俺に足りない物、それはあ!
情報、思考、頭脳、根気、戦術、先見性、勤勉さ!
そして何よりもー!
(手持ちに)速さが足りない!!
何もかもが足りてない、ってのはひとまず置いといて。
マダツボミの塔での泥かけ試合から一夜明け、しっかり休んでスッキリした頭で思いついたのは、キキョウ周辺で集められる努力値の把握と、なによりヒビキからハヤトの情報を聞いて戦術を立ててみようと言う至ってシンプルなものだった。
俺がキキョウシティ周辺でもたついてる間に、ヒビキはヒワダタウンへ到着してサラサラっとロケット団(とライバル)をいなしたようだった。詳しくはわからない。俺もヒビキも金欠病だから通話は最低限だし、メールも何か用事がある時しかしない質だったから。
そんな中でヒビキから話したいことがあるってメールが来たのは渡りに船だった。ハヤトの情報だけでなくロケット団の動向も知りたかったし、ユウキにヒビキ紹介するって言ったしな。
つうワケで、俺ら3人は無料で通信できるWi-Fiルームに集合する運びとなった。
一番乗りで壁際の椅子に待機する俺の側にポケモンは居ない。理由は一目でジョウトの新人だと、しかも物慣れない人間だとバレるからだ。
ユウキになんで俺に声かけたか理由を聞いたんだけど、いわく。
「Wi-Fiルームで未進化のポケモンを連れたやつは、連れ歩きキャンペーンを展開しているジョウトの新人だと一目で分かる。これからポケモンを集めるだろうし変にプライドも無いだろうから声をかけた。でも気を付けろ、新人騙そうとする奴らも居るからな」
との返答を貰った。
図らずも頭をよぎったのは、イタイケな小学生の頃のコイキング500円事件。
初代のコイキングは、何も起こらない技代表の跳ねると、素早さ以外軒並み低ステータスのせいでボロクソな威力の体当たりしか覚えない。特性もないしな。そんなのに500円出すなんて小学生の俺にとっては大事件だった。
当時の俺にとって500円は大金だった。なんせ100円5枚分の価値。コインがでかくて重い。お年玉は1000円札より500円硬貨で貰った方が嬉しかった。
そんな時代にゲームとは言え500円を騙し取られたのはショックが大きかった。お月見山を越えた辺りで進化させる事なく即BOXに預けたのも今では良い思い出だ。
なんて笑えるのもゲームだからで、間違っても現実で詐欺には会いたくない。だから今後はボールに入って貰おうと決めている。
余り間をおかずにヒビキが入室して来た。聞いていた通りのホログラムと頭上に浮かぶトレーナー情報。
「よう、こないだぶり、ヒビキくん!」
『こないだぶりー! ちゃんと空手王に見える?』
「めっちゃムキムキマッチョ。格闘ゲームみたいなナイスガチムチ!」
『むーきーむーきー』
「いえーフゥーフゥー!」
『マッチョメーン!』
「キャーステキー超兄貴ー! ビンタして下さい!」
ヒビキのホログラム、空手王がぐっとマッスルポーズを決めたので拍手と声援を送る。嬉しそうで何よりです。
『リョウくんは虫取り少年なんだね』
「え、そうなのか?」
『え、そうだよ?』
「自分のホログラムの設定見てもないから知らなかっ、た……と、ちょい待ち」
『うん』
話してる途中でポケギアが震えた。ユウキからの着信だ。
基本的にポケギアはジョウトとカントーでしか使えず、ぽけ、ぽけ、ポケッチはシンオウだよ。えーっとなんだっけ、ホウエンのポケギアみたいなの。えーっと、まあなんだ、トレーナー御用達の通信機器って他の地方の通信機器と互換性がないんだよな。
これは拡張データをインストールすれば互換性を持たせられる。昔、他社の携帯へ写メールを送るのにアドレスに一工夫必要だったようなもんだろうか。
しかし拡張データって結構高くて、俺はユウキの厚意に甘える形で格安でインストールした。1つのデータカードで複数のユーザーが使えるやつをユウキが購入したのだ。1人で1ユーザー分買うよりずっと高いが、人数集めると安上がりになる。
が、現時点ではユウキ1人に負担がかかってる。これくらい負担にもならない、と太っ腹な発言してたけど、いつか料金を払うのはもちろん、何か他の形でもお礼しなきゃなー。
「はいはいこちら虫取り少年のリョウです」
『悪い、なんか通信トラブルで弾かれた』
「それはご愁傷様です」
『最近はなかったのに、ついてない』
最近はってことは昔はよくあったんだろうか。
『アクセスポイント変えてみるから、もう少し待っててくれ』
「了解。急がなくていいから気を付けてな」
『ああ。じゃ』
通話の終了を見計らって空手王が首を傾げた。中身(?)がヒビキだからその仕草は当たり前なんだけど、ウワアー鳥肌立ったぞ!
『遅れるって?』
「ああ、なんか弾かれたって」
『そっか。しょうがないねー』
「なー。地方が離れてると通信しにくいとかあんのかね。なあ、暇だしヒワダの話聞かせてよ」
『いいよー。んーとね、やぁん』
ヤドンの鳴き真似をしたっきりヒビキは黙ってしまう。もしかして突っ込み待ちですか。
「ヤドンだけかよ!」
『やぁん?』
「疑問系になっただけじゃん」
『だってさー、ヤドンだらけなんだよ。あ、そういえばカモネギに会ったよ! 本当にネギ持っててめっちゃ美味しそうだった!』
ひでぇ感想だな! いや確かにカモネギ美味そうだけどさ。
「もっとさ、ボングリ職人のガンテツさんとか、名物の木炭とか、虫タイプのジムとか、ヤドンの井戸とか、ウバメの森とか、いつも雨降ってる道路とか他に沢山あるだろ?」
『現地にいなくても詳しいねー。リョウくんと旅したら迷子にならなくて済みそう』
「ん? その口ぶりからすると、迷子になったのか?」
『うん。なんかね、洞窟入ったら行き止まりだらけで、おんなじとこ回ってるみたいになって。山男のおじさん居なかったら出れなかったかも』
「案内して貰ったの?」
『ううん、洞窟の地図貰ったんだ。でもね、見方わからなかったから適当に歩いてたら出れた!』
なにそれ主人公補正? ってゆーか地図も山男も意味ねぇー。
「そうか、良かったなー」
『うん! 途中でお腹すいたって言ったらヒノノがポケモンフード分けてくれたんだけど、食べる事にならなくて本当によかったよ』
「優しい子だな」
『うん、いいこだよー。気持ちだけ貰っといた』
「それがいいよ。……あれ? 分けて貰ったって言った?」
『え? うん。洞窟内でヒノノたちはちょっとだけ食事したから、その時にわけてもらったんだよ』
「それどうしたんだ?」
『ビニール袋に入れといて、夜にこっそりヒノノのご飯に混ぜた』
「はは、異物混入みたいに言うなよ」
『あははは。異物混入って、僕犯罪者みたいじゃん』
壁際のソファでヒビキとのアホな雑談が続く。ソファーに置いたポケギアはなかなか鳴らない。アクセスポイント変えるって時間かかるのかな。
入る直前に連絡して貰えるようメールを送り、ヒビキの本題を聞くことにした。
「ヒビキ、話って?」
『あー、うん』
歯切れ悪く唸ると、少し眉を顰めてから話し出した。
『アイツに会ったよ』
「アイツって、シルバー?」
『そう。洞窟抜けてようやく町に着いたら、いきなり勝負しかけてきやがった』
きやがった!? ヒビキの乱暴な口調に内心呆気にとられる。
「お疲れ様。どうなったんだ?」
『アイツ全然話聞かない。なんか一方的に色々言われて、バトルすることになった。こっちは疲れてるしPPもないのにお構いなしで』
幾分低く、険悪な雰囲気の声音。これは……
「……怒ってる?」
『んー、どうだろ。ちょっとイラっとしてる、くらいかな』
出会ってそんなにたってないけど、明らかな悪態をつくヒビキは初めてだ。俺の知るヒビキは笑ってて穏やかで天然で元気、そういう印象だった。
一度だけ、危ないことをしたコトネに対して悪態っぽいものを言ったけど、あれは心配混じりの呆れだったと思う。今回とは次元が違うだろう。
「ヒビキくんも怒るんだなあ……」
『たまにはね。でもあんまり怒らない方だと思うよ。怒るの疲れるし』
そういう理由で怒らないのかよ。
「確かに疲れるな」
『でしょ? ……ワニノコ、アリゲイツになってた』
やっぱゲーム通りに進行してるんだな、としか思わない俺と違い、ヒビキは少し俯いて困り果てていた。普段元気な子犬がうなだれてるようで、哀れみを誘う。
「まだチャンスはあるよ」
『でも、悪い人に育てられると悪いポケモンになるって』
あ、そういやそんな話あったっけな。
うーん、たぶんライバルは根は悪い子じゃないと思うけど、これはストーリークリアした俺の意見だしなあ。
「……ワカナとヒノノ、いい子だよな」
『? そうだね』
「こいつらと一緒に居たんだから、ワニノコもいい子なんだろうな」
着地点の見えない話にヒビキが首を傾げる。鳥肌は無視だ。
「ワニノコのこと、信じたらいいんじゃないか?」
『ん?』
「悪い奴に育てられても、悪いポケモンにならないってさ」
ヒビキはぽかんと口を開けた。
『リョウくんって、恥ずかしい』
……あー、そうかも。気取りすぎたかな。
『ありがとー。なんか元気出てきた!』
逆に俺が元気なくなってきたよ。恥ずかしくて。
「どう致しまして。次のチャンス待とうぜ」
『そうだねー』
「頑張れ!」
『頑張る!』
にこりと空手王のホログラムが笑う。ちゃんとヒビキの笑い方なのが不思議だ。
「後はなんかあったか?」
『んーとね。ロケット団に会ったよ』
「大丈夫だったか?」
今ここに居るってことは無事だってことだけど、なんかこの世界のロケット団凶悪だから心配だったんだよな。
『うん、平気。ただヤドンが、尻尾切られて……』
「え……」
なに、え、死んだとかじゃないよな?
『うまく泳げないからってポケセンに溢れかえってて、若干生臭いんだよね』
ちょっと困る、と頬を掻くヒビキ。びっくりさせんなよ。
「ご愁傷様です。早く尻尾生えるといいな」
『ほんとだよー』
俺が行くまでになんとかなってるといいけど。というコメントは差し控えさせて貰った。薄情すぎるだろ。
「なあ、ロケット団は強かったか?」
『んーん、そんな事なかったよ。僕1人でなんとかなったし』
そうなのか。何だろう、俺の運が悪くて凶悪なのに当たったって事なのかな。
「そっか。危ないことするなよ? なんかあれば、誰でもいいから助け求めるんだぞ。俺も出来る限り力になるから」
『うん、ありがとー。ジュンサーさんと同じ事言うんだね』
そりゃー子供の心配するさ、中身は大人だし。なんて言えないから適当な事を言っとく。
「ロケット団って言ったら、3年前だっけ? ガラガラ乱獲とかシティジャックとか色々やらかしたじゃん。心配は当たり前だろ」
『あー、そっか』
「気を付けろ、無理すんなよ」
『わかった!』
にっこり朗らかに空手王が笑う。
なあヒビキ、気に入ってるのはわかるんだが、ホログラム変えてくれるとお兄さんは嬉しいよ。
次話 憧れ、明後日の方向へ
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