静かな月明かりが降り注ぐ、そんな夜……
風呂に入ったあと、金髪の彼……ムッソリーニはカルセの部屋を訪ねていた。
個人で纏めていた資料の纏め直しだで机に向かっていた彼は、
ドアの前にたっている彼の方をみて、穏やかに微笑んだ。
「この時間に来るのは珍しいですねぇ」
「ん……ちょっと、寝付けなくって」
そういって、ムッソリーニは小さく笑った。
その表情から、何となく事情を察したカルセはそれ以上は何も言わず、
"気がすむまでゆっくりしていきなさい。私もすぐに終わりますから"と微笑んだ。
ありがとうございます、と呟いて小さく笑うと、
ムッソリーニは床にしかれたカーペットに座った。
無茶がたたって風邪をこじらせたあの一件から、
少しずつではあるがムッソリーニはカルセを避けるのをやめ始めた。
カルセ自身に"あまり避けられると寂しいのですけれど"とやや率直に言われたこと、
何より……彼が自分を気にかけてくれていて、
自分もそれなりに彼が気にかかっていると気づいたからで。
意固地になって避けるのも、彼にたいして失礼というか、そういう気がした。
そんなわけで仕事もないし、他の騎士たちもいない……
そんなときに、ムッソリーニはカルセの部屋を訪ねるようになっていた。
彼には嘘をついてもすぐにばれるし、落ち込んでいたりするのもすぐに見破られる。
"道化は通用しない"と言われた、あの言葉そのままだと思った。
そんな彼が少々怖くもあり……なんだか、
安心できるような存在でもあると感じるのは、
彼が自分よりずっと年上だからだろうか。
今、こうしてこの部屋に来ているのもそのため。
昼間に何かと気負うことが多い彼は、ふと夜に不安になることがある。
そんな思いで眠ることは簡単ではない。
でも、ある程度寝ておかないとやつれた顔になって、友人を心配させてしまうだろう。
だから……狡いと思いつつ、少しカルセに話し相手になってほしいのだった。
泣きたいとか、そういうほどでもないけれど……
少し不安なとき、彼の穏やかな声を聞いていると、何となく落ち着くから。
書類を整理しているカルセの後ろ姿をみながら、ムッソリーニは思う。
―― 不思議な人。
いつも、そう思っていた。
優しい人なのだけれど、それだけじゃないというか。
時に少し冷たいと感じるような発言もあれど、それらすべてが的を射ている。
何処か独特で、不思議な人だと思っていた。
傍にいると落ち着く、といったこともふくめて。
ムッソリーニが彼の背を見つめつつそう思ったとき、
彼はふっと息を吐き出して、壁にかけたカレンダーを見た。
「?どうしたんですか、カルセさん」
「いえ……もう少ししたら此処を発たないとな、と思ったのですよ」
その言葉にムッソリーニは一瞬驚いて"えっ"と声をあげ……すぐに、思い出した。
「え……あ、そうか……カルセさんも此処の騎士じゃないんだった」
忘れてた、とムッソリーニは呟いた。
彼が此処にいる間、カルセも城に滞在し続けていたし、
何より気質がこの国の騎士らしい。
だから、彼が現在この国に、この城にとどまっている訳でないことを、
すっかり忘れていたのだ。
そんなムッソリーニのリアクションに、カルセはくすくすと笑う。
「ふふ、私はあちらこちらの国を行き来していますからねぇ……
たまに、カルフィナにもいったりしますよ。
生憎、その時に貴方と直接話をする機会はありませんでしたが」
カルセはそういいながら今まで訪ねた数々の国をあげた。
大体、この辺りの大陸続きの国にはいったことがあるらしい。
極東地域や海を隔てたような場所には魔だいったことがないらしいが、
いつかはいってみたい、等といっている。
そんな彼の言葉を聞きながら、そうなんだー、とムッソリーニは呟く。
そして、ふと疑問に思ったことを口に出した。
「カルセさん、何してるんだっけ……医者、なのはそうですよね?」
「えぇ。医者であり、あとは……研究者出もありますよ」
こくり、とカルセは頷く。
研究者、という言葉にムッソリーニは幾度か瞬きをした。
医者、という印象が強すぎて何かの研究をしているといった印象がない。
「研究?何の……?」
「えぇ。魔獣、薬学……それに、魔術」
そういって、カルセは微笑む。
そして、何かを思い付いたような顔をして……猫のように目を細めた。
「試してみます?」
そういうと、カルセは椅子を離れて、ムッソリーニの傍に座った。
カーペットの上に、長い白衣の裾が広がる。
「もう少し、こっちに来てくれます?」
「え、は、はい……」
何故か断れない雰囲気で、ムッソリーニはおとなしく座ったカルセの方へ歩み寄る。
そして、彼と向かい合わせに座った。
そのまま、まるで抱き締めるように彼は腕を回してきた。
何だか少し、居心地が悪いような……照れ臭いような。
間近で彼の藍色の瞳を見つめれば、彼はくすりと笑って、それを細めた。
「……本当に、可愛い反応をしますねぇ、貴方は。
ある意味で、……苛めたくなるような」
「え、な……っ」
何、というより先。
するりと緩く腰を撫でられて"ふぇ?!"と何とも間抜けな声が出た。
思わず、彼の肩を掴んでしまう。
そんな彼をみて、カルセは楽しそうに笑った。
「予想通りというか、予想以上というか……
ふふ、本当に可愛い……」
そういうカルセの声には、今までにない雰囲気が灯っていた。
甘く、色っぽい……艶っぽい、雰囲気。
くらり、とその低い声に酔いそうになって、ムッソリーニは溜め息を洩らす。
―― と、その時。
ぽて、と背中が床について、ムッソリーニはきょとんとした。
目に映るのは、白い天井。
そして……妖艶に微笑む、カルセの顔。
「な、何……え、あれ……?」
ムッソリーニは戸惑いの声をあげた。
体に力が入らない。
起き上がろうとするのに、そのために着こうと思う手が動かない。
足を突っ張ろうとしても滑ってしまってうまくいかない。
あれ、あれ?と声をあげている彼をみてカルセは満足そうに笑った。
そして、そうっとムッソリーニの頬に触れながら、目を細めていった。
「試してみましょうか、といったでしょう?」
私の魔術ですよ、といってカルセは力が入らなくなったムッソリーニの服に手をかける。
ムッソリーニが驚いている間に、ネクタイをするりと緩められた。
少し冷たい手が、頬から滑って、首筋を撫でる。
「ぁ……っ」
その感覚にムッソリーニは甘い声を漏らした。
まるで自分のそれでないような声に、思わず赤面した。
「っ……!」
「おやおや、恥ずかしがらなくても。可愛いのに」
彼の反応に気をよくしたように、カルセは細い指を彼の胸に這わせた。
酷く器用なその指に、顔だけでなく全身に熱が集まる。
「ひ、ぁ……っ、んぁ……」
必死に声をこらえようとするが、それも難しい。
口を塞ぎたいのだが、カルセの魔術に封じられて手足が自由に動かない。
「思いの外、声が高いですねぇ……17でしたっけ、貴方の年は。
それより幾分、幼く見えるような気もしますけれど……」
若いって良いですよねぇ、等と言いながらカルセは軽く彼の首筋に舌を這わせた。
温かく濡れたその感覚にびくっとムッソリーニの体が跳ねる。
この間、風邪を引いた時のような熱さ。
否、それとは少し違う……甘ったるい、熱さ。
そして、ふわふわとした浮遊感とか、頭のなかがぼんやりする感じは、
風邪を引いたときのそれに少し似ている。
少し、怖い。
そう思うと、一瞬カルセの動きが弱くなった。
彼なりに、気遣ってくれたのだろうと思う。
「慣れて無さそうですものねぇ、ムッソリーニ」
こういうことに、と言いつつカルセはそっとムッソリーニに口付けた。
それも、一応拒もうとしたが不可能で。
でも、それを不快とは決して思わなくて。
「っ、は……ぁ」
「ふふ、可愛い」
キスをやめれば、甘い声と吐息を漏らす彼。
それをみて、カルセは目を細める。
「やめときます?この辺で」
どうしますか、と囁く声。
止めてくれてほっとしたような、物足りないような……
何でそんな感情を抱いているんだ、とムッソリーニは混乱する。
そんな彼の表情をみると、カルセは少しだけ……嗜虐的に笑った。
「あんまり、そういう顔すると駄目ですよ」
"止めるの、やめにします"といって、
カルセは再びムッソリーニの首筋に舌を這わせた。
びくびくと体を震わせて、ムッソリーニは声をあげる。
「や、ぁ……んん……」
「嫌……?嫌ですか?」
そうは見えませんけれど、などと羞恥を煽るようなことを言いつつ、
カルセはわざと、耳元に低い声を落としてくる。
「ん……」
「ひ、ぁ……っ」
軽く耳を噛まれた。
そのままなめられて、くちゅりという濡れた音が直接耳朶を打つ。
反射的に、自分に被さる彼の背中に腕が回っていた。
いつのまにからだの自由が利くようになったか、わからぬうちに。
彼のその挙動に、カルセは一度彼を弄る手を止めた。
そして、そうっと頬に手をあて、声をかける。
「ねぇ、ムッソリーニ……ひとつ、訊いていいですか?」
「は、ぁ……な、んですか……?」
涙に潤んだ瞳で見上げつつ、ムッソリーニはカルセを見上げる。
先程までの妖艶な雰囲気は少し影を潜め、代わりに……
いつも、ムッソリーニに何か問いかける時の、優しい表情が浮かんでいた。
「……私が、いなかったら寂しいですか?」
「え……?」
「私はずっとこの城にとどまるわけではないのですよ。
だから……私がいないと寂しいと感じてくれるかな、と」
それがききたくなったのです、とカルセはいう。
真剣な、藍色の瞳。
それを見つめて、ムッソリーニは小さく、答えた。
「……寂しい、かも……?」
そういって笑うのが、精一杯だった。
正直なところ、自分の気持ちも、よくわからない。
笑っていなくては。
明るくいなくては。
それ以外の感情は、表に出しているのが怖くて。
寂しいとか、悲しいとか……そういうものを、素直に認められない。
そんな彼の返答に、今はこれが限界ですかね、とカルセは小さく呟いた。
少しは彼も、心を開いてくれたようだけれど……
寂しい、といってくれただけでよしとしよう。
そう思いつつ、カルセは微笑んで、いった。
「……ふふ、大丈夫ですよ。
貴方が呼んでくれるなら、私はいつでも駆けつけましょう」
約束しますよ、といってカルセは大きく開いたムッソリーニの胸の真ん中、
ペンダントでも下げればそのトップがかかりそうな場所に強くキスをした。
びくっとムッソリーニのからだが跳ねる。
「ひ、……っ」
「約束の証ですよ。これが完全に消える前には、つけ直してあげます」
そういいながら、カルセはちょうど今自分が口付けた場所……
基そこに残る、鮮やかなキスマークに指を這わせて、微笑んだ。
「い、いいです、別に……っ」
刻み直す、イコールまたこういうことをする、な訳で。
慣れていない彼からしてみれば、
それは素直にはいそうですか、と聞けるものではない。
そんな彼に、カルセは笑う。
本当に可愛い人ですね、といいながらもう一度耳元に口を寄せて、
熱い吐息混じりに、ムッソリーニに囁いて見せる。
―― You do not have veto power ――
(嫌だ、なんて言わせない。
貴方が素直に寂しい、悲しいと言えるように私は必ず貴方が望むとき傍にいましょう)
(優しく、でも少し意地悪に触れてくる彼
その甘い声と優しい手に思わず酔って……――)