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「鬼」 6

それから僕の母が駆けつけた。 僕はすぐに母に質問した。 「父さんはどういう人だったの?」 母は黙っていたが、やがて口を開いた。 母は、父に半ば犯されるような形で妊娠し、僕が産まれたらしい。 そして何より衝撃的だったのは、父は病死ではなく、何者かに殺されたということだった。 僕はUのお母さんの「お前は殺したはず」という言葉を思い出した。 Uのお母さんに暴力を振るったのは多分僕の父で、お母さんはそれに耐えかねて父を殺した。 これに対する罪の意識と幼い頃の記憶でお母さんの精神は限界を越え、その重圧を回避するためにもう1つの人格が現れた。 そして夜、僕のことを父と思い込んで襲った・・・ Uも僕と同じことを考えたのか、心がどこかに飛んで行ってしまったような表情をしていた。 母は泣きながら僕たちに「ごめんなさい」と言った。

数日後僕は退院した。 病院の入口でUと、Uのお父さんとおじいさんが迎えに来ていた。 僕はおじいさんと話をした。 僕「申し訳ありません。こんなことになったのも、全部僕の責任です。僕が来てしまったからです」 おじいさんは黙っていた。 そして、Uのお父さんが口を開いた。 「母さんは君たちのことに賛成していたよ」 「あと、それには自分の存在が邪魔だって。自分はもしかしたら君を襲ってしまうかもしれないって言ってた。だから母さんは、自殺したんだと思う。君たちには幸せになってもらいたいって何度も言ってたからね」

 

次に、おじいさんが僕の目を見て言った。 「Uを不幸にしないと言い切れるか?」 僕は少し間を置いて、「はい」と答えた。

それから何年か過ぎた今、僕はUと結婚披露宴の準備をしている。 母も、Uのお父さんとおじいさんも出席する予定だ。 僕はUのおじいさんとの約束を、Uのお母さんの願いを実現しようと、心に誓っている。

「鬼」 5

これ程死を身近に感じたことはなかった・・・その時、

ダダダダダダ!

誰かが走ってくる。 お母さんが後ろを向いた瞬間、

バリンッ!!・・・ドサッ・・・

お母さんが倒れた。 僕の視界に多数のガラスの破片が見えた。 Uが、ビンの口の部分だけを持って立っていた。 そして、僕に駆け寄ってきた。 U「大丈夫!?」 それから僕はUに支えられながら家を飛び出し、雨でずぶ濡れになりながら丘を下り、一番近い家に助けを求めた。 そしてすぐ、警察に連絡した。 空は白み始めていた。 30分程で警察が僕たちの元に到着し、僕たちは病院に直行し、他のパトカーはUの実家に向かった。

翌朝、検査入院でベッドに寝ていた僕と付き添っているUの元に、Uのお父さんが駆けつけた。 警察が実家に入り、おじいさんが無事保護されたらしい。 しかしUが「お母さんは?」と尋ねると、お父さんは俯いた。 「お母さんは、ガラス瓶で、おそらく自分で首を切って、死んでいたらしい」

 

泣きじゃくるUを宥めた後、お父さんは語り出した。

お母さんは解離性同一性障害、つまり二重人格だったのだという。 元々の原因はおそらく幼い頃の虐待。 初めて症状が出始めたのは、お母さんが例の暴力を振るった男から逃げてきた後かららしい。 もう1人のお母さんはとにかく凶暴で、男の力でも押えるのが難しかった。 病院から出される薬で改善はしていたが、まだ危険であることには変わらなかった。 そこで、昼間は常にお父さんと一緒に行動し、夜は部屋を1つ設けお母さんを隔離し、暴れても被害が広がらないようにした。 それこそが「鬼」を封じたあの部屋、無数の穴や傷があったあの部屋だった。 娘であるUに真相を知られないようにするため、みんなで「鬼がいる」などと嘘をついたのだ。 そこに、お母さんの人生を狂わせた引き金になった男に瓜二つの僕が現れた。 それであの時の記憶が甦ったのだろう、とお父さんは言った。 昨日病院に行った時、お母さんはそのまま入院するはずだったらしい。 本当はもっと早く入院させるべきだったろうが、お父さんはそれを望まなかった。 お母さんと離れたくなかった。 そしてお母さんの人格は入れ替わり、夜に病院を抜け出した。 お父さんは主治医と話していて、そのことに気づかなかった。 急いで家に電話をかけ、おじいさんに知らせた。

と、ここまで話終えてお父さんは僕たちに「すまない」と言いと頭を下げ、病室を出ていった。

「鬼」 4

僕は震える手でまた襖を開け、僕たちは廊下に出た。 そして、僕たちはできる限り音を立てずに移動し、隠れられる部屋を探し台所まで来たその時、

コツコツコツ・・・

足音が背後から近づいてくるのを感じた。 Uは悲鳴を上げる寸前だったが、なんとか押さえた。 僕たちは横の廊下に入り、近くの部屋に入った。

裸電球が黄色い薄明かりを放っていた。 それに照らされ・・・無数の壁の穴、引っ掻き傷が露になった。 何かが暴れた痕のようだった。 僕は戦慄した。 ここはもしかして、あの部屋なんじゃ・・・ その時、

ヒタヒタヒタ・・・

今度は裸足の足音が近づく。それは真っ直ぐこちらに向かって来た。そして扉の前に来て、

カチャ・・・

扉が開き、おじいさんが現れた。 「早く逃げろ!」 小声だが危機迫る口調だった。 その時だった。

ガスッ!バタッ・・・

何かがおじいさんを強打し、彼はその場に倒れた。 そして、入口に別の人影が現れた。

 

右手にバットを持つ、ずぶ濡れの・・・Uのお母さん。 その形相は正に「鬼」のようだった。

「なんで、生きている」

お母さんが呟いた。 その声は冷たく、激しい憎しみが込められていた。 「・・・お前は殺したはず」 お母さんが殺した? 「死ね」 僕「え?」

「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

お母さんが僕目掛けてバットを振り下ろす! 間一髪でそれを避ける。 ガンッ!と床が大きな音を立てる。 「逃げろ!!」 僕はUに叫んだ。 しかしUは根が生えたようにその場から動かない。 「早く!!」 再びに叫んだその時、

ガンッ!

脳天に衝撃を受けた。 倒れる一瞬、Uが入口に走るのが見えた。 床に倒れた僕をお母さんが見下ろす。 その無表情さに鳥肌が立った。 少しの間、僕とお母さんは見つめあった。 そして、お母さんは目を見開き顔を歪め、ぞっとするような笑みを浮かべた。 朦朧とする意識の中、バットを振り上げる姿が見えた。

「鬼」 3

Uのお母さんは小さい頃、Uのおばあさんに虐待を受けていて、そのことが明るみに出ると、おばあさんはすぐに自殺してしまったらしい。 おばあさんは気を病んでいて、病院通いだったらしい。 このことはお母さんの心に大きな傷を残した。 時が経ち、お母さんは1人の男と付き合い始めた。 しかしお母さんはすぐにここに逃げてきた。 この男は粗暴な奴で、すぐにお母さんに暴力を振るったらしい。 慢性的に続く暴力に耐えられなくなったらしい。 そして、後にお母さんは今のお父さんと知り合い、Uが産まれた。 ここまで聞いて、Uはとても驚いていたようだが、すぐに「それとSとどんな関係があるの?」と聞いた。 おじいさんによると、僕の顔が、かつてお母さんに暴力を振るったその男にそっくりらしい。 Uは何か言いかけたが、おじいさんは「お父さんとお母さんの意見を聞こう」と言い、また黙り込んでしまった。

嫌な沈黙が続く。 ・・・しばらくして、今度は僕が口を開いた。 朝から感じていた疑問をぶつけてみた。 「昨日、何かを叩きつけるようなすごい音が聞こえたんですが・・・?」 おじいさんは腕を組んで黙ったままだった。 「鬼がいる、とか」 おじいさんはしばらく黙っていたが、口を開いた。 「たしかに・・・ここでは鬼がたまに暴れる。部屋に閉じ込めておる。台所の隣の廊下の部屋じゃ。近づいてはならん」

Uはお母さんの過去については全く知らず、「鬼」がいるらしいその部屋に入ったことはなかった。

夜になり、雨が降り出した。Uの両親は帰って来ず、夕食は3人だけだった。 昨日と違い、おじいさんは僕に話しかけることはなく終始無言で、とても気まずい時間だった。 風呂を済ませ、僕は寝室に行った。 昨日のこともあり、Uは不安で仕方ないというような顔をしていたし、僕もそうだっただろう。 電気を消そうとする僕の手が震えていた。 それでもなんとか電気を消した。 昨日のような轟音はなかった。 いつ来るか分からないという恐怖と長い間戦っていたが、いつの間にか眠ってしまった。

 

・・・プルルルル・・・ ・・・プルルルル・・・

規則的に鳴るベルの音。 僕は電話の音で目が覚めた。 隣を見ると、Uも目を覚ましていた。 雨はしとしとと降り続けていた。 その中、電話の呼出音が響く。 「電話に出てくる」と言いUが立ち上がりかけた時、電話は鳴りやんだ。 「・・・なんだ」と少し残念そうに言ってUが布団に入りかけたその時、

コツコツコツ・・・

足音が聞こえた。 最初はおじいさんかと思ったが、その考えはすぐに捨てた。 おじいさんなら、裸足かスリッパを履いているはずだが、この音は間違いなく靴のそれだった。 そして板張りの廊下を歩いているであろうその足音は、こちらに近づいていた。 この部屋に居てはまずい、そう直感した。 この時、僕は何故か足音の主が泥棒の類ではないと、確信していた。 僕はUを連れて、立ち上がらず、座ったまま滑るようにして襖に近づいた。 ゆっくりと襖を開ける。 襖にかける手が嫌な汗をかいている。 足音は僕たちの部屋に迫っていた。 しかしここで音を立てたら万事休すだ。 ぎりぎり人1人が通れるスペースまで開けて、Uを中に入れ、続いて僕が入り、襖を閉めたその時、

スゥーーーッ・・・

襖が開いた。 そして、とても近くで畳の上を歩く音が聞こえた。 ・・・僕たちがさっきまで居た部屋に居る!

「鬼」 2

バンッ!ガスッ!ドスッ!・・・ガンガンガン!・・・・・・

どこからかものすごい音が響いてきた。

ガンガンガンガン!!・・・ドカッ!ドン!・・・

めちゃくちゃに何かを叩きつける音・・・僕は夢の怖さに似たような、訳の分からない気持ちに襲われた。 Uが、僕の手を痛いくらいに握りしめてくる。

ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!!

降りしきる雨の中、正体の分からない、狂気に満ちた音が轟く。

1時間くらい続いただろうか・・・正確な時間など分からない。

ドンッ!・・・ガンガンガン!・・・ガン、カン・・・

不規則なこの音は、始まった時と同じく、突然止んだ。 いきなり訪れた静寂に、僕はすぐに安堵することはできなかった。 心臓の鼓動で自分の存在を、その得体の知れない何かに気取られるような気がしたからだ。 しかしこれ以降、さっきの凄まじい音が聞こえることはなく、安心したからか、僕はすぐに眠りに落ちていった。

 

翌朝、障子越しに差し込む日の光で目が覚めた。 昨夜のあのできごとが現実なのか夢なのか、区別がつかないような気がした。 僕はUに昨日のことについて聞いてみた。 Uによると、これはときどき起こることらしかった。 しかし決まった日に起こるようなものではなく、その時間もまちまちなのだという。 そして、かつてUがおじいさんに聞いた時には、「鬼が暴れている」と言われたそうだ。 Uが乗り気でなかったのは、この家でいつ昨日のようなことが起こるか分からないからだったらしい。

昼過ぎ、また空が曇ってきた。 Uの両親は病院に行くらしく、30分程前に車に乗って出かけていた。 本当は2人にも居てもらいたかったが、とりあえず僕はおじいさんに改めて真剣に付き合っていると挨拶した。 ・・・しかし、返ってきた答えは「賛成しかねる」だった。 すかさずUが「なんで!?」と切り返すが、おじいさんは答えなかった。 「・・・昨日S(僕の名前)見て驚いてたのと関係あるんじゃないの!?」 おじいさんは困った顔をしながら僕たちを見ていた。 Uは怒ったようにおじいさんを問い詰める。 しばらくして、おじいさんが口を開いた。 おじいさんによると、僕はある嫌な過去を思い出させるのだという。

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