キラキラとイルミネーションの輝く大通り。負けないくらいに目を輝かせたリオルが、白いアーチに駆け寄っていく。
 アーチは青や白の電飾で飾られ、それを囲むように白く塗装されたツリーが建てられていて、くぐりながら見る景色はとても華やかだった。

 銀や青のモール、パステルカラーの玉飾り、銀色のプレゼントボックス、楽器を模した真珠色の飾り、赤い服を着た人形はソリに乗って、それをオドシシが引く。それから美しくカットされたクリスタルのポケモン人形たちがそこここに飾られ、たった一つのクリスタルの星がツリーのてっぺんに輝いてる。
 ライトアップを反射して万華鏡みたいに色を変えるツリーを、立ち止まったリオルが口を開けて見上げていた。

 ツリーを眺めながら多くの人がゆったりとアーチをくぐっていく。その人波に乗って追い付いて来た人間が、気に入った? と笑顔で尋ねると、リオルはきゃん! と元気に答えた。
 白いツリーのアーチを抜ければ、次は普通の並木がライトアップされている。車道を挟んだ両側に並木と商店が連なるそこは、足早に抜けて行く人も多い。リオルは初めてのイルミネーションを、楽しそうに見上げながら歩いていた。

 ぴくりと小さな耳を震わせて、リオルが木の根元に駆け寄る。じいっと目を凝らせば、木の影に小さな鳥ポケモンを見つけた。リオルに気付いた鳥ポケモンが夜の空へ飛び立つ。
 リオルの耳と尻尾がピンと立ち上がり、頭の両側の房と尻尾がぶわわ、と膨らんだ。

 驚いた様子で振り向いたリオルの視界を埋めるのは、忙しなく流れてゆく見知らぬ足の群。上を向いて辺りを見回しても、振り返ればいつも微笑んでくれる人間はいなかった。

 きゃん、と人間を呼ぶように一声だけ鳴いて、リオルは人々の足の合間を縫うように、先ほどのアーチに向かって逆流していく。
 しかし流れに逆らってはなかなか進めず、リオルは道の端を通ることにした。

 商店街は今が稼ぎ時とばかりに賑わっていて、外に長机を出してまで食べ物を売っている。鼻をひくつかせるリオルは、しかし食べ物には見向きもせず、辺りを見回しながら人波の中を泳いでいく。
 小さな耳と鼻を一生懸命に動かしながら商店街を抜けて、いつの間にか白いアーチの近くまで戻って来てしまっていた。それでも人間は見付からない。
 リオルは先が曲がった尻尾を垂らして耳を伏せると、きゅーんと切なそうに鳴いた。





 人間の腰、モンスターボールの中から外を眺めていたフシギバナは、いきなりぶれた視界に目をしばたかせた。ごめんなさい、と人間が謝ったので、多分人にぶつかってしまったのだろう。
 人間は進行方向を変えたらしく、人間の後ろを見ていたフシギバナの視界に、幼いリオルが人混みに消えて行く光景が飛び込んできた。

 少しだけ首を傾げたフシギバナの耳に、離して下さい、と焦ったような人間の声が聞こえた。
 何が起こっているのか見極めるようにフシギバナの目が細められる。
 だんだん人混みから離れてゆく。せっかくだから付き合ってよ、と知らない人間の低い声が聞こえた。

 商店街を外れてゆくにつれて人が急激に減る。
 商店街の裏通りに入ったのだろう。自営業の人の会社兼自宅や小さなテナントの入る背の低いビルが建ち並ぶそこは、その関係者しか通らないために人気が少ない。
「やめてって言ってるでしょ! 離して、リオルが……」
 言いかける人間を遮って男が楽しもうよ、と笑った。さっきとは違う声だ。他に人間の気配はない。
 フシギバナは体を揺らして、ボールの内部に体当たりをした。





 アーチの出口で俯いてしまったリオルの尻尾を握るものがあった。
 びっくりして飛び上がったリオルが振り向くと、リオルより小さい人間の子供がにこにこと笑っていた。わんわん!と指を差されてリオルが首を傾げる。
 掴まれた尻尾を軽く振ったが手は外れず、子供はなぜかきゃっきゃ、と弾けるように笑った。わんわん、うー! と言いながら子供が尻尾を振り回す。

 尻尾の付け根は神経が集まっていて、触る時には注意が必要なのだが、そんなことを理解している子供はどのくらいいるだろうか。
 遠慮のない子供の仕草にびくりと身をすくめたリオルだったが、にこにこ笑う子供を振り払うことはせず、ただじいっと相手を見つめていた。

「わんわん、わんわん、ちっぽ!」
 言いながら子供が後ろを振り仰ぐ。釣られるように視線を上げたリオルは、ただ流れていく人波を見た。
 子供がきょろきょろと辺りを見回し、何かを探すように歩き出した。尻尾を掴まれたままのリオルはついて行くしかない。
 1人と1匹がふらふらとアーチから離れて行った。





幾 度かボールの内壁に体当たりして外へと飛び出したフシギバナは、背に咲き誇る巨大な花の根本から蔦を伸ばし、人間の両手を掴む2人の男をぐるぐる巻きにした。
 突然のことに固まった男たちは事態を理解すると喚きだしたが、フシギバナは気にせずに人間に顔を寄せる。

「ありがとー、助かったわ」
 フシギバナを正面から抱きしめた人間は少し震えていたが、すぐに体を離し、商店街へと戻ってゆく。
「リオルを探さなくちゃ。寒いのに悪いけど、そいつら拘束しといてね」
 人間の言葉に頷いたフシギバナは、喚き続ける2人をゆさゆさと揺らしながら歩き出した。





 超音波みたいな子供の泣き声にリオルは耳を伏せていた。通りかかったおばあさんが、まあ、としゃがみ込む。
「坊やたち、迷子かしら。おばあさんがお母さん探してあげようね」
 優しく頭を撫でてもらった子供は、なぜかいっそう涙を零してしゃくりあげ、ぎゅうぎゅうとリオルの尻尾を握った。
 とっさに尻尾を振って外そうとしたリオルを、逃がすまいと抱きついて、子供はわんわん泣いた。

 団子になったちびっ子たちをおばあさんが抱き上げようとしたが、あわせて30kgを超える塊は荷が重かったようで、3人して途方にくれてしまう。
 そうしている内にリオルの耳と尻尾が垂れ下がり、きゃうん、と小さな声をもらした。応えてくれる人間はいない。

「きゃうん、きゃうー、きゃうー……」
「うわあーん、あーん、ま、まぁま、まぁまあー!」

 大音響の不協和音を見やる人は居ても、足を止める者はない。すっかり困ってしまったおばあさんの背後から、すみません、通してください! と叫び声が聞こえて、リオルは顔を上げると、いっそう大きな声できゃうん! と鳴いた。

「リオル!」
 安心した声音で叫んで駆け寄る人間の後ろを、フシギバナがのしのしと歩いてくる。その巨体と蔓に縛られた顔色の優れない男2人を、人々が訝しげに見る。それはおばあさんと子供も同様で、驚いたらしい子供が泣き止んだ。
 人間に向かって立ち上がりかけたリオルだったが、子供を引きずりそうになって動きを止めた。頭の両側にある房がぶわりと膨らむ。
 きゃうんきゃうんと母親を呼ぶ声で鳴くリオルを、人間は子供ごと抱き締めた。

「ごめんね、怖かったよね。大丈夫だった?」
 頭を撫でてくれる人間にリオルが抱き付く。お母さんが見付かって良かったわね、と笑うおばあさんを、人間は慌てて振り返った。
「違います、ウチの子はリオルだけで……この子も迷子ですか?」
「あら、一緒にいるからてっきりペットかと……困ったわねえ」

 2人のやりとりを見て不安になったのか、子供のまろい頬を大粒の涙が伝う。慌てた人間がリオルごと子供を抱き上げた。
「お姉さんがお母さんを探してあげるからね、大丈夫だよ」
 笑顔を浮かべてあやすように体を揺らした人間に、子供はようやくリオルを離した。そしてしゃくりあげながら、今度は人間にしがみついたのだった。





 人間に抱き抱えられた子供は、迷子を探していた警官にすぐに発見された。
 しがみついて離れない子供に付き合って交番まで行き、無事に子供を親へ届けた。すぐに駆けつけて何度も頭を下げた子供の両親は、白い服を着た甘い香りのする人たちで、お礼とお詫びだと言って白くて丸いケーキとオードブルをくれた。
 美味しそうな匂いに尻尾を振ったリオルに、お家に帰ってからね、と人間は笑った。
 その2つの包みは、後ろを歩くフシギバナが男の代わりにぶら下げている。しかし蔦に掴まれた袋はほとんど揺れていない。

 交番からの帰りがけにリオルが見た男たちは、いい年をしているのに警官に説教されていた。
 その光景に不思議そうに首を傾げたリオルだったが、帰ろうか、と人間に微笑まれると、それきり振り向く事もなく帰路についた。

 住宅街のイルミネーションにはしゃぐ元気もなく、うとうとするリオルを人間は左手でしっかり抱いている。その白いコートの右側、肩口の辺りが白くカピカピしている。緩慢な様子で手を伸ばしたリオルがかりかりと引っ掻くと、小さく砕けてぽろぽろと取れた。
「それは鼻水だから触らないの」
 人間は苦笑する。素直に注意を受け入れたリオルは人間に抱き付いて、甘えるように鼻先を肩口に埋めた。その背を撫でた人間が、あら、リオルにもついてる、と優しく尻尾に触れた。
 緩やかに尻尾が揺れる。
「今日は一緒にお風呂ね」
 その言葉を聞きながらリオルは目を瞑った。





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 1人で歩いていた寂しそうなお姉さんをほろ酔い加減の軽い気持ちでナンパしたら吐くほど後悔した、と、叱ってくる年配の警官に男性2人は供述したそうです。