パチパチ、と蛍光灯が何度か点滅した。
「お?」
どちらともなく呟いて、天井を見上げた瞬間。
バツンッ。
「うわっ?」
「げっ」
視界は一瞬にして暗転した。
「なに?なに?なんで?」
「ブレーカー落ちたんじゃねーの?」
慌てる俺の言葉とは裏腹に泉の落ち着いた声が闇の中から聞こえた。
「いや、そんなに電気使ってないし…」
ちょっと待ってて。と言って立ち上がる。もう住み慣れた部屋だ。どこに何があるかくらいは感覚で大体わかる。
シャッと音を立ててカーテンを開けると、ネオンが広がるはずの町が闇に沈んでいた。
動いてる光は車だな。
「停電みたいだよ、全部真っ暗だし」
「マジで?」
「あ、動かないで。懐中電灯持ってくるから」
気配で泉が立ち上がろうとしたのがわかって、慌ててそれを制止する。
こんな暗闇でケガでもしたら大変だもん。
手探りで押し入れまで辿り着く。目も少し慣れてきたようで、困難かと思われた懐中電灯を見つけることも意外と簡単にできた。
カチッとスイッチを入れて、
「あれ?」
オイオイ、まじですか?
「どうした?」
「電池切れ…かな」
「あぁ?!」
俺はどうしようもなくて苦笑するしかない。
泉のいささか不機嫌に「使えねー」と呟かれた言葉に更にその笑みを深くした。
仕方なく懐中電灯を押し入れに戻して、なにか代わりになるものはないかと探す。
目はもうすでにだいぶ慣れてきていた。
「あ、これでいいか」
ふと手にとったのは、去年、野球部のクリスマスに参加した時に貰ったでっかいキャンドルとライターだった。
使うことなんて無いと思ったけど、もったいなくて捨てられなかったソレ。
ビバ貧乏性ってね。
「何持ってきたんだよ?」
「まあまあ。見てのお楽しみ」
気配で俺が戻ってきたのを察した泉の声に答えて、俺はライターの火を点ける。
ご丁寧に付属されていたスタンドにキャンドルを立てて、導火線にライターの火をあてた。
「へぇ…」
ぼんやりと視界が橙色の光に包まれる。
揺れる光の向こうで泉が表情を緩めるのが見えた。
「こーゆーのも悪くないね」
「だな」
二人でキャンドルの灯りを挟んで笑いあう。
あ、キレイ、だ。
素直にそう思った。視線が自然と泉に行ってしまう。
光でこんなに変わるものなのか…
「浜田?」
「いずみ…」
名前を読んだのに、言葉が続かず沈黙に支配される。
プルルルッ!
「「?!!」」
突然鳴り響いたけたたましい着信音。
携帯電話かよ…
俺、今まじでビビったんですけど。
体の真ん中で心臓がバクバク言っている。
「もしもし?」
鳴ったのは泉の携帯電話だった。
ああ、とか、うんとか相槌を打つ姿を見ながら、電話の相手に心の中で舌打ちをする。
「なぁ、今日泊まってっていい?」
「んあ?」
突然の質問に間抜けな声が出た。
顔を上げると、泉が携帯電話のしゃべる部分を押さえてこっちを見ている。
「あ、うん。全然いいよ」
あ、おふくろさんか。
だったらしょーがねぇよ。と自分の不満に言い聞かす。
「おふくろさん?」
「ああ。なんか信号機とかも止まってるらしくてさ、事故とか起きてっから帰ってくるなって」
電話が終わった泉にあえて尋ねてみると、いかにも面倒くさいと言いたげな言葉が返ってきた。
「明日、こっから部活行くし、タオルとか借りていいか?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ…もー寝ようぜ」
そういって泉が立ち上がる。
多分、まだ10時にもなってないと思うのに…
「もしかして、結構疲れてた?」
「あぁ?それはテメェだろ」
俺のベッドに我が物顔で泉は横になる。
「バイト、バイトって昨日まで根詰めやがってよ」
珍しい悪態内容だった。
だって俺がバイトで食ってるの知ってるし…
「いずみ…?」
「うるせぇ。さっさと寝ろ」
可愛くない…
そんなことを思った時だった。
パパッと視界が白くなった。
「あ、電気…」
電気が普及したようだ。
キャンドルの灯りがあったとはいえ、目がシパシパする。
「泉、電気ついた」
「……俺、帰んねぇからな」
枕に顔を埋めたまま、噛み合わない返答が帰ってきて、気付く。
俺はキャンドルの灯りを吹き消す。蛍光灯からたれている紐を引いて、ついたばかりの電気を消した。
「いずみ」
隣のスペースに体を滑り込ませて、相手の細い腰を引き寄せる。頑なに枕に顔を埋めた姿が可愛らしくて笑みがこぼれた。
「ずっと一緒にいるから」
耳元で囁くと、ピクッとみじろいだのが分かった。それでも顔をあげてくれない泉。
「おやすみ」
もう一度、耳元に唇を寄せてそっとキスを落とした。
そーゆーことね。