「…なに、これ」
バイトから帰ってきた俺がテーブルの上に置いたモノに対し、泉は怪訝そうに眉を寄せた。
「え?缶チューハイ」
「んなこと分かってんだよ!」
聞かれたことに答えたつもりだったが、どうやら泉が望んだものではなかったらしく荒い声が返された。
俺と二人っきりのときの泉は短気だ。
三橋のオドオドや田島のキテレツな言動には優しいくせに…
「買ったのかよ?」
ますます泉の顔が険しくなる。
そこで気が付いた。
ああ、そーゆーことね。
「違うよ。途中の道で配ってたの。サンプルってやつ?」
「なんだよ、じゃーそう言えっての」
暗がりで貰ったからジュースだと思って。と続いた言葉に安心した顔になった。眉間のシワがなくなって、俺の好きな泉の顔が戻ってくる。
「見つかったら誤解されるから気を付けろよ」
結局、それが言いたかったんだと分かって、ひょっこり顔を出した俺の小さな不満はアッサリ溶けてなくなった。
ホント素直じゃないんだから。
「はぁ〜、今日も疲れたなぁ」
大きくため息をついて、泉の隣に腰を降ろす。
手を伸ばして、缶をテーブルの上に置いたままプルタブを開けると、プシュっと炭酸の逃げる音が響いた。
「て、飲むのかよ!」
「たまにはいいでしょ」
お酒は20歳になってから。の文字が見えないのか。と言いたげな泉の視線を交わして、一口飲む。少し炭酸の効いた甘いリンゴ味が口の中に広がった。
「泉も飲む?」
「いらねー」
「まぁ、そー言わず」
もう一口、口に含んで、逃げようとする泉の腕を掴む。
「ちょっ…浜田〜〜〜っ!」
逃げられないように両腕を掴み、足を絡めて床に組み敷いた。
焦りと怒りを露にした泉の大きな黒い瞳とかち合ってニッコリと笑う。そのまま、泉にソッと口付けた。
「んっ、ふ、んんっ…ふ」
舌で無理矢理唇を割って深く口付け、開いた隙間からチューハイを流し込む。泉の口が許容量を超えて喉がコクンと動くのを確認してから、口を放した。
「〜〜〜っ、バカ浜田!」
プハッと息をついてすぐ飛んできた罵倒。それでも組み敷かれた体ではどうしようもなく、キスとチューハイの反動で頬を赤く染めた涙目の泉。
かわいい。もっといじめたい。
そんな気持ちがムラムラと沸き上がってきたが、
これ以上進めると本気でキレられそうだ、と思い、掴んでいた手を離して泉を解放する。
悪い、悪い。ジョーダンだよ。と笑ってやると、ますます泉の眉間に皺が寄ってしまった。
あ、まずい…
そう思ったとたん、ガバッと起き上がった泉が、俺の手からチューハイの缶を奪い取った。
「あ、おいっ!?」
慌てて取り返そうとしたのだけれど、泉は勢い良くソレを口の中に流し込んでいく。
「なにしてんだよ!」
一気飲みなんて絶対に体によくない。
急性アル中にでもなったらどーすんだ!
ほぼ奪い取るように泉の手からチューハイの缶を取り返す。
再び俺の手の中へと戻ってきた缶の中身はもうほとんど入っていなかった。
「いずみっ、ん?!」
叱り付けようと口を開いたと同時にガチッと堅いものが歯に当たって……
それは半ば頭突きをするようにキスをしてきた泉の歯だと気付くのには数秒かかった。
突然の出来事に間抜けにも俺が口を開けたままだったことを泉の唇が確認する。
アッと思ったときには、泉の舌と一緒にチューハイが流れ込んできた。
体を起こしているせいでチューハイは重力に従い、俺の喉ではなく唇の隙間から流れて、顎を伝う。
しかし、泉はそんなことお構い無しでキスを続ける。
口の中身がなくなると、少し唇を離して角度を変えて再びキスを落とす。
そんなことを何度か繰り返されて、俺がそーゆー気にならないとでも思っているのか?
ならねーわけねーじゃん!
ガッと泉の肩を掴む手に力が入る。
再び唇を離して、俺からキスをしようと顔を近づけると、
「ぶっ?!」
泉の手が俺の唇に遮るように押しつけられた。
「ジョーダンに決まってんだろ、バーカ」
「ぇえ!?」
「酔った!寝る!」
ニヤリと笑った顔と俺と同じようなセリフ。
思わず不満の声をあげてみたが、たいした効果はなかったようで…
泉は俺の腕から逃げるように擦り抜けて、さっさとベッドに潜り込んでしまった。
「いずみぃ〜」
情けない声をかけてみたが、聞こえてきたのは規則正しい寝息。
寝るの早っ!
「もー、どーしてくれんだよ」
ほとんど中身のなくなったチューハイの缶をうらめしそうに睨み付け、俺は二度と泉に酒は飲ませないと誓った。
相互記念として、
ゆう様に捧げます。
ゆう様のみお持ち帰りください。