ブースターの胸のふさふさに前足を突っ込み、さらに顔もうずめていたリーフィアを人間が抱き上げる。その手にあるバスタオルを見て、風呂嫌いのブースターは嫌そうに片目を細めて見せた。
 対照的にリーフィアは葉っぱに似た尻尾を振り、腕から飛び降りると脱衣所の扉をかりかり掻いて、人間を急かした。

 湯気の立ち込める風呂場は柑橘類の甘酸っぱい匂いで満たされていた。
 ふんふんと匂いを嗅いだリーフィアが湯船の縁に前足をかけて覗くと、葉っぱがついたままの果物が3つ、お湯の中に浮かんでいる。
 すぐにでも飛び込みそうなリーフィアを押さえながら、人間はシャワーヘッドを明後日の方に向けてからコックを捻る。勢いよく出た水はすぐ排水溝に流れていくが、床で跳ね返った飛沫の冷たさから避難するように、リーフィアは風呂場の隅っこへと逃げて行った。

 暖かいお湯が出るようになると簡易椅子にかけて暖めてから腰掛けた。同じ様に床を温めると、心得たものでさっとリーフィアがそこへお座りした。
 人間の前に座ったリーフィアは気持ちよさそうにシャワーを浴びる。
 その体を揉みほぐすようにマッサージしながら、熱くありませんかー? と美容師を真似る人間に、心地よさそうな間延びした返事が返った。

 体を洗って貰ったリーフィアは、ばちゃんと水柱を立てて湯船に飛び込んだ。静かに入りなさい、と注意する人間を尻目に暖かいお湯の中へ潜り、そして勢いよく飛び出す。
 きゃ、と驚いて腰を浮かした人間の目の前で、リーフィアがぶるぶるとお湯を飛ばし、そしてしきりに顔をこすった。
「ユズ湯だから沁みちゃったのね」
 と苦笑しながら人間がコックを捻る。
 シャワーに顔を突っ込んで、リーフィアは何度も何度も目を洗って目をしばたかせた。

 痛い目をみたリーフィアは、大人しく湯船に浮く果物で遊んでいた。沈めても沈めても浮かび上がってくる黄色の果実は、リーフィアが爪を立てたせいで傷付いている。
 その傷から強く香る美味しそうな匂いに鼻をならしていると、食べてもまずわよ、と人間が言った。
 シャンプーを流すために人間が目を瞑ったのを見計らって、試しとばかりにかじってみる。
 生暖かくなったユズはふやけていて、腐りかけのような食感がした。そのくせ甘みは無いに等しく、皮の苦みと果実の酸っぱさばかりが舌を刺激する。
 歯形がついたユズを吐き出しても、口に残った味を吐き出すようにぺっぺっと舌を出していた。

 人間がシャワーから顔を上げる頃には何事もなかったような顔で湯船につかっていたが、人間はお見通しのようでじいっとリーフィアを見つめた。
「かじったでしょ」
 きょとんと首を傾げ、とぼけて見せるリーフィアに、ユズを取り上げた人間は歯形を眺めながら言う。
「せっかくお風呂上がりに美味しい木の実用意してたのに……」
 みなまで言わせずにリーフィアが鳴いた。ジト目で睨まれて、へにゃりと耳が伏せられる。
「苦くてまずかったでしょ?」
 こくこくと頷いたリーフィアの額に、軽いデコピンがとぶ。
「これにこりたら何でも口にするのはやめなさい。わかったわね?」
 フィアー、と鳴いて頷いたリーフィアを、いい子ね、と撫でて人間が笑う。
 リーフィアは湯船を抜け出して、人間の膝に前足をかけると、首を伸ばして人間の顔を舐め、そしてけっけっと吐き出した。
「やだ、シャンプー残ってた?」
 人間が慌てて出したシャワーに顔を突っ込んで豪快に頭ごと流したリーフィアは、後はもう大人しくお湯に浸かるのだった。