それを見て、蛮がチッと舌打ちしたが構わなかった。
そっと蛮の髪に腕を伸ばして、髪を撫でながら囁く。
「オレはお前に『天地の底ひのうらに 吾がごとく 君に恋ふらむ 人は実あらじ』だ」
「……夏彦?」
あんなに怒っていた自分を忘れたかのように、ぽかんとして夏彦を見つめる蛮に夏彦は謝罪する。
「遅れてすまない」
「っ、この馬鹿……遅ぇっつーの!」
―――いつも、気付くのがよ!
そう言って笑った蛮の唇に唇を重ねて、あの言葉を贈る。
「おめでとう、蛮」
誕生日おめでとうとは言わない。
自分が生まれた日を厭い、未だ癒えぬ傷を持つ蛮に、誕生日おめでとうとはまだ言えそうにないようだから。
だから、この言葉を。
「嘘じゃないからな、さっきのは」
「………」
確かめるように瞳を覗いてくる蛮。
それから、小さくおぅとだけ返ってきた言葉に頷いて夏彦は安堵した。
やはり、こんな日に喧嘩はしたくなかったからだ。
幾ら、照れ隠しから発展する――痴話喧嘩が殆どなのだとしても。
この世界中、きっと天の果てから地の底まで探したとしてもオレ以上に強く、激しく、お前を愛している人間なんて絶対にいない。
いるはずがない。
だって、オレが一番にお前を愛しているのだから……。
END
蛮ちゃんはなっちゃんからの特別な言葉が欲しかったのです。