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act.0-2(阿三)

この話を貰った時、俺は幸運だと思ったんだよ。



今日の俺は久しぶりの単独行動だった。
最近は同じモデル事務所の巣山とユニットを組んでメンズ雑誌の撮影や女子高生向けのファッション雑誌の巻頭インタビューの取材を受けたりと、一人でやっていた頃よりも忙しく、充実していた。
そんなことを思っていた矢先だった。

“明日の撮影の打ち合わせなんだけど、阿部くんだけ先にすることになったから、朝早いけどよろしくね”

にこやかにマネージャーから告げられた言葉。その言葉どおり、彼女は俺のマンションに朝の5時に迎えをよこした。
よほどその打ち合わせを無理やり押し込んだのだろう。俺は朝からピンの撮影を2本こなして、打ち合わせに臨む羽目になった。


打ち合わせの会場であるテレビ局に着くと、巣山を撮影スタジオへ送って戻ってきたのだろうマネージャーが待っていた。
朝飯が食べたいと告げると、じゃあカフェに行きましょうと提案される。それに頷いて、何を食べようかと考えをめぐらせた。


カフェは朝からにぎやかだった。テレビでよく見る顔がコーヒーを飲んでいたり、新聞を広げている。
正直、気後れする。テレビ局なんてあんまりこねぇし。

先に座ってて。と俺の好みを熟知しているマネージャーがセルフサービスの列に並ぶ。
俺は言われた通り空いている席を探した。

「あ、べくん?」
「三橋?」

振り返れば、朝飯だろう食材が乗ったトレーを持った三橋が驚いた顔で立っていた。

「め、珍しい、ね。局で会う、の」
「そーだな。」

三橋も事務所は違うが、俺と同じモデルをやっている。
スタジオで会うならまだしも、テレビ局で会うのは珍しかった。

「朝飯食ってないなら一緒に食っていい?」
「うん!」

席は三橋が取っていたところに便乗することにした。マネージャーは?と聞くと、違う用事を済ませに行っているらしい。

しばらくして、俺のマネージャーも戻ってきた。サラダやらおかずが大量に乗ったトレーをテーブルの上に置く。

「じゃあ、10時に迎えに来るね。打ち合わせは10時半から始めるから」
「はい」

マネージャーを見送り、二人でいただきます。と手を合わせて箸をとる。
皿の上に三橋が好きな卵焼きが2個あったので、1個は三橋の皿に入れてやった。

「俺、阿部くんは、この仕事、断る、んだと思って、た」
「は?なんの話?」

相変わらず三橋の話は論点が掴みづらい。
知り合ったばかりの頃はイライラした特徴の一つだが、今となっては慣れたというか許せると思うのは惚れた弱みか。

「だ、だって、最近、忙しい、て」
「いや、そーじゃなくって。この仕事って何?」
「ドラマの仕事だ、よ。俺と一緒、の…」
もしかして何も聞いてないの?と続いた言葉にうなずき返して、俺は大きくため息を吐いた。
あのやろ〜、ドラマっつったら俺が断るって思って黙ってやがったな…

「で、でも、よかった…阿部くんと一緒、で。お、俺、ドラマなんて初めてだし、しかも、しゅ、主演なんて」
「ブッ」

三橋の口からこぼれた言葉に、思わず口に含んだスープを吹き出しそうになる。
「主演!?」
「あ、阿部くん、も、だよ!」
「はぁあっ?!」

ますます声が大きくなった。一瞬、周りの視線が自分に集まったのを知って、しまったと顔を歪める。
モグモグといくつかサラダを口に運んで、気持ちが落ち着いてから再び口を開いた。

「そのドラマの内容とかって聞いてる?」
「野球、まん、がが原作、って言ってた、よ。他のキャストも、話題になる、て」

そーいえば、野球経験がある芸能人をジャンル関係なく集めてドラマやるって噂があったな…
俺だって高校まで野球やってたけど、演技なんかしたことねーから関係無いと思ってたのに。

「で、お前はなんでそんなに嬉しそうなわけ?」
「だ、だって…阿部くんと一緒、だし」

オレンジジュースを飲みながら三橋はエヘヘと笑う。
かわいい…

そんなことを思って、三橋を見つめていると、サッと顔が陰った。

あ?

「も、もしかし、て、阿部くん、は、嫌だった?」

あ、誤解させたのか。

「んなわけねーだろ。お前と一緒なんだから」

ぶっきらぼうな言い方だと自分で思ったが、三橋が本当に嬉しそうに笑ったので、つられて笑った。



俺はこの話を貰った時、幸運だと思ったんだよ。

同じモデルでも、ジャンルも事務所も違うせいでめったに共演することがなかったコイツと同じ仕事ができるんだから。



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act.0-1(浜泉)

こんなことになるなんて。
あの時は、これっぽっちも思わなかった。



「浜田ぁー!」
お風呂から上がった泉が、リビングにいるはずの同居人の名前を呼んだが返事がない。
おかしいな…と髪の毛を拭きながらリビングに行くと、浜田はなにやらテレビに夢中だった。

テレビの画面に映るのは、どこか見覚えのあるドラマ。

『今更お前なんかに取られてたまるかよ!テメェこそ一人でさっさと行っちまえよ!!』

聞こえてきた怒鳴り声は間違いなく自分。

ガコンッ!コン、コン…

壮大な音を立ててゴミ箱が投げ付けられ、ゴミが散乱する。

『…なんだ、言えんじゃねーか』
呆れたように呟いたのは、まだ金髪になる前の浜田だった。


「…うわ、最悪…」

思い出した。とばかりに呟いた言葉に、浜田がクルリと振り返る。

「懐かしいな、これ」

彼はそう言ってニッコリと笑った。

流れていたのは、数年前に泉が初主演をした連続コメディドラマのワンシーン。
正統派男優として売れ始めていた泉がコメディに出る、しかも主演ということで結構話題になったこのドラマは泉にとってもいろんな意味で収穫の多いドラマだった。

「なんで今更これやってんだ?再放送?」
「いや。懐かしのドラマベスト10」

浜田の隣に腰を降ろして、一緒に画面に視線を向ける。
シーンは変わって、何度かテレビ局で会ったことのある司会者がドラマの感想を述べていた。

「こんときが泉の初主演だったっけ?」
「ああ」

肩に掛けていたバスタオルがスルリと浜田の手によって抜き取られ、次の瞬間にはバサリと頭の上に降ってきた。彼の大きな手がワシャワシャと混ぜるように動いて、髪に残っていた水分を乾かしていく。


「俺とも初共演だったよね」
「まぁ、俺、バラエティーは出ねぇし」

もう1つ、このドラマが話題になった理由が浜田の出演だった。
持ち前のキャラとルックスで人気タレントの地位を築きつつあった浜田が連続ドラマに出るということは、ファンの女の子たちの注目するものとなったからだ。
「でもあんときゃ、やたらとバラエティーに出されたな」
「出たって言っても番組宣伝VTRばっかりでしょ」
「俺にしたら快挙だって」

はい、おしまい。と言うように、バスタオルが肩に戻ってくる。

「…この共演がなきゃ、お前とこーなることもなかったな」
「ドラマの中じゃ恋敵だったけどね」

しばらくの沈黙があって、しみじみと呟かれた泉の言葉に、浜田は苦笑が漏れる。


――――先に好きになったのは俺だから。


そう言ったのは泉の方だった。
忘れもしない。
ドラマの打ち上げの席で、やけに真面目な顔をして詰め寄ってきたかと思ったら…。


当時のことを思い出して、クスッと笑った浜田は、泉の頬に唇を落とす。

「俺、あんとき殴られんのかと思った」
「言うな、ばか浜田」


正直言って、あの時の自分には余裕が無さすぎた。
そんなことは、泉本人が一番分かっている。

とにかく余裕が無かった。
もともと畑違いの上、自分には新しいドラマの話が来ていたし、浜田もバラエティーやクイズ番組に引っ張りだこだった。

これを逃したら、チャンスなんて当分こない。

「告白するように仕掛けたくせに」
「あ、人聞き悪いなぁ」

焦ってたのは俺も同じだよ。と浜田は苦笑を深くする。

泉がベッと舌を出して見せると、優しい口づけが落ちてきた。
その口づけを受け止めて、泉も目を閉じる。目を開けると浜田と目が合って、風呂は?と目線で訴えれば、再び口づけが落ちてきて諦めた。

「また共演したいね」
「バラエティーが忙しいだろ、お前は」


そう言って笑い合った二人に、野球マンガのドラマ化のオファーが舞い込むのはそう遠くない話。
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