酔っ払っていた。そう、私たちはしこたま酔っ払っていた。
それが免罪符になるとは思え無いけども、あんな非常識な事をしたのは間違いなく酔った勢いだった。
「う゛え゛え゛え゛え゛♪」
「う゛え゛え゛え゛え゛♪」
別に仲良く楽しく嘔吐している訳じゃない。機嫌よくデスボイスで共鳴してるだけだ。
先日、私たちの追いかけてるバンドのメジャーデビューが決まり、今日はインディーズラスト公演で最高に盛り上がった。その後に20人くらいのライブ仲間とファン同士で盛大に祝いあった。大人のやり方でそらもう盛大に祝った。
みんな翌日が仕事とか学校とかどうでもよくて、閉店ギリギリまで浴びるみたいに酒を飲んで歌った。
そうしてふらふらになった私と悪友は、肩を組んでセーブしない大音量で叫びながら、はた迷惑な帰路に着いていた。
「う゛え゛っげほっげほっ」
「うははははははははは! だいじょーぶかいおとっつぁん」
咳き込んだ悪友の背中をばんばん叩くと余計に咳き込んでしまった。涙目でむせる様子に、なぜか笑いが込み上げる。
「げほっうぇっ」
「うははははははははは!」
「あっぶね、マーライオンするとこだった」
「うははははは、したら私がこう、さっと受け止めてやるよ」
マーライオンのようにケロってしまうとこだったと笑う悪友の口元へ、組んでいた腕を解いて水をすくうみたいに合わせた両手を差し出してやる。
「あははははは、そんな気遣いいらねえよ!! 汚ねえし! あはははははははっ」
「うははははははははは」
箸が転がってもおかしい状態だったと思う。はっきり言って泥酔も泥酔だ。そんな私らに正常な判断能力なんかが残ってるワケが無く、まず悪友が奇行に走った(これはいつもの事だったが)。そしていつもはストッパー役の私も完全に役目を放棄していた。
「コインランドリーはっけーん! 突撃するであります隊長!」
「了解! 健闘を祈る!」
「う゛え゛え゛え゛え゛♪」
「うははははははは! う゛え゛え゛え゛え゛♪」
意味不明なセリフを叫び、雄叫びをあげながら厚底靴でごっごっと重い音を立て走るゴシックな黒服の女×2。超絶怪しいが、商店街の端にあるコインランドリーは24時間無人営業だし、日曜の丑三つ時ともなれば全く人気が無い。
よって私たちの暴走を止めるものは何も無かった。
「大将、邪魔するよっ!」
「いよ、やってるかい!」
「こちとら24時間営業でい!」
「うははははははは! お前の店じゃねーし!」
「そもそも店ですらねーし!」
悪友はゲラゲラ笑いながらおもむろに大型洗濯乾燥機の蓋をあけ、よじ登り始めた。
「うははははははは! なにしてるし!!」
酔いと圧底靴のせいで動きづらいのだろう。なかなか入れなくてもがいてる無様な後ろ姿に大爆笑だ。
「侵入なう」
「なうとか言ってる場合か、うははははははは!」
頭から入るのは無理と判断して、まず腰掛けた悪友は、そのまま後ずさるようにして実にスムーズに収まっていった。
「ぎゃははははははは」
「ジーザザ……大佐、応答願います。こちらスネーク、洗濯機に潜入成功」
「いひひひひひ、ひひ、く、くるしいよスネーク……!」
「あははははははは」
私は腹を抱えながら、やつの正面の洗濯乾燥機に手をかけ、するりと中へ入った。
「あははははははは大佐あははははははは」
「雫さんがやってたのが羨ましかったんでぇ、碧もやってみましたぁVv」
「ぎゃははははははは! きめえ! 大佐じゃねえし、碧のキャラでもねーし!」
「うはははははははははは」
洗濯機の中で爆笑する黒い服の酔っ払い女2人。見かけたら見なかった振りして足早に去るか、通報するか迷うだろう。そんな瀬戸際の光景。
しかし私たちが受けた仕打ちはどちらでもなかった。うるさいから閉じ込めちゃおうかな♪ とばかりに蓋が閉じたのだ。
もちろん私たちは閉めてなどいないし、いくら全自動洗濯乾燥機だと言っても自動ドアなワケはない。完全に怪奇現象だ。
でも、しつこく言うが、その時の私らは酔っ払っていたんだ。
「蓋閉められた! うはははははははははは」
「あっはははははははは! おめーがうるせーから閉められたんだよ」
「おめーに言われたくねぇし! うははははは」
笑い続ける私の耳に、ぴー、と電子音が聞こえた。見える限り、全部の洗濯乾燥機が起動する。コインを入れてもないのに、終了まで15分の赤い表示が光っていた。
ここまできて、ようやく私たちの浮かれた脳みそは異常事態を認識した。が、動きの鈍い酔っ払いが脱出をはかるより早く床が揺れる。
当たり前だ。なんたって洗濯機なうなんだから、起動したら回転するに決まってる。
「うぇ、ちょっ」
ごうん、ごうん、ごごごごご
「うっ」
容赦なく世界が回転し始めて、私はただただ遠心力に振り回されるまま意識を手放した。
次話 夢の中なう