フィアシス喧嘩ネタの完結編です。
この二人の喧嘩はあまり長引かなさそうだな、と思いました(笑)
ルカが珍しくカッコいいです←
ともあれ、私はフィアとシスのペアもエルとシスのペアも大好きです!(おい)
ともあれ、追記からどうぞ!
―― どれくらいの間、意識が沈んでいただろう。
ふ、とシストは目を開けた。
辺りは既に真っ暗だ。
ふらふらと立ち上がって明かりをつけてみれば、
時計が示しているのは午前十二時。
いつのまにやら、日付が変わっている。
フィアと喧嘩をして、エルドの幻影を見て、泣いて、泣いて、泣いて……
そのうち、いつのまにか眠ってしまったらしい。
情けないな、とシストは自嘲気味に笑った。
過去を引きずり、現在のパートナーを傷つけ、死んだパートナーに励まされ……
どれだけ自分は弱いんだ、と思う。
女々しい。
騎士でありながら、どうして自分は強くあれないのだろう、と切実に感じた。
自分が強ければ、フィアを傷つけることなんてなかった。
泣かせることなんてなかった。
それなのに……――
その時、控えめなノックの音が響いた。
こんな夜中に一体誰だ、と思うと同時、
聞こえたのは自分が所属する部隊の部隊長の声で。
「シスト、起きてるか」
「……ルカ」
小さく答えてから、後悔する。
寝たふりをすればよかった、と。
こんな顔を、泣き腫らした顔を彼に見せることなど出来ない。
「ちょっと待ってくれ」
シストは苦し紛れにそういうと、
極力音をたてないようにしながら、バスルームに向かった。
そのまま、ばしゃりと水を頭から被る。
タオルを肩にかけて、漸くシストはドアを開けた。
「悪い悪い、風呂入ってたんだ」
そういって、笑って見せた。
ルカはそんなかれを静かに見つめる。
―― 嗚呼、嘘だと見抜かれているだろうな。
シストはそう思う。
浮かべた笑みを引っ込めるタイミングを、探した。
そしてその時。
バチン、と鋭い音が響いた。
一瞬何が起きたのか、シストも理解できず凍りつく。
考える間もなくもう一度響く音。
熱を持つ頬。
殴られたのだと気づくまで数秒かかった。
「っ何す……っ」
「一発目は阿呆な喧嘩をしてる部下への制裁」
ルカは静かな声でいった。
シストはアメジストの瞳を大きく見開く。
「もう一発は、傷つけられた従弟を思う身内からの制裁」
その言葉に、シストは俯く。
わかっていた。
自分が、フィアを傷つけたこと。
ルカはそれに怒るであろうことも。
床に座り込んだシストの腕を引っ張ってたたせると、ルカは小さく息を吐き出す。
俯き、情けなく泣き腫らした目を隠しているシストを見て、いった。
「……ちなみに、フィアも二発殴った」
「え」
意外な言葉にシストは思わず顔をあげた。
ルカは笑いながらうなずいて、ひらひらと手を振る。
「一発目の理由はお前と同じ、
もう一発は大事な部下にバカな質問した彼奴への制裁だ」
お陰で手がいてぇよ、とおどけたように言ったあと、
ルカは真剣な顔をしてシストを見つめた。
「……フィアの質問は馬鹿なものだったと思う。
お前にとっては何より苦しい質問だっただろうとも」
その言葉にシストは答えられなかった。
フィアのことを悪く言いたいわけではない。
けれど……ルカの言う通りだったから。
「お前が彼奴……エルドのことを忘れられないのはわかってるよ。
フィアも、絶対わかってる。
忘れてほしいだなんて思っていないさ」
「……知ってる」
震える声でそう答えるのが精一杯だった。
それ以上の言葉を紡げば、泣き出してしまう気がして。
「でもな、シスト。
フィアだって人間だ。完全無欠じゃない。
悲しいと思うことも、嫉妬することもある」
「嫉妬?」
予想外の言葉にシストは怪訝そうな顔をした。
ルカは小さくうなずいて、"気づかなかったか?"という。
「フィアはな、エルドに嫉妬してるだけだよ。
誰よりもお前の近くにあれた、誰よりもお前が信頼していた彼奴に。
フィアにとって憧れの存在であり、嫉妬の対象なんだよ、エルドは。
相棒(パートナー)としての、理想像なんだ。
だから、死んでもなお彼奴を大切にしているお前を見ていて、辛くなったんだろう。
自分だって頑張っているのに、どうしてシストは俺を見てくれないんだろう、
俺では力不足なんだろうか、って」
「!違う!」
シストは反射的に叫んでいた。
違う。
力不足なんかじゃない。
もしも、フィアがいなかったら、出会わなかったら、
自分はいまだに過去にとらわれてうじうじと悩み続けていただろう。
確かに、時々思い出して苦しくなりもするけれど、それもあくまで時々だ。
前のように、自分がエルドを殺したと思って苦しむことは格段に減っている。
それは、フィアが"前を向いて進め"と諭してくれたからで……
「じゃあ、今度は答えられるな」
「……あぁ」
ルカは静かな声で問いかけた。
「"今の"お前のパートナーは一体だれだ」
「フィアだ」
シストはきっぱりと、そう答えた。
そうだ。
今のパートナーはフィアしかいない。
それは間違いない。
……けれど。
「じゃあ、フィアがお前に聞いた質問には、どう答える」
ルカの質問に、シストはやはり一瞬息を飲んだ。
エルドのことは今でも大切だし、大切なパートナーだと思っている……
もし、彼が生きていたら。
あるいは、生き返ったとしたら。
どちらを選ぶか。
それに、答えなど出せない。
「……悪い、ルカ。それには答えられそうにないや」
「どうしてだ?」
「俺にとって、フィアとエルドは比較対象じゃない。
どちらが大事だとか、どちらを信頼してるとか……
明確に決められる相手じゃないんだ、二人とも。
もしかしたらエルドとパートナーを組み直すかもしれない。
もしかしたら、エルドにコイツが俺の今のパートナーだって
フィアを紹介するかもしれない。
でも、そのどちらの道も明確な映像(ヴィジョン)として浮かばないんだ。
だから……答えは、出せない」
それが、本音だった。
さっき、フィアに聞かれたときにもこう正直に答えていたら……
何か、結果は違っていただろうか。
シストがそう思って溜め息を吐いたとき。
「……それで満足だろう、フィア」
不意にルカが、廊下の方へ声をかけた。
シストは驚いて目を見開く。
半開きになっていたドアが、ゆっくりと開いた。
そこにたっていたのは、亜麻色の髪にサファイアの瞳の彼で。
「フィア、いたのか……!?」
シストの驚きの声に、こくり、とフィアは小さく頷く。
その頬は赤かった。
恐らく、ルカに殴られたからでもあるのだろうけれど……
シストの発言を、聞いていたからだろう。
フィアは恨みがましげにシストを見て、いった。
「よくも、まぁ、あんな……こっぱずかしいことを、言えるな」
「だ、だって本人いるとは思ってなかったし……っ」
シストの白い頬も赤く染まった。
いると知っていたら、きっとこんなにまっすぐには……――
―― 違う。
言わなかった、では駄目なのだ。
シストはそう悟る。
自分の本当の思いをきちんと告げなかったから、
それで中途半端な態度をとったから、
自分はフィアを傷つけた。
苦しめた。
だから。
「……ごめん、フィア」
もう一度、ちゃんと言わなくてはならない。
「俺、弱いから……
これから先も、何度も凹むと思う。
エルドのことを思いだして、馬鹿なこと言うかもしれない」
―― それでも。
「……俺のことを、支えてくれるか?」
シストの言葉に、フィアは暫し口をつぐんだまま彼を見つめていた。
シストは眼を逸らしたくなるのを必死に堪えた。
眼を逸らしてはいけない。
それはただの逃げだから。
と、フィアは小さく息を吐いて、答えた。
「……当然だ、馬鹿者」
いつも通りの、フィアの声だった。
少し無愛想で、そっけない口調ではあったけれど。
シストはそれをきいて、安心したように笑う。
フィアもふっと表情を緩めた。
ルカはそれを見てやれやれ、というように笑うと、
"ほらフィア帰るぞ"とフィアに促した。
「二人とも、明日はランニングからだからな」
"阿呆な喧嘩してた罰だ"という統率官の言葉に顔を見合わせると、
二人はおかしそうに笑いあったのだった。
―― 欲しかったもの ――
(俺たちは超能力者じゃあないから
言葉にしないと、真意はきっと伝わらない)
(忘れろなんて言わない。俺だけをパートナーと思えなんて言わない。
俺がほしかったのは、お前のまっすぐな言葉だったんだと思うよ)