「話って?」
コナツの仕事も終わりようやく客足が減ったところに(まるで見計らったかのように)彼はやってきた。
「よかった…来てくださったんですね」
「だって心配だったし」
「あ、朝は有難うございました。危ないところを助けて頂いて…」
「いや、こちらこそ。コナツの“歌”が無かったら逃してたよ」
“歌”か…。
ふと頭をよぎる、“あの人”の残像――…
「立ち話もなんですし、僕の部屋に行きませんか」
一瞬顔に陰りを見せたコナツを不審に思いながらも、いいよ、と提案をのむ。
コナツは素早く荷物をまとめると、荷の重たさに少し顔を歪めながらも歩き出した。
クスクスと心の中で笑いつつ後ろから手を伸ばし、コナツが提げていた荷物を奪い取る。
「ぅわ」
コナツは驚いて声をあげるが、それも気にせずヒュウガはすたすたと歩いて行く。
「こっちでいいの?」
「え、あ、はい」
何も無かったかのように微笑みながら問うヒュウガに答えて――慌てて先に行くヒュウガに追いつき、あの…とごにょごにょと口を開く。
「ありがとうございます」
照れて赤くなった顔がこちらを向いているが、恥ずかしさからか目線は下だ。
地面が羨ましいとかそんな愚かな嫉妬を抑えつつ、いいんだよ、と返す。
「いや、でも…」
すまなそうな顔をするコナツに、可愛いな…なーんて思ったり。
でも理性は大事だよ、うん。
「いいんだよ、俺がしたくてやってることだから」
そうこうしている内にコナツが借りている宿に着いたようで、外でランプに火を灯している女将さんがコナツに声をかけていた。
気前のいい女将さんとコナツが楽しそうに話す姿を見ながら、こういうのっていいよねー、なんて思うことでなんとなく生まれた空気の隙間を埋めた。
コナツが中に入っていくのについて行き自分も入ろうとしたら女将さんがわざわざ扉を開けてくれた。
「彼の友達かい?」
「あー…うん、そんなとこ」
昨日会って今日助けたばかりであまり言葉を交した訳ではない。
何とも言えない複雑な関係だが、面倒なので曖昧に答えてしまった。
だって面倒なこと、嫌いだし。
「仲良くしてやっておくれよ」
クスリと笑う女将にはてなマークを浮かべていたが、次の女将の発言には思わず耳を疑った。
「コナツ、イチャイチャするのはいいけど客の前ではやめとくれよ!」
「ちょ、女将さん!!だからそういう関係じゃないって…」
がくん、と階段を踏み外しそうになりながら赤い顔で振り返って言うコナツを見ながら、女将さんは豪快に笑っていた。
楽しそうな人だ…
部屋に着くと、コナツは荷物をベッドの横に置くように言った。
シンプルだが、花や絵などで飾られ、とても宿の部屋には見えなかった。
その中で、金髪の麗しい天使が描かれた絵が目をひいた。その天使は祈るように手を組んで、歌っているようだった。
まるでコナツみたいだ。
「その絵は僕が故郷に住んでいたときに貰ったんです。他の花とか絵画とかは仕事で貰って、せっかくだから飾らせてもらったんですよ」
そう言いながら嬉しそうに、しかし優雅に微笑むコナツの姿は、やっぱりこの天使に似ていた。
振り向いて声をかけようとした瞬間、コナツが今まで着ていた服を脱ぎ始めた。
え、ここで脱ぐの?まぁ別に男同士だし、いいんだけど…
コナツの肌は白くて、触ると柔らかそうで、華奢な体躯をしていた。
フラウみたいな筋肉バカがぎゅってしたら折れちゃいそうなぐらいに。
ヒュウガの視線に気付いたコナツは顔を赤らめ、着替える手を早めた。
「何見てるんですか」
「いや、細いなぁ、と思って。
ちゃんと食べないと、声出ないよ?」
「そんなことより!!!今日聞いてもらいたいっていうのは、この“歌”の話なんです」
コナツは赤くなりながら急いで着替えて話しだした。
コナツが言うには、こうだ。
この世には歌を操り人や物に干渉する能力を持つものがいる。彼らは自身を“歌姫”と呼び、普通の人間達が住む町のはずれの丘の上で暮らしていた。
しかしある日、“歌姫は魔の血を引いた異端者である”として村を焼かれた。
コナツはこのとき若干15歳であったが運良く逃げ出しここまで来たのだと言う。
「それで、飢えて死にそうになったところをこの宿の女将さんに助けられて…」
コナツは笑ってみせたが、その瞳の奥に哀しみの色が残っている。
「大変だったね…」
気づけば、華奢な身体を腕に抱いていた。
肩口に温かい涙が溢れ落ちる。
「ぼく…っは……っ」
「うん」
「みん…っ…な…を」
「うん」
「み…すて…っ…た…」
「うん」
「裏切り者…っ…なんで…す」
「………それは、違う」
ヒュウガはコナツから身体を離すと、諭すようにコナツの蜂蜜色の瞳を見つめながら言った。
「皆、コナツが生きてくれることを今でもきっと祈ってる。天国から…ね。だから、裏切り者なんかじゃない」
「ヒュウガさ…」
名前を呼ぼうとして、柔らかいものに唇の動きを阻まれる。
「え………あ///」
理解するのに少しの時間を要した。
それほどに、思いがけないことだったのである。
ファーストキスではない。しかし、その口づけは優しくて甘酸っぱくて“初めて”の味がした。
「………」
「………」
「……俺、帰るね」
「あ…はい」
長い沈黙のあと、呆れるほどするりと糸がほどけるように出てきてしまった肯定の返事に自分でも驚き慌てた。
顔を上げればヒュウガはもうすでに扉の前に立っていて、ドアノブに手をかけているところだった。
「ヒュウガさん!!」
呼んでも、ヒュウガは振り返らなかった。
「また…来てくださいますか」
うつ向いていたヒュウガが顔をあげてこちらを見る。
その顔は、夕暮れの橙色のような温かい笑顔だ。
「うん」
…キスをされたとき、気付いた。
自分が彼に惹かれているのだということに。
でもそれは、あの人に影を重ねているだけなのかもかもしれない…
二人は懐かしい感情と一抹の罪悪感を抱えながら、橙に染まる町並みを見つめた。
<続く>
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長かった…(-_-;
途中でネタがすこーん、と抜けてやばかったです。でもなんとか持ち直しました。
ちょっとこの話に深みを持たせるために、コナツにもヒュウガにも恋人が昔は居たんだぜ設定にしてみました。
ヒュウガの恋人はどんな人にしようかな… ←無計画
私的に女将さんが実は好きです。女将さんの良いところをもっと出したい 笑。つか、女将さんが言った通りイチャイチャしちゃったよ二人とも 笑。