降り注ぐ、夏の強い日差し。
それも当たらない、涼しい食堂……
そこで長い黒髪の少年……ぺルはテーブルについていた。
そして、もくもくと食事を口に運ぶ。
いつもより少し遅めの食事。
彼が兄としたっている少年……シュタウフェンベルクがまだ仕事中。
終わるかと思って待っていたのだけれど、当分終わりそうにないということで、おとなしく食事を取りに来たのだった。
いつもならば、メイドや料理人が用意してくれていた食事をとって食べる。
しかし今日はもう昼食時を過ぎてしまっているために、食事が片付けられてしまっていた。
どうしよう。
そう困っていたところで、彼の兄が親しくしている青年に声をかけられたのだった。
「これなぁに?」
料理をしてくれていた青年……カナリスにぺルは問いかけた。
彼が用意してくれた食事は、見慣れないもの。
よく見るパンやスープではなくて、丸い不思議な食べ物。
「これは、いなりずしというんですよ。
皇御国の食事なんです」
ちょうど作ってみようと思っていたので、とカナリスはいう。
へぇ、といいながらぺルは彼が料理をしている様子を見つめていたのだった。
そうして完成したいなり寿司をもくもくと食べる。
そうしていると、食堂のドアが開いて、そちらに視線を向けたぺルはぱぁと顔を輝かせた。
「あ……」
そんな彼の視線の先にいるのは、一人の少年……ロンメルで。
正式には彼は少年という年ではないのだけれど、どこか幼さを残している彼は"少年"というのが正しいのだった。
「おきつね様」
彼が近くまで来た時、ぺルは彼を呼んだ。
独特な呼び方をする幼い声にロンメルは視線をそちらへ向ける。
そして彼も嬉しそうに声をあげた。
「ひさしぶりだな!ひさしぶりにあそびにきたのだ!」
そういって笑うロンメル。
そして彼はぺルが食べているものに視線を向けて、不思議そうに首をかしげた。
「なにをたべているんだ?」
そう問いかけるロンメルに、ぺルは食べていたものを差し出す。
そして少し微笑みながら、いった。
「てーとくにもらった、ごはんだよ……いなり寿司?っていってた」
そういうぺル。
それを聞いてロンメルはぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「む……いなり……」
よくわからない、と呟くロンメル。
それを聞いて、ぺルはえっと、と少し悩むような声をあげる。
そして、先ほどカナリスに聞いた説明を繰り返した。
「皇御国のご飯なんだって。
あぶらーげ?でオコメ包んでるんだって。
美味しいよ?おきつね様も一緒に食べよう?」
お昼ご飯にもらったの、とぺルはいう。
そしてフォーク(本当は"箸"で食べるらしい)でいなり寿司を少し崩して、ロンメルの口元に運ぶ。
ロンメルは少し驚いてそれから笑みを浮かべる。
そして、彼が差し出してくれているいなり寿司を口に運んだ。
もぐもぐ、と咀嚼する。
それを飲み込むと、ロンメルはぱぁと顔を輝かせた。
そして、嬉しそうにいう。
「ん……んむ!びみだ!」
そう声をあげるロンメルを見て、ぺルは目を細める。
美味しいよね、といいながら彼は首をかしげて、問いかけた。
「あぶらーげ、美味しい?」
「うむ!」
ロンメルは上機嫌に頷いた。
それを聞きながら、ぺルは"そういえば"と思い出す。
これを作りながら、カナリスが教えてくれた話。
それは、皇御国のきつねの話だった。
皇御国では、狐は油揚げが好きとのこと。
……だから、彼は油揚げが好きなのだろうか。
ぺルはそう思う。
「てーとく、ご飯作るの上手……美味しいの」
ぺルはそういって笑う。
ぺルの言葉にロンメルもうんうん、と頷きながら呟く。
「そうだなぁこれ、おいしい」
「一緒に食べよう?」
ぺルはそういう。
するとロンメルは嬉しそうに頷いて、一緒に食事をとり始めた。
彼はかなりいなり寿司が気に入ったらしい。
美味しそうにそれを頬張っている。
材料が異国の食材だから早々作れないだろうけれど……
また食べたいなぁ、と呟くのを聞いて、ぺルは作り方をきいてみようか、とかんがえていた。
そうして二人で暫し食事をとった後、ふぅっと息を吐き出すとぺルはロンメルに問いかけた。
「おきつね様、今日はお仕事?」
そういえば、というような問いかけ。
彼がこの城に訪ねてくること事態が珍しいのだけれど、こうしてゆっくりしていることも珍しい。
仕事は休みなのだろうか?
ぺルがそう問うと、ロンメルは頷く。
そして、嬉しそうにいった。
「きょうはやすみなのだ。だから、ゆっくりしているんだ」
久しぶりの休暇なんだ、と彼はいう。
それを聞いて、ぺルは顔を輝かせる。
そして、きゅっと彼の手を握りながら、いった。
「そうなんだ。じゃあ、一緒に遊ぼう?」
ぺルにとってロンメルは親しい友人。
シュタウフェンベルクがそれを聞いたら驚くというかある意味慌てるだろうが……
ロンメルもロンメルで、自分を可愛らしい愛称で呼び、友人と呼ぶ少年を可愛がっているらしい。
ぺルの言葉に嬉しそうに微笑みながら、頷いた。
「ひさしぶりにあえたしな、この城の案内もしてほしい」
まだあまりちゃんと見たことがないんだ。
ロンメルはそういって笑う。
それを聞いて、ぺルは嬉しそうに頷く。
「わかった。おきつね様に、いろんなところ、見せてあげる」
いっぱいいっぱい知ってるんだよ、と嬉しそうにいうぺル。
それを聞いて、ロンメルも嬉しそうに微笑む。
「それはたのしみだな。ぺルがよくいくばしょにも、つれていってほしい」
「うん、任せて」
とっておきのところ、教えてあげる。
ぺルはそういいながら、微笑む。
どこに彼をつれていこうか。
どんな話をしたら彼は喜んでくれるだろうか。
そう思いながら、ぺルは目を細めていたのだった。
***
「それでね、おきつね様と一緒に、てーとくがつくってくれたいなりずし食べたんだよ」
「そうだったのか」
夜、仕事を終えて帰ってきたシュタウフェンベルクにぺルはそんな話をする。
それを聞いて案の定、シュタウフェンベルクは驚いた。
というのも、ロンメルは彼の上官。
それも、かなり上役だ。
そんな人間と弟が親しくしているというのだから、失礼があったのではないだろうかとやや気が気ではない。
しかし当人たちは楽しんでいる様子。
ロンメルもそのようで、シュタウフェンベルクはほっとしていた。
「それでね、中庭で一緒に遊んだんだよ」
「そうか。暑くなかったか?」
「うん、平気。おきつね様はね、砂漠はこれよりずっと暑かったっていってたよ」
いろんな話聞いたの、とぺルはいう。
嬉しそうな彼を見て、シュタウフェンベルクも目を細めた。
可愛い弟が楽しそうにしているのが何よりだ。
そう思いながらシュタウフェンベルクは微笑む。
どんな話をしたのかと聞けば、彼はいっそう嬉しそうな顔をする。
シュタウフェンベルクは暫し、弟の嬉しそうな話し声を聞いていたのだった。
―― 大好きな人たち ――
(このお城で暮らすようになって、大事な人が増えた。
一緒に過ごせて、お話しできて、本当に嬉しいんだよ)
(口下手な弟が一生懸命に話す、楽しかったこと。
それを聞いているのは私も嬉しいんだ)