「あぁあ……暇だぁあ……」
中庭に響く、気の抜けるような声。
大きな木の根本に凭れながら、そう呟いているのは赤髪の少年……アネット。
彼は退屈そうに唇を尖らせながら、足をばたばたさせていた。
「ラインハルトは仕事だし、ヴィルはいないし……」
そう呟く彼。
彼の恋人であるハイドリヒは今日はカペレ城の方で仕事。
泊まりでといっていたから今日は帰ってこない。
ハイドリヒと共通の友人であるカナリスに相手をしてもらおうと思ったのだが、
彼も婚約者であるエリカのところにいってしまっていて不在。
他にも親しくしている人間がいるにはいるが、
各々自国に帰ってしまっていていない。
そんな調子で相手をしてくれる相手もなくて、
アネットは退屈しきっているのであった。
「ん?」
そんなことを考えていた時、アネットはふとあることに気がついた。
中庭の方へ歩いてくる、隻眼隻腕の騎士の姿。
いつもならば彼の隣にいる金髪の少年の姿が見当たらない。
「シュタウフェンベルクさん!」
アネットは大きな声で彼を呼んだ。
呼ばれた彼、シュタウフェンベルクは驚いたように彼の方を見る。
アネットは彼の方へかけよって、笑顔を向けた。
「アネット」
「今日ヘフテンは?」
一緒じゃないんすか、とアネットは問いかける。
いつもは、副官であるヘフテンはいつでもシュタウフェンベルクの隣にいる。
その姿が見えないことは正直珍しい。
彼の問いかけにシュタウフェンベルクはあぁ、と頷きながらいった。
「今日は彼の兄に会いにいっているんだ。
たまには、そういうこともいいだろう」
ヘフテンにも兄がいる。
今日はそんな彼に会いにいっていると言う。
「へぇえ、なるほど……」
「仕事もないから、時間をもてあましてしまってな」
そういいながらシュタウフェンベルクは肩を竦める。
ヘフテンも不在。
仕事もない。
それで一人手持ち無沙汰になってこうして散歩に来たのだと彼は言う。
アネットはそれを聞いてぱぁっと顔を輝かせた。
そしてぎゅっとシュタウフェンベルクの服を掴みながら、彼はいった。
「じゃあ決闘しましょうよ!」
時間が空いている、相手がいるとなれば、アネットがしようとすることは一つ。
シュタウフェンベルクはアネットにとって良きライバル。
こうして彼も退屈していると言うのなら、相手をしてくれと頼むのもいつものことだ。
しかしシュタウフェンベルクは少し困った顔をする。
頬を軽く引っ掻きながら、彼はいった。
「いや、夕方には私の兄さんも帰るから私もカルフィナに帰るんだ……」
一応今は暇をしているのだけれど、夕方には家の方に帰る。
兄であるベルトルトも帰ってくるし……と呟くように言う彼。
アネットは露骨にがっかりした顔をした。
「なぁんだ……そうなんですね」
つまんないの、と呟くように言うアネットをみて、
シュタウフェンベルクは苦笑する。
彼の戦闘好きな気質はシュタウフェンベルクもよく知っているところだった。
と、彼はふと何かを思い付いたような顔をした。
軽く時計をみて、ふむと少し悩むような顔をする。
「兄さんが帰ってくるまでは私も時間があるし……
アネットさえよければだが、カルフィナの私の家に来ないか?」
そう、思い付いたのはそれ。
確かに屋敷に帰らなければならないとはいえ、
帰ったところで兄が帰ってくるまでは退屈な訳だし、
それまでの間友人を呼ぶことは別におかしなことでもない。
シュタウフェンベルクがそういうと、アネットは大きく目を見開いた。
子供のように目を瞬かせつつ、彼は言う。
「えぇっ!マジっすか、いいんすか!?」
はしゃいだ声をあげる彼に、シュタウフェンベルクは頷いてみせる。
そんな彼をみて、アネットは嬉しそうに笑ったのだった。
***
そうして二人が向かったのは、カルフィナにある屋敷。
有名貴族の御曹司と言うこともあって、家と言うよりは屋敷だ。
「うわぁあ……すっげぇ……」
アネットはそんな感想を漏らす。
屋敷の大きさや美しさは言う間でもないのだが、立地も良い。
「湖もある……いいとこだなぁ……」
アネットはガーネットの瞳を細めながらそういった。
彼は自分の生まれ育った土地とディアロ城城下以外にはあまりいったことがない。
だからなおのことこういった場所に感激するものがあるのだろう。
「そういえば……」
ふとシュタウフェンベルクが何かを思い出したような顔をした。
キョトンとした顔をするアネットに、彼は言う。
「此処の向かいにあるあの屋敷……
あそこをハイドリヒが買いとったらしい」
「え!?そうなんすか!」
アネットは驚いたように大きく目を見開いた。
そして幾度かガーネットの瞳を瞬かせると、ほうっと息を吐き出しつつ、言う。
「じゃあ、将来は此処らに住むことになんのかなぁ……」
へぇえ、と声をあげるアネット。
それをみて、シュタウフェンベルクは目を細めた。
「さて……まだ時間はあるしエスピアーレの決闘場にでもいこう」
そこでやるのが一番早いし安全だろう、とシュタウフェンベルクは言う。
訓練などで使うこともあるかも知れないが、事前に連絡すれば大丈夫のはずだ。
アネットは彼の言葉にぱぁっと顔を輝かせて、何度も何度も頷いたのだった。
***
そうしてたどりついたエスピアーレ城。
その決闘場に入ったところで、アネットはひゅうっと口笛を吹いた。
「何か、人が集まってる……」
「あー……使用する旨を連絡したのが回ったか」
シュタウフェンベルクは小さく呟く。
彼は騎士らしい騎士であり、周囲からの注目を集めている。
そんな彼がよその国の騎士をつれて来て決闘などするとなれば、
こういう騒ぎになるのももっともなことだ。
アネットはにっと笑うと、武器である剣を抜いて、構えた。
そして、シュタウフェンベルクに言う。
「観客(ギャラリー)は多くてもいいっすよ、却って燃えるじゃないっすか?」
「まぁ、お前もそういうなら構わないな」
シュタウフェンベルクはそういいつつ、自分の武器であるマスケット銃を取り出す。
彼は空間移動術を駆使して、自分の魔力を込めたマスケットを取り出して、
それを用いて戦うのである。
彼がそうして武器を構えるのと同時、アネットは剣を振り上げて、
先手必勝と言わんばかりにシュタウフェンベルクに斬りかかった。
体格は良い割りに動きは早いアネット。
それに少しだけ驚きつつ、シュタウフェンベルクは冷静にその攻撃を躱す。
そしてマスケットを構えて、彼に向かって撃った。
放たれる魔力。
アネットはそれをひょいと躱しつつ、彼の次の攻撃に備えた。
ヘフテンが一緒にいるときの戦闘スタイルと彼が一人で戦う時のスタイルは違う。
一人で戦う時には次から次へとマスケット銃を取り出し、
それを次々と撃っていくという戦闘スタイルだ。
相手の攻撃を躱しながら、アネットは攻撃の機会を探る。
時折剣を振り上げて斬りかかるが、魔力を撃ちだし終えたマスケットで防がれる。
「やっぱ強ぇなあ!」
アネットはシュタウフェンベルクと戦いつつそういって笑った。
とても楽しそうなその様子に、シュタウフェンベルクも青い目を細める。
次々と積み重なっていくマスケット銃。
空間移動術で呼び出したそれは、もはやどれが魔力の詰まったものかわからない。
シュタウフェンベルクも若干焦っていた。
とはいえ、アネットも大分消耗してきている。
弾む吐息。
剣を握る手には汗が滲んで、時々服で手を拭っていた。
シュタウフェンベルクはそんな一瞬の隙をついて、アネットに攻撃を仕掛ける。
手近にあったマスケットを構え、アネットの方へ向けた。
アネットは慌てて飛び退こうとした。
魔力を放たれたとしても当たらない位置まで、と。
しかしもう間に合わない。
突きつけられたマスケット。
それは、決闘の終了を意味する。
負けた、とアネットは悔しそうな顔をしたが……
「その人のマスケットは単発型ですよ!
それはただの鉄の塊です!」
不意に聞こえた、そんな声。
アネットは驚いてそちらに視線を向ける。
「!ラインハルト!?」
そう。
たった今声をあげたのは、ハイドリヒだった。
どうやら仕事を終えて此方に来た時、ちょうどこの騒ぎを耳にして
こっそりと様子を見に来たらしい。
彼の声はよく通る。
驚いたようなざわめきが起こると、ハイドリヒは慌てて口をつぐみ、姿を眩ました。
「なんだ、空っぽなんだ?」
ハイドリヒの言葉ににぃっと笑ったアネットはそういいつつ、
シュタウフェンベルクが構えていたマスケットを剣で弾き飛ばした。
そして、楽しそうに笑いながら、言う。
「まだ続けてくれるっすよね?」
「あぁ……決着はついていなかったようだからな」
シュタウフェンベルクがそう答えるとアネットは嬉しそうに笑った。
そして二人は再び武器を構え直したのだった。
―― Fighting style ――
(その戦いかたは俺にとっては慣れないもんで
気がつかなかったんだ、それがもう使えない武器だってこと)
("彼"が見ていたことに気がつかなかった。
流石だなと思いつつ、もう一度武器を構え直して…)