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最後のバラード(竹谷+孫兵)
さく、と軽く草を踏みしめる音。
周囲の木々が、風によって葉を擦り合わせる。
森は宵の闇に覆われ、月明かりが地上を照らしている唯一の光。
孫兵が茂みを掻き分けて拓けた場所に出ると、その中心に立つ探していた相手を発見する。
月の光を浴びて鈍く輝く灰の髪が、ふわりと風に揺らいだ。
背の翼は漆黒のはずなのに、満月に照らされているせいかどこか美しく見える。
その彼の近くに横たわっているのは、一匹の狼。
どうやら相当難しい弱っているようで、立ち上がる事もままならないらしい。
怪我らしき部分が見当たらないという事は、病か何かだろうか。
息も細く、途切れ途切れで今にも止まってしまいそうであった。
「・・・・・・・ハチ、先輩。」
孫兵が小さく名を呟くと、相手・・・・八左ヱ門は振り返った。
元より孫兵の気配に気付いていたのか、さして驚いた風も見せず、こちらの姿を認識したかと思うと小さく笑う。
「・・・・おぉ、孫兵か。」
「お仕事中に、すみません。」
「いや・・・平気だ。もう、終わるからな。」
孫兵がペコリと頭を下げた事に対し、八左ヱ門は気にするなと答える。
そして、視線を孫兵から自分の横の狼へと移した。
静かにしゃがみ込むと、狼に穏やかに微笑みかける。
「・・・・今まで、よく頑張ったな。」
ふわりと、頭を撫でる。
「もう、苦しまなくていいんだ。俺と一緒に来い。大丈夫、何も怖くねぇから。」
優しく、まるで子守唄でも歌っているかのような声音。
孫兵ですら、心地良い眠りに誘われてしまいそうだった。
「・・・・・・・・・だから、ゆっくり休め。」
八左ヱ門がそう言った直後、今までかすかに開かれていた狼の黒玉の眼が閉じられる。
息は・・・・もう、していなかった。
次の瞬間、狼の身体から淡く輝きを放つ白い光の玉が出てくる。
ふわりふわりと宙に浮かぶそれを、八左ヱ門が優しく左手で掬った。
先程事切れた狼の魂である光の玉を見つめる瞳が、とても柔らかだった。
この一連の光景を見る度、孫兵は思う。
動物達を死へ導く役目は、彼が最も良く似合っているのだと。
「・・・・待たせたな。」
一通り仕事を終えて、八左ヱ門が改めて孫兵に向き直る。
孫兵は、「いいえ。」と答えて首元の蛇を撫でた。
「ハチ先輩は、凄いですね。」
「・・・・凄い?何が?」
「動物達を、何の未練も残す事なく死へ導ける事が、です。」
「みんな、いい奴だってだけさ。」
「ハチ先輩が語りかける声が、子守唄みたいで心地良いんですよ。」
そう、動物達を送る鎮魂歌のようで。
「あいつらが・・・・・そう思っててくれりゃいいんだけどな。」
「思ってますよ、きっと。」
微苦笑を浮かべる八左ヱ門に、孫兵はそう答えて笑い返した。
(・・・・ところで、孫兵。何か用か?)
(あ、そうだった。仙蔵先輩が、仕事が終わったら家に来いと。)
(げ、マジ?)
好きなのはお互い様。(鉢屋+雷蔵+竹谷)
「よぅ!三郎、いるかー!?」
ノックもなしに家の玄関・・・・からではなく、リビングの窓から入ってきた友人に、三郎は顔を顰めた。
掃除中だったのか、持っていたはたきをソファーの上に放り投げて、来訪者に向き直る。
「ハチ・・・・お前な。来る時は、窓からじゃなく玄関から来いって言ってるだろう!」
「いいだろ、別に。飛んできて窓から登場の方が、悪魔っぽくねぇ?」
三郎の注意に怯みも悪びれた風も見せず、来訪者・・・・八左ヱ門はニカッと笑った。
それと同時に、彼の背に生えている漆黒の翼がバサリと音を立てる。
そんな彼の姿を呆れたように半眼で眺めて、三郎は溜め息を一つ。
「誰かに見られたらどうするんだ。」
「こんな森の中なんて、滅多に人来ねぇから大丈夫だって。」
けろりと答える八左ヱ門の言っている事も、尤もだとは思うのだが。
それでも、やはりここは人間界なのだから極力注意してもらいたい。
「というか、お前は何しに来たんだ?仕事か?」
悪魔と言えど、やはり仕事というものはある。
種類は悪魔によって異なるが、八左ヱ門の場合は人間界の動物を死へ導く、謂わば死神のような役目を担っている。
しかし、三郎の問いに対して返ってきた八左ヱ門の答えは、仕事とは無関係だった。
「いや、仕事じゃねぇんだ。ただ、太助に会いに来ただけ。」
「太助?」
「ここからもう少し東に行った山奥に住んでる、狼の名前。」
「狼って、お前な・・・・。」
野性の狼に勝手に名前つけただけだろう・・・・と、内心でボヤく。
「お前、本当に人間界の動物が好きなんだな。」
「おぅ!」
三郎の言う通り、八左ヱ門は人間界の動物が種族に関わらず大好きであった。
その、動物に対する真っ直ぐな気持ちのお陰か、狼や虎、毒虫でさえも彼は手懐けてしまう。
長年悪友をやっている三郎ですら感心するほど、彼は生物に好かれるのだった。
一方、三郎の言葉に笑顔で頷いていた八左ヱ門。
今度は反対に彼が半眼で三郎を見つめ、ニヤニヤと笑う。
何となく嫌な感じがするその笑みに、三郎が「何だよ」と目線だけで問えば。
「いや?好き云々はお前に言われたくねぇなぁって思って、な。」
「・・・・どういう意味だ?」
「わかってんだろ?種族が違う双子の弟溺愛の、三郎兄ちゃん。」
からかうような八左ヱ門の発言に、三郎は自分の口元が思い切り引きつったのがわかった。
何か言い返そうと、顔を引きつらせたまま口を開くが―――――。
三郎が声を発する前に、別の声が入ってきた。
「ただいまー。」
玄関の方から聞こえた声に、三郎の表情がぱっと明るくなる。
それは、少し見ただけでは変化のない表情だったが、長い付き合いの八左ヱ門には彼の喜びようがすぐわかった。
廊下からリビングに繋がる入り口を二人で見ていると、足音が近付いてきて三郎と全く同じ顔が現れた。
・・・・いや、三郎よりはどこか穏やかそうな雰囲気で、表情も柔らかい。
改めて登場した彼を目にしたとたん、三郎が声を跳ねさせる。
「雷蔵!お帰り!」
「ただいま、三郎。」
リビングに入ってきつつ三郎に答え返した雷蔵は、ふと三郎の隣に見覚えがある人物がいる事に気付き、目を瞬かせる。
「あれ?ハチ、来てたんだ。いらっしゃい。」
にっこり笑いかけられて、八左ヱ門は軽く手を上げて「よぉ。」と返す。
悪魔と天使がこうも簡単に挨拶をするのも奇妙な光景だが、当の本人達は慣れ切っているので気にしない。
「今日は何買ってきたんだ?」
「お風呂の洗剤がなくなっちゃったから新しく買ってきて、後は・・・・兵助が来た時の為に豆腐を・・・・。」
「豆腐ぅぅぅっ?別に、あいつが来てから買いに行ってもいいだろ。」
「でも、買い物に行けない時に来られたら大変かなって思って・・・・。」
「買い物に行けない時ってどんな時だよ・・・・・。」
そんな話をしている双子の様子を眺めて、八左ヱ門は小さく笑った。
不満そうな声を出しつつも、とても幸せそうに雷蔵と話す三郎へ向けて、しかし彼には聞こえないような小声で、
「ほ〜ら、やっぱ大好きなんじゃねぇか。」
(天使とか悪魔とか、私達には関係ないんだ。)