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一歩の距離

「どうして?」

吐き出された言葉は、自分でも驚くほど、二人きりの執務室によく響いた。
何も感じていなかったと言えば嘘になるけれど、それほど感情的になっているつもりはなかったのに。

目の前の部下は、俺より一回りも二回りも小さな肩を更に縮めて、恐らく見えないように拳を握り締めているのだろうけれど、微かに震える彼の腕に気づかない訳がなくて、俺は心の中で一つため息を吐いた。


数日前からだったからか。
特に何かがあった訳でもないのに、彼が俺を避けるようになった。
と言っても、俺から逃げるように立ち回っていた訳ではなくて。


俺は今にも泣き出しそうにうなだれている頭を撫でようとして、しかしその手が彼の金糸に触れることはなかった。

この、距離だ。
彼と自分との間にある、微妙な距離。
手を伸ばせば届く距離。
でも、その存在に気づくと手の動きを止めてしまう距離。

たった一歩、踏み出せばいいことはわかっているのだけれど、彼が意図して生み出したこの距離を無視することはできなかった。


「どうして?」

今度は優しく問いかければ、彼はゆっくりと息を吐き出して、言葉を紡いだ。


「先日、士官学校時代の同級生に偶然会って、少し話したんですけど、少佐と付き合ってるのかって訊かれて…」

話の雰囲気から何があったのかは大体予想できた。
どうして相談してくれなかったのかという思考は自分勝手な考えであって、本来ならば恋人の葛藤に気づくべきは自分であったはずだ。

俺が続きを促すように「うん」と言うと、消え入りそうな声が続いた。

「彼は冗談のつもりで言ったんだと思うんです。でも、上司と部下の関係で、しかも男同士なんだから、近すぎてはいけない、と、私は、思ってしまったんです」

次第に揺れる声には、確かに困惑と迷いが入り混じっていて。
頭を抱えて悩んでいたことも、実際口にしてみれば案外簡単に答えが出ることもあるもので。

ハッと見上げた彼の方へ俺は一歩踏み出す。
こちらを見つめる二つの琥珀に二つの真紅が映っていることに満足して、口を開く。


「俺はね、コナツが好きだよ。コナツは?」

目を丸くして、顔を赤らめて、下を向いてしまう彼はいつもの彼で、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。

「俺もです」

僅かな言葉遣いの変化に口元を弧にしながら俺は続ける。

「なら、それでいいじゃない」

彼は少し躊躇してから俺の左腕の袖を小さく掴む。
俺の前でしか見せない子供めいた姿は俺への信用の証で、そんなことを考えると口元が弛緩しきってしまう。

「俺はコナツを嫌ったりしないから」

臆病で意地っ張りなとこも、全てが可愛く思えて、愛おしい。
どんなに頑張ったって、嫌えやしない。

目の前の彼は俯いたまま小さく頷いた。





「あ、」

隣で小さく声を漏らした彼の視線の先を追えば、廊下の向こうから彼と同じ年頃の青年がこちらに歩いてくる。

彼が俺から逃げるように距離を取ろうとするものだから、俺は彼の腕を引っ張って引き寄せ、俺の腕の中に収める。

ちら、と青年を窺えば、顔を歪めて舌打ちすると憤慨したように靴音を響かせながら通り過ぎて行く。

やっぱり。
予想通りの流れに満足していると、顎に強い衝撃が襲ってきた。

「こ、コナツ…!?」

「このセクハラ上司!」

仮にも上司である彼に対して本気のアッパーを繰り出したと思いきやそう叫んで暴れ出す。
今振り回している釘バットはいくらなんでもツンツンしすぎだとか、そもそもどこから取り出したのかとか、ツッコミどころは色々とあるけれど、それは見慣れたいつもの風景であって、そんな些細な幸せも全て守り続けると、怒る彼の顔に灯った僅かな笑みに誓う、そんな昼下がり。


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なんか未だに文体が定まりません(´・ω・`)
そして、更新亀すぎてすみません!
あとアンケートの投票&コメントありがとうございます!とても励みになります(*´▽`*)
では、更新頑張ります!!
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