コナツは執務室へと続く廊下から出たベランダで、白い月を見上げていた。
昨日、コナツの上司であるヒュウガは一区と二区の境にある山に住み着いたという山賊の殲滅の命を受け、単独で“狩り”に出て行ってしまった。
(遅いなぁ、)
はぁ、と冷えた手に息を吹きかけて擦り合わせるが、そこに熱は生まれなくて。
寒い夜に一人夜空を見上げて待ち人を待ち続けるのは寒くて、不安で、もの淋しかった。
グズ、と鼻を鳴らせば背後でキィと扉が開き、来客があることを知らせてくれる。
が、その気配は“彼”にしては冷たくて、きっと彼の上司であるアヤナミだろう、と思って振り返れば、寒さなどものともしないのか相変わらずの無表情でそこに立っていたのはやはりアヤナミだった。
「まだ、帰って来ないのか」
「えぇ。ホントに何やってんでしょうね、まったく。寒いったらありゃしない」
誰もが頭をよぎった不安を振りほどくように悪態をつくが、不安は拭えきれない。
悲しいほどに冷たく白い月を振り仰げば、後ろにいたアヤナミが口を開いた。
「……もしも、の話だ」
ヒュウガがこのまま帰って来なかったら、どうする?
どくん、と胸の奥がうずいた気がした。
その言葉は頭の中で嫌な響きを持って繰り返し復唱される。
アヤナミが言いたいことはわかる。自分達は軍人であって、たとえ明日死ぬことになってもおかしくはない。
でももしその日が来たら、自分はどうするのだろうか。
「それは……、わからない、です」
率直に思ったことを口にした。
自分はいるのにヒュウガだけが消えてしまった世界なんて自分にとっては“非”日常なことであって、想像することなんかできなかった。
「…でも、」
でも、ただ一つ、確かに言えることは。
「僕は、許される限りどこまでも、ヒュウガさんに着いていきます」
「…そうか」
アヤナミはぽつり、そう呟くと、コナツの頭にぽんと手を乗せて軽く撫でて中へ戻って行ってしまった。
…正直に言うならば、緊張した。
目の前にしていたアヤナミは自分の上司のさらに上司であって、何よりも守るべき存在であって、ヒュウガを選ぶことはアヤナミを裏切るように思えたから。
でも、アヤナミはそんな自分の気持ちを知ってか知らずか、なだめるように優しく接してくれた。
コナツは心の中ではまだかまだか、と相変わらず帰りの遅い上司に愚痴りながらも、柔らかな笑みを浮かべて白い月をまた眺めた。
×××××
こつ、こつ、と。
静かな廊下に、自身の靴を鳴らす音だけが響く。
アヤナミはこの世界には自分一人しかいないような、そんな感覚に酔いそうになる。
…あの時は、いつでも手に入れることができると思っていた。入隊したばかりのコナツはヒュウガにからかわれ泣きそうになりながらも何とかついて行こうと必死で、いつも自分が慰め励ましてあげていた。
だが、いつからだろう、自分に向けていたのと同じ…いや、それ以上に優しい眼差しをアイツに向けるようになったのは。
自嘲気味に鼻で笑いながら、ふと視線を前にやると、ぼう、と浮かび上がるようにその少年は立っていた。
「…ミカゲ」
特に理由もなく、名前を口にする。
あれ、どうしたんだ、と呟く声に、なんでもない、と答えればどこか訝かしげに首を捻る。
それを視界の隅に入れながらもアヤナミは無言で自室に戻って行った。
×××××
………ツ、
……ナツ、コナツ
誰かが、自分の名を呼んでいる。
がくん、がくんと首が前に後ろに倒れるのを感じて、コナツは現実に引き戻された。
うっすらと開かれた視界に映るのは、いつもと何ら変わらない彼の姿で。
「コナツ、こんなとこで寝てると風邪ひくよ?」
耳に響くのはいつもと何ら変わらない彼の声で。
ぎゅ、と抱きしめられた身体の皮膚から伝わるのはいつもよりも少し温かくて。
コナツはヒュウガの服をぎゅ、と握りしめた。
「もう少しだけ、このまま…」
いつまでもこの体温を感じていられるように、“その日”が来ても自分を置いていってしまわないように。
この真っ直ぐな気持ちで、貴方を繋ぎ止めて。
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レイア様リクのヒュウコナ←アヤナミです。
…い、いかがでしたでしょうか?誰かが片思いになっちゃう話ってあんま書いたことなくて 汗。ご要望に添えることができたならば嬉しいです^^;
やっぱりアヤナミさんが可哀想になってしまって思わず続編アヤカゲver.を書くかもしれない ←
ちなみに最後の方のコナツくんは、あまりにも寝ぼけすぎてツンデレという自分の性格を忘れてしまったようです 笑