美しく晴れ渡る、秋の空。
城のなかを行き交う人々が"今日は絶好の婚礼日よりだ"という、そんな日。
心地よい風が吹き抜けるそんな日なのに、控え室にいる花婿の表情は浮かないものだった。
王家代々伝わる花婿衣装に身を包み、髪も整え、微かに化粧も施した。
それなのに、彼は浮かない表情のまま。
何度も何度も溜め息を吐き出している。
その理由……
それは、今日が婚礼の日だからだった。
彼にとって、この婚礼は望まないもの。
それでもそうするしかなくて、仕方なく受け入れた婚礼であったから、だった。
何より……
「ダリューゲ……本当に、僕が結婚しちゃっていいのかな……」
それが、彼にとって一番辛いところだった。
愛しいと、大好きだと伝えた相手。
彼が、自分の結婚を認めた、それどころか勧めてきたことが、アズルにとっては一番ショックだった。
ちゃんと素性は調べているから大丈夫。
その人となら、結婚すればいいよ。
彼は、笑顔でそういっていた。
アズルはそれを受け入れたけれど……やはり、釈然としないものがある。
彼は、どうして自分の結婚を認めたのだろう。
前に、自分が結婚するということになったらその相手を、相手となりうる女性を殺してしまうかもしれないと冗談混じりにいってくれた彼なのに。
……その言葉は、嘘だったのか、冗談だったのか。
自分は、割りとその言葉を嬉しく受け止めていたのだけれど。
彼が、自分のことを考えてそういってくれたのだと、アズルは思おうとしていた。
だって、そうしないとダリューゲは自分の護衛から外されてしまうから。
そうなれば一緒にいることさえ叶わなくなってしまうから。
そう、思おうとしたけれど……
やはり、気持ちは晴れないままだった。
正直、何度か逃げようとした。
しかしその度に見つかって、部屋に連れ戻された。
もう、諦めたつもりだけなのだけれど……
もう一度だけ、この部屋から抜け出してみようかと考えながら、窓のそとをみた。
その時、小さなノックの音が響く。
アズルが顔をあげ、どうぞ、と声を返すとドアが開いて、見慣れた赤髪の少年が部屋に入ってきた。
「準備、できた?」
そう問いかけてくる彼。
アズルは微かに笑みを返し、頷く。
そっか、と言うダリューゲはいつも通りに微笑むばかりで、やはりこの結婚を止めようとはしない。
自分をつれて逃げてくれはしないかと少し期待したのだけれど、それもなさそうだ。
彼の耳に光っていたイヤリングも、はずされている。
それをはずす時は自分も国王でなくなるときだ、といったけれど……
それも、叶わないようだ。
恐らくもうそれは、新しい王女となる人に渡してしまったのだろう。
「護衛……お願い。僕の、それと……彼女の」
名前がすっと出てこないほどに知らない相手。
銀の髪に桃色の瞳。
自分に興味を示して幾度も話しかけてきたという印象しかない。
嬉しそうに、楽しそうに、自分に話しかけてきた。
その覚えしかない。
そんな女性と結婚するのか。
そう思うと、何だか辛くなってきて彼は目を伏せた。
いつのまにか、ダリューゲは姿を消していた。
彼も彼で仕事があるだろうしなぁ、と思いつつアズルは俯く。
やっぱり此処から逃げようかな。
でも、この部屋は二階だ。
飛び降りたら、怪我をするだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた、その時……
そっと、そんな彼の肩を華奢な手が叩いた。
「っ、……ネリエ、様……」
そこにたっていたのは、花嫁。
既に綺麗なドレスを身に付けた彼女は少し困ったような顔をして、アズルを見つめていた。
「あ、ごめんなさい、僕……その……」
幾ら望まない婚礼とはいえ、流石に花嫁の前で浮かない顔は駄目だ。
そう思って慌てて表情を繕おうとするのだが上手くいかない。
どうしよう、とアズルが思っていると、相手がふっと笑った。
「ほんとだ、結婚する国王様とは思えないような顔してる」
そんなことを言う、ネリエと言う名の女性。
その口ぶりは、まるで……ダリューゲのようで。
「え……?」
そこで、アズルも気づいた。
彼女が纏う、魔力。
それは、以前パーティで一度顔を合わせただけの女性のそれとは思えないもので。
「良かった、気づいてくれなかったらどうしようかと思ったよ」
そういって、彼女は笑う。
アズルはがたんと音をたてて、立ち上がった。
「え……嘘、ダリューゲ……?」
「そうだよ、アズル」
そういって、目の前にいた彼女は魔術を解く。
刹那、アズルの眼前に立っていた女性は、見慣れた護衛の少年の姿に変わった。
ドレスを纏ったままではあるものの、確かにそれは、愛しい少年の姿で。
「え、嘘……だって、なんで……?」
混乱しきった表情のアズル。
それをみてくすくすと笑いながら、ダリューゲは彼に歩みより、いった。
「細かいことはいいの。でも……アズルと結婚するのは、僕だよ」
ビックリした?
ダリューゲは微笑んで、アズルを見つめる。
アズルはそんな彼を見つめて幾度も緑の瞳を瞬かせた。
そんな彼の瞳が潤んで、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「えっ、ちょ……アズル、泣いてるの!?」
ダリューゲは彼をみて目を見開く。
アズルはえ、と戸惑いの声をあげたが……その頬には、涙がこぼれ続けていた。
「ちょっと、なかないで……泣かせるつもりでこんなことしたんじゃないんだから……」
ダリューゲは少し困ったようにアズルの涙をぬぐう。
そして、泣き続けている彼にいった。
「召喚獣に様子見に行かせたらアズルが凄く思い詰めた顔してるって言うから様子見に来たんだよ……
ほんとは全部終わってから話すつもりだったんだけど、結婚する国王様が浮かない顔じゃあんまりだろうと思ってさ。
だから、泣かないでよ、ね?」
ダリューゲはそういって泣き虫な国王を慰める。
しかしアズルは一向に泣き止みそうになかった。
「だって、ダリューゲ僕に結婚しろとか言うし、止めようともしないし、傍にもいてくれないし……!
嫌われたかと思ったじゃないか……っ」
「そんなはずないじゃん。他の誰かにとられるのも嫌だし一緒にいられなくなるのも嫌だからこうしたんだよ。
……嫌いになるはず、ないでしょ?」
そういいながら、ダリューゲは首をかしげる。
そんな彼の耳には、揃いのイヤリングが揺れていて……
「うぅう……ダリューゲの馬鹿ぁあ……先に、相談してよ……」
「そういうわけにもいかなかったんだって」
そういって、ダリューゲは苦笑する。
話せるはずが、なかった。
彼が婚礼を勧めた人間……ネリエが実は少年誘拐を繰り返していた犯罪者で、それを殺して成り代わることで自分が彼と結婚しようとしている、何て。
幾ら犯罪者でも人殺しは人殺し。
そんな血なまぐさい話を、彼に聞かせたくはなかった。
「とにかく……姿は、ネリエ様のままだけど、中身は僕だから。
……どんな姿とってても、僕のこと好きでいてくれる?」
「うん……でも、僕と二人きりでいられるときは、その見慣れた姿でいてほしいな」
漸く泣き止んだアズルは微笑んで、そういう。
ダリューゲは彼の言葉に嬉しそうに微笑みながら頷いたのだった。
***
それからの結婚式は、スムーズに進んだ。
アズルが花嫁を受け入れたと言うのが、大きいようで、家臣たちもほっとした顔をしていた。
その裏でのやり取りも、真相も、すべてはアズルとダリューゲ二人の秘密。
しかしそれがバレるという可能性は、とても低そうだった。
アズルは気づいたがダリューゲの変身魔術は完璧。
しかも彼がネリエに変身している間も、彼の召喚獣がダリューゲの姿をとっている。
そのために、花嫁がダリューゲだとばれることは、絶対にないのだった。
そうして結婚式を終えた後、アズルはネリエ……基、ダリューゲと二人きりにしてほしいといった。
花嫁と二人きりでいたいという国王を止めるような野暮な家臣はいない。
口うるさい国王もアズルがいうことを聞いたことに満足したようで、彼らを二人きりにしてくれた。
部屋に戻ると、ダリューゲは彼に言われていた通り、いつも通りの姿に戻る。
それと同時、後ろからぎゅっと抱き締められた。
「わ……」
驚いた声をあげるダリューゲ。
アズルはそんな彼をしっかりと抱き締めたまま、ほっと息を吐き出す。
そして、嬉しそうな声でいった。
「よかった……」
「……うん、これで、ずっと一緒だよ」
ダリューゲはそういいながら自分を抱き締めるアズルの手を撫でる。
アズルはそんな彼を抱き締めながら笑みを浮かべ、彼の頬にキスをおとしたのだった。
―― 真相と婚礼と ――
(この真相は、誰にも知らせない。
この幸福は、彼のとなりは、誰にも譲らない)
(愛しい彼が、僕の花嫁で。
姿何て、関係ない…君が一緒にいてくれるなら)