薄紅色の花びらが、ひらり、またひらりと舞い踊るように落ちてくる。
自分の周りに散る桜色の絨毯を見つめてから、ゆっくりと視線を上へ移した。
見事なまでに咲き誇った、桜の大樹。
太い幹からいくつにも分かれている枝の先に、数え切れないほどの花と蕾を持って立っている。
そういえば、あの場所もこれと同じくらいの桜の木があった。
“あの人”と訪れた、あの場所も―――――。
*****
「うわぁ・・・っ!」
頭上に広がる桜の空に、晋助は目を見開いて歓声を上げた。
期待に満ちた双眸をキラキラと輝かせ、すぐさま振り向く。
「先生!先生ー!こっちです!」
「晋助、そんなに慌てなくとも桜はすぐ消えたりしませんよ。」
晋助の急かすような声に、ゆっくり彼の方へ歩いてくるのは長髪の男性と少年二人。
少年の内、一人は男性の横にピタリとくっつき共に来て、もう一人の少年はわずか後ろからのらりくらりとついてくる。
「高杉!お前が急ぐと、先生も足早に歩く事になってしまうだろう!」
もう少し先生の事をお考えになれ!と、男性にくっついていた方の黒髪を結い上げた少年・・・小太郎が声を荒げる。
端正な眉をきゅっと吊り上げて、晋助に説教口調だ。
しかし、彼に怒られてカチンときたらしい晋助はべーと舌を出し、
「うるせーなァ、ヅラは。そんな事言って、本当はお前が歩くの遅いだけなんじゃねーか?」
「ちっ・・・・違う!そんな事はない!」
「そうかァ?ここに来るまでに結構体力使い果たしたんじゃ・・・」
「違う違う違ーう!!」
喚き合う二人に、小太郎の隣の男性・・・彼らの師である松陽が苦笑した。
「二人とも、もういいでしょう?」
「松陽先生・・・。」
二人の間まで歩いてきて、にこりと微笑みかける。
松陽に制された二人は、申し訳なさそうにしゅん、と彼の事を呼ぶ。
項垂れて落ち込んだ様子の彼らに、松陽は明るく言った。
「今日は、桜を見に来たのですから。・・・・ねぇ、銀時?」
少々後ろに立つ銀色の髪を持った少年の方を向いて、そう問いかけると。
名を呼ばれた少年・・・銀時は、やる気のない目線を松陽・小太郎・晋助の順に移し、
「・・・・団子食いてーなァ・・・・。」
などと、唐突に場違いな事を言ってのけた。
となれば、先生に対してその態度は何だと文句を言うのは小太郎で。
「銀時、お前・・・っ!」
だが、彼らの師は全く気にしていないらしい。
クスクスと小さく笑い声を洩らすと、「銀時らしいですね。」とにこやかに一言。
それから、薄紅色の花が満開の木を見上げ、
「でもホラ、見てみなさい。」
師の言葉に倣うように、少年三人も揃って桜を眺める。
柔らかな風に吹かれて揺れる枝から、ゆらりゆらりと花びらが舞った。
改めて見やった桜の美しさに、まずは晋助が感嘆の声を上げる。
「綺麗だな・・・・。」
「桜餅の色だな。」
「銀時、お前は甘いものばかり・・・・。」
感動も何もないような率直な意見を述べる銀時に、呆れる小太郎。
その会話を聞いていた松陽が、再びクスリと笑みを零した。
しかし、桜に見惚れていた晋助は、銀時達の話を耳に入れていなかったらしい。
どこか寂しげな表情で、桜を見上げたまま呟きを洩らす。
「こんなに綺麗なのに、数日で散っちゃうなんて・・・・。」
そう考えると、こんな華やかな桜も儚く思えてしまう。
先程までと違った印象の桜色を瞳に映していると、頭にふわりと優しい感触があった。
目を瞬いてから視線を隣へ向けると、師の温かな笑顔が目に入る。
頭を撫でられているのだとわかり、嬉しいと同時に恥ずかしく思いながらも首を傾げていると、師は静かに口を開いた。
「・・・・・生命あるものに、永遠であるものなどありません。いずれは失われるもの。けれど、永遠を望むより、最期までどういう風に生きたか・・・・己の満足いく生き方を貫けたかが大切です。」
穏やかだけれど、はっきりとした口調。
諭すような師の話を、三人は口を挟まず聞いている。
「ですから、あなた達も自分の満足いく生き方をなさい。」
「「・・・・はい!」」
全てを包み込んでくれるような優しい微笑に、松陽の両脇の小太郎と晋助が頷く。
唯一、銀時だけは話を聞いているのかいないのか、鼻の穴に小指を突っ込んで欠伸をしていたが。
どこまでもマイペースな銀時を含め、三人を春の日差しのような柔らかな眼差しで見守る松陽。
その右隣の小太郎が、松陽の手を握って笑う。
「また、見に来られるといいですね!」
「来ましょう、絶対!」
小太郎に同意するように頷いて、松陽の着物の裾をわずかに、けれどしかと掴む晋助。
銀時も嫌ではないようで、師の方を見つめて答えに興味津々といった様子だ。
三人の注目を浴びて、松陽は長い髪を風に遊ばせながら笑い返した。
「そうですね・・・・。また、いつか。」
―――――また、いつか。絶対に。
その願いは、叶わなかった。
これからも一生、叶わないし叶えられない。
もう、四人がともに桜の下へ集まる事などないのだ。
あの人を―――――・・・先生を、失ってしまったから。
*****
「・・・・・満足のいく、生き方・・・・。」
ポツリ、と高杉は言葉を落とした。
目前には、穏やかな風に吹かれて尚も桜の花が踊っている。
*****
あの人は、満足出来たのだろうか。
最期だと悟った時、満足いく生き方をしたと感じたのだろうか。
俺は―――――俺は、満足出来てなどいない。
あなたがどこにもいない世界など・・・・あなたを奪ったこの世界になど、満足しない。
どうせ満足出来ない世界なのなら、壊してしまえ。
全て、総て壊してしまえ。
*****
「晋助様ー!もう行くっスよー!」
ふと後方から届いた、覚えのある呼び声。
振り向けば、一瞬見える幼き日の四人の残像。
けれど、今そこにいるのは彼らではなく、新たな者達。
進むのは、もう幼き日に目指した道ではない。
今行くべき道は、壊す道。
だから。
クッと喉の奥を鳴らすように笑って不敵に笑みを浮かべると、高杉は歩き出す。
その拍子に、地面の桜の絨毯がぐしゃりと音を立てた。
桜散りゆく中で、我が尊き人を想ふ。
(色褪せてしまった、桜色の記憶。)
完全過去提造小話ですいませんでした。先生のキャラ難しいよ!