キキョウジムのバッジの授与を断った俺は、診察を受けるためヨシノシティまで戻った。ついでにゴールドスプレーを使って徒歩での時間を計ってみたけど、ハヤトの言う通り暗闇の洞窟からヨシノ近郊までは3時間ほどかかった。

「……こんな長かったかなあ。疲れも、今日の方が感じてるような気がする」
「ぶいー?」

 先を歩いていたイーブイが首を傾げて見上げて来る。危ないから前向けよ、と言う間もなくつんのめった。





 診察結果は特に問題ないとの事で、俺たちはヨシノシティの近くでレベル上げをして、そのままヨシノシティのポケモンセンターに泊まることにした。時間のズレは結局「電波時計が狂った」で落ち付いた。いまいち釈然としないが、病院に戻らなくて良いってだけで御の字だ。
 宿泊施設のベッドの上、胡座をかいた俺の足に乗っかって喉をならすイーブイを撫でながらポケギアでステータスを見ていく。

「1日で上がるもんなんだな」

 レベル上げをしたので、ステータスの数値が目に見えて朝より充実している。
 まずワカナ。チコリータの種族値は防御と特防が高く、次いで攻撃と特攻とHP、素早さの順となっている。耐久向きなんだが、ウチのワカナさんは性格補正で攻撃が上がりやすく特攻は上がりにくくなってるし、努力値を振り始めたのでHPと攻撃が伸び始めている。
 次にモチヅキ。イーブイの種族値は特防が高く、次いでHPと攻撃と素早さ、防御と特攻の順になっている。モチヅキは防御が上がりやすく素早さが上がりにくい性格だから耐久型に育てようとしているんだが、何に進化させるか迷ってるため取り敢えずHPに振ってる状態だ。

 それはともかく、良く考えたらこのメンツでキキョウジム突破は厳しい。
 まず2匹とも相手方と同じレベルでは先手が取れない。そしてチコリータは相性悪い。食らうダメージは倍増、与えるダメージは半減。イーブイは攻撃力のなさを鑑みると、1匹は落とせるだろうが2匹目を倒すのは厳しそうだ。うーむ、この先もチコリータが相性の悪いジムは多いから、イーブイは攻撃にも振りたいんだよな……どうしよう。

 まず、ゲームと同じ感覚で「レベルでごり押し」は却下だ。そんなのはノープランと一緒。
 ゲームならCPUが相手でリセットできるから良いけど、ノーリセットで生活の生命線とも言える賞金がかかった対人バトルなんだ。レベルに依存したら絶対どっかで躓く。

 ゲームと言えばバージョン毎に出現ポケモンが違うが、この世界ではバージョンなんて概念がないため出現が限定されるなんて事はない。
 それが、努力値を気にしながらのレベル上げを煩わしくさせる。
 チコリータもイーブイもとりあえずはHPを伸ばしたい。そのためにはキャタピーだけを狩る必要があるんだけど、色んな種類がいればそれだけ目当てのポケモンの出現率も下がるんだよな。
 仕方ないけど面倒くさい。

 前々から少しずつ経験値が貯まっていたのと2匹が頑張ってくれたおかげで、本日めでたくイーブイは11レベル、チコリータは8レベルになった。
 でもヒビキが僅か2日(3日かな?)でジムバッジ入手した事を考えると、俺んとこはやっぱ上がるの遅いよな。
 あー、これ以上は考えても仕方ない。良い案浮かばないし、とりあえず寝るかね。

「今日も頑張ってくれて有り難うな、モチヅキ、ワカナ。……寝てる?」

 枕を座布団代わりに寛いでいたチコリータは目を瞑り、その背中がゆっくりと上下運動を繰り返していた。本格的なレベル上げは始めてだったから疲れたんだろう。

「俺らも寝るか」
「ぶいー」
「先に休むな。お休みー」
「お休みー」
「お休み」
「お休みー」

 ベッドに取り付けられたカーテンを閉める前に同室の奴らに挨拶する。ポケモンたちも慣れたもので、それぞれお休みの挨拶と思しき鳴き声を上げた。
 イーブイをいったん膝から下ろして、枕元に置いてある鞄からバスタオルを2枚出した。重ねてチコリータにかけてやる。春とはいえまだ冷えるからな。
 寝そべるとイーブイが腹の上に乗っかって、俺は人間湯たんぽにされた。枕が使えなくてちょっと座りが悪いが、寝返りを打とうにもイーブイが乗っているから身動きが取れない。けれどそれが逆に寝付きを良くしてくれる事は既に知っている。
 目を瞑って腹の温もりを撫でる。暖かな重みと喉を鳴らす振動を感じながら、俺は穏やかな眠りに落ちていった。





 キキョウシティまで戻る道すがら、キャタピーとマダツボミを狩りまくった。キキョウジム突破の良い案は浮かばないが、努力値集めしおいて損はない。
 マダツボミを倒して得られる努力値は攻撃だ。タイプ相性は良くないが、物理アタッカーとして育てたいチコリータに頑張って貰った。おかげで踏破に時間かかったけどな。
 キキョウのポケモンセンターに一泊した翌日。ジム突破に頭を悩ませながらも、とにかく努力値集めだとマダツボミの塔もチコリータで突破することに決めた。

「ちょっとレベルは不安だけど、傷薬買ったし大丈夫かな」
「ちっこ!」
「いたっ。ごめん。ワカナのことは頼りにしてるよ。ただ塔の中は連戦になるから。疲れたら教えてくれよ」

 不満そうに鼻を鳴らしたチコリータはもうすぐ10レベルになろうとしていた。しかし草タイプは草技半減だし、マダツボミは攻撃がなかなか高い。

「うし、気合い入れて行こうぜ!」
「ちこー!」

 たしたしと足を踏みしめて意気込みを表してくれたチコリータだったけど、まあ予想通り草タイプ同士の泥かけ試合が続いた。以外と相手のレベルが低かったからレベル差でごり押ししたけどな。
 傷薬を使うことなく余裕で最上階まで辿りつき、もう少し相手のレベル高かったらよかったのに、なんて思ってたら綺麗に足元をすくわれた。

「ほうほー」
「ホーホー!?」
「ちこー!」

 実にまぬけな事だが、塔の最上階で待ち構えてる3人中2人がホーホー持ちだったのをすっかり忘れてた。
 茶色の丸いポケモンがホバリングで起こす風が、離れた俺まで微かに届く。さすがに塔の最上階に控えている坊さん、手持ちのレベルもそこそこある。いくら相手が攻撃力のいまいちなホーホーだからって相性を無視する訳にはいかない。
 だからワカナさん、やるぞーって顔して足踏みしめないで!

「ワカナさん交代交代! 頼むぞモチヅキ!」

 ここまでチコリータで突破したからイーブイは無傷だ。ホーホーは飛行タイプにしちゃ足が遅いし、防御もそんなないから大丈夫だろう。
 と思ったんだけどなあ。

「催眠術!」
「うえっ!?」

 交代したターンは何も出来ない。ホーホーの目が怪しく光ったと思ったら、イーブイはふらりと傾いで座り込んでしまった。全然大丈夫じゃなかったよ!

「モチヅキ! 起きろ!」
「さあ、今の内に鳴き声です」

 わあ、マジですか。
 2倍近いレベル差があるから大丈夫だと思うけど、まずい。なにがまずいって催眠術と飛行タイプだよ。
 眠り状態はターン経過で解除されるんだけど、いったんボールに戻すとまた始めからカウントになる。
 鳴き声の攻撃低下の効果はいったん交代すれば消えるけど、交代を狙われて飛行技を食らったらチコリータが落ちるかもしれない。ここまで来るのにHPが2/3くらいに減ってるし。
 交代したくねぇな。

「起きろモチヅキ!」
「体当たりです!」
「モチヅキ! ……ってあれ?」

 あんまりダメージ入ってない。せいぜい1/6くらい。レベル差って偉大だな。

「モチヅキ、起きてじたばたするんだ!」
「鳴き声です!」

 これで攻撃2段階ダウンだ。やめてくれ、あんまり下げられると今度はノーマルタイプ同士(ホーホーはノーマル・飛行の複合タイプ)の泥かけ試合が始まっちまうから。

 攻撃をさげられつつも最後の坊主をなんとか突破し、長老に挑む。相手の先鋒はマダツボミだろうと予想(って言うか希望的観測)して先頭はチコリータのまま行ったら、当たったけど、やはり2体目はホーホーが出てきた。
 手加減してくれてもいいんだぞー!

「行きなさい、ホーホー。催眠術です」
「ほうほー」
「交代だモチヅキ! 寝るなよモチヅキ、モチヅキー!」

 願い虚しくイーブイは夢の世界へ旅立つ。飛行技を食らいたくないし、眠り状態はいったん引っ込めても治らないのでひたすら待つ。待つ。待つ。鳴き声3回された。起きた瞬間に欠伸を打ち込んだが、その直後に催眠術食らってまた寝る。「モチヅキー!」と叫んだが起きる素振りもない。


 そして、ホーホーは特性:不眠で眠らなかった……忘れてた……忘れてたよ、不眠の存在。


 アホか俺。

 また待つ、待つ、攻撃食らったし暇なのでHPを回復してやる、待つ、起きた! しまった、HP回復したからじたばたの威力弱いかもしれない。鳴き声食らってるし。ノープラン過ぎだ俺。でも攻撃手段1つしかないんだよ!

「じたばた!」
「催眠術です」

 削りきれずにまた夢の中へ引きずり込まれた。
 まあ最終的に傷薬とレベル差で耐えて催眠術外してくれた隙になんとか倒したワケですが、当然長老には呆れられたよね。

「待つばかりではチャンスを逃しますぞ」
「はい……でもウチのパーティ、イーブイ以外はチコリータだけで」
「ははぁ。私どものホーホーは飛行技を使いませんぞ」

 なんですと!?

「駆け出しトレーナーの立ち寄る修行場ですからな、相性が悪くとも勝ち抜けるように調節しているのですよ。つきやすい弱点を持つと言う点ではジムと一緒ですなあ」

 ぐったりする俺の前で、長老はほっほっほ、とのんきに笑ったのだった。


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