こんなことになるなんて。
あの時は、これっぽっちも思わなかった。



「浜田ぁー!」
お風呂から上がった泉が、リビングにいるはずの同居人の名前を呼んだが返事がない。
おかしいな…と髪の毛を拭きながらリビングに行くと、浜田はなにやらテレビに夢中だった。

テレビの画面に映るのは、どこか見覚えのあるドラマ。

『今更お前なんかに取られてたまるかよ!テメェこそ一人でさっさと行っちまえよ!!』

聞こえてきた怒鳴り声は間違いなく自分。

ガコンッ!コン、コン…

壮大な音を立ててゴミ箱が投げ付けられ、ゴミが散乱する。

『…なんだ、言えんじゃねーか』
呆れたように呟いたのは、まだ金髪になる前の浜田だった。


「…うわ、最悪…」

思い出した。とばかりに呟いた言葉に、浜田がクルリと振り返る。

「懐かしいな、これ」

彼はそう言ってニッコリと笑った。

流れていたのは、数年前に泉が初主演をした連続コメディドラマのワンシーン。
正統派男優として売れ始めていた泉がコメディに出る、しかも主演ということで結構話題になったこのドラマは泉にとってもいろんな意味で収穫の多いドラマだった。

「なんで今更これやってんだ?再放送?」
「いや。懐かしのドラマベスト10」

浜田の隣に腰を降ろして、一緒に画面に視線を向ける。
シーンは変わって、何度かテレビ局で会ったことのある司会者がドラマの感想を述べていた。

「こんときが泉の初主演だったっけ?」
「ああ」

肩に掛けていたバスタオルがスルリと浜田の手によって抜き取られ、次の瞬間にはバサリと頭の上に降ってきた。彼の大きな手がワシャワシャと混ぜるように動いて、髪に残っていた水分を乾かしていく。


「俺とも初共演だったよね」
「まぁ、俺、バラエティーは出ねぇし」

もう1つ、このドラマが話題になった理由が浜田の出演だった。
持ち前のキャラとルックスで人気タレントの地位を築きつつあった浜田が連続ドラマに出るということは、ファンの女の子たちの注目するものとなったからだ。
「でもあんときゃ、やたらとバラエティーに出されたな」
「出たって言っても番組宣伝VTRばっかりでしょ」
「俺にしたら快挙だって」

はい、おしまい。と言うように、バスタオルが肩に戻ってくる。

「…この共演がなきゃ、お前とこーなることもなかったな」
「ドラマの中じゃ恋敵だったけどね」

しばらくの沈黙があって、しみじみと呟かれた泉の言葉に、浜田は苦笑が漏れる。


――――先に好きになったのは俺だから。


そう言ったのは泉の方だった。
忘れもしない。
ドラマの打ち上げの席で、やけに真面目な顔をして詰め寄ってきたかと思ったら…。


当時のことを思い出して、クスッと笑った浜田は、泉の頬に唇を落とす。

「俺、あんとき殴られんのかと思った」
「言うな、ばか浜田」


正直言って、あの時の自分には余裕が無さすぎた。
そんなことは、泉本人が一番分かっている。

とにかく余裕が無かった。
もともと畑違いの上、自分には新しいドラマの話が来ていたし、浜田もバラエティーやクイズ番組に引っ張りだこだった。

これを逃したら、チャンスなんて当分こない。

「告白するように仕掛けたくせに」
「あ、人聞き悪いなぁ」

焦ってたのは俺も同じだよ。と浜田は苦笑を深くする。

泉がベッと舌を出して見せると、優しい口づけが落ちてきた。
その口づけを受け止めて、泉も目を閉じる。目を開けると浜田と目が合って、風呂は?と目線で訴えれば、再び口づけが落ちてきて諦めた。

「また共演したいね」
「バラエティーが忙しいだろ、お前は」


そう言って笑い合った二人に、野球マンガのドラマ化のオファーが舞い込むのはそう遠くない話。