暑い。
熱い。
息が苦しい。
その感覚にシュタウフェンベルクは顔を歪める。
燃える。
燃える、炎。
熱気。
重たい空気。
そこから逃れたくて、逃れたくて……――
***
ふ、と意識が浮上する。
しかし視界は悪い。
というか、何も見えない。
「う……」
小さく呻く。
掠れた声しか出ない。
シュタウフェンベルクは小さく息を洩らした。
「大佐っ」
「シュタウフェンベルク……」
聞こえた声。
それも少し遠い。
聞きなれた声だが、その声の持ち主であろう二人の姿は見えない。
「へふて、……ペル……?」
シュタウフェンベルクは二人の名を呼ぶ。
それと同時に、そっと自分の手を握る二つの手を感じた。
ひとつは冷たく。
ひとつは暖かく。
それが確かにヘフテンとペルのものだ。
「気が付きましたか、大佐!」
ぎゅ、と暖かい手の方の力が強くなる。
少し痛いくらいのそれ。
シュタウフェンベルクはふっと息を吐いて、言った。
「ヘフテン、大丈夫、だ……」
少し、痛い。
シュタウフェンベルクがそういうと、ヘフテンは少し手を緩める。
しかし代わりにペルの手の力がぎゅっと強くなった。
「……心配、たくさん、した……」
小さなペルの声。
少し遠い分聞き取り辛いが、目がまともに見えないために、
聴力が少し敏感になっているようで、彼の声を聞くことが出来る。
「……すまない、な」
シュタウフェンベルクは彼に詫びる。
本当は、彼の頭を撫でてやりたいのだが……
「すまない、ペル……
見えなくて、撫でて、やれないんだ……」
本当はそれを口に出すのを恐れていた。
……この状況が、怖かった。
目が、両方の目が、見えなくなってしまったのではないかと。
それが、恐ろしくて……――
「見えないの、大丈夫……
今は、包帯巻いてる、から見えない……」
とったら、見える。
ペルがそういった。
その言葉にシュタウフェンベルクはとりあえずホッとする。
「そう、か……」
良かった。
そう呟くシュタウフェンベルク。
そんな彼の額を、ヘフテンが小突いた。
「良かった、じゃないですよ。
あんな……燃え盛る炎の中で倒れてる大佐を見つけた時の僕たちの気持ちわかります?!」
そう声を上げるヘフテン。
ペルも小さく息を吐き出しているのがわかる。
燃える部屋。
そういわれて、思い出す。
自分がこうなった原因を。
「……どうなった、んだ」
シュタウフェンベルクは二人に問いかける。
ヘフテンの言い方を聞く限り、どうやら自分を助け出したのは彼のようだが……
あの屋敷は?
そして、あの堕天使は……?
一体、どうなった?
そう問いかけるシュタウフェンベルクにヘフテンは溜め息を一つ。
そして、静かな声で言った。
「大佐の帰りが遅いのを心配して僕とペルさんで探しに行ったんです……
そうしたら、あの小さな小屋の所に大佐の気配を感じて……」
「あそこ、御主人の秘密の、場所……だよね。
御主人の気配、感じた……もう、いなかったけど」
ペルの言葉にシュタウフェンベルクはふっと息を吐き出す。
そして、呟くような声を洩らした。
「そう、か……」
仕留め損ねたか。
そう呟く彼。
今度はペルの冷たい手が額を小突いた。
「心配、した……
お願い、だから……無茶、しないで」
そんな声。
それと同時に、シュタウフェンベルクの頬にぽたり、と雫が落ちた。
啜り泣きの声が、聞こえてくる。
どうやら、ペルとヘフテンが泣いているらしい。
顔に落ちる雫は、彼らの涙だろう。
シュタウフェンベルクはそう思いながら顔を歪めた。
彼らを泣かせるつもりはなかった。
彼らを苦しめるつもりはなかった。
……ただただ、守りたくて。
「すまない、ヘフテン、ペル……
でも、私は大丈夫だから……」
―― 泣かないでくれ。
シュタウフェンベルクはそういう。
しかしペルとヘフテンは泣き止む様子を見せなかった。
「大丈夫って、何を根拠にいってるんですかぁ……っ
全身ボロボロで良くそんなことがいえますね大佐……」
馬鹿ぁ、と声を上げるヘフテン。
そんな彼に同調するように、ペルもいう。
「お医者様が、暫くおとなしくしてないと駄目、って言ってた……
それくらい、酷いけが、してるんだよ……?」
そういうペル。
彼の言葉は、重い。
シュタウフェンベルクよりも、ヘフテンよりも、知っているから。
あの堕天使の……フォルのことを。
「認めたくない、けど……
御主人は、怖いし、強い、よ……
無理、しないでほしい……
シュタウフェンベルクが傷つけられるの、嫌だ……」
そんなペルの言葉。
それと同時に、ペルはシュタウフェンベルクに縋りつく。
自分の体に縋る彼の温もりを感じた。
火傷を負っているのだろう。
少し肌がひりひりした。
「大佐はいつもそうなんですから……っ」
もっと僕たちを頼ってくださいよ。
何度言ったらわかるんですか?
そんな声と同時。
もう一つ乗ってくる重み。
シュタウフェンベルクに縋る、ヘフテンとペルの温もりだ。
「……すまない、二人とも」
シュタウフェンベルクは感覚だけで二人に触れる。
少し癖のある短い髪。
ヘフテンの髪だ。
少し手を動かせばさらさらした長い髪に触れる。
ペルも、すぐそこに居る。
死を覚悟で堕天使に挑んだ。
堕天使を仕留めることは出来なかったが、こうして愛しい二人が傍に居てくれる。
……それは、純粋に嬉しかった。
「すまない、な……」
シュタウフェンベルクは何度も詫びつつそっと目を閉じる。
包帯にジワリ、涙が滲んでいった。
こうして心配してくれる人間がいる。
こうして、自分のために泣いてくれる人がいる。
それは堪らなく嬉しくて、愛おしい。
「ありがとう、二人とも……」
シュタウフェンベルクはそう思いながら、優しく二人を撫でる。
目が見えない状態のシュタウフェンベルクに聞こえる啜り泣きは、
暫し泊まることが無く、続いていたのだった。
―― 愛しい者たちへ ――
(死を覚悟した。
すべてはそう、大切な人々のために)
(けれど、感じた。
あぁ、この温もりを手放したくもないと……――)