引っ越しの荷物も粗方片付いて、ホッと一息吐いたときにはすでに夕方だった。
赤に色をかえた太陽の光がワンルームの部屋に差し込む。

「わっ!もうそんな時間?」
腕時計に目を落として一人驚く。

「ねぇ、みずた…に…」

それは無意識だった。

自分一人のワンルーム。
もちろん返事をしてくれる相手はいない。

し、ん。と静まる部屋に、否応なしに自分は一人暮らしを始めたのだと知らされた。

思わず口元に刻まれる苦笑。眉が下がったのが自分でも分かった。


一人埼玉を飛び出すにはそれなりに葛藤もあったけれど、最終的に背中を押してくれたのは愛しい恋人の腕。
そして、自分の意志。


なのに。


まだ入学式も始まってないのにホームシックだなんて言ったら怒られちゃうよね。


沈んだ気持ちを取り戻そうと、大きく伸びをする。

自炊をするのは面倒くさくなって、コンビニへ行こうと財布を探した。


とたんに響くバイブ音。


ドキッとして財布にのばしかけた手を携帯電話に移す。
軽い音をたててディスプレイを開けると、ナイスタイミングだとしか思えなかった。

「もしもし?」
『あ、栄口?俺だけど』
「うん、どーしたの?」

聞こえてきた愛しい声。
ちょうど聞きたいと思っていたソレ。

『んー…もう片付いたかなぁと思って』
「ああ。うん、一段落って感じ。これからコンビニ行こうと思ってたところだよ」
『そっかー。あんまりコンビニに頼っちゃダメだよ』
「その言葉、そのまま水谷に返すよ」


笑い合う。
こんな他愛ないやりとりを愛しく感じるなんて思いもしなかった。


「水谷…」
『ん?』
「あ、いやなんでもないよ」

寂しい。と言ってしまいそうになって、慌ててなんでもないフリをした。
えへ。と笑ってみせる。

夕日が目に痛い。


『あのさぁ…』

珍しく歯切れが悪い声。
黙って耳を傾ければ、

『電車で2時間だから…』
「だから?」


『寂しくなったら言ってね。会いにいくから。絶対』


心を読まれたかと思った。咄嗟に答えがでてこない。

『栄口?』

「あ?いや、え?うん」

よくわからない返事をしてしまい、顔が赤くなる。
小さく笑われたのが受話器越しに分かった。


『あ、コンビニ行くんだよね?電話、切るね』
「え?」

自然と声が陰る。


『明日が入学式でしょ?』
「…うん」

それは水谷の小さな気遣い。

『また寝る前にしよ。栄口だって準備あるでしょ?』
「うん…でも、」
『ん?』
「コンビニ行って帰ってくるまでは電話いいよ?」

遠回しの切りたくないアピール。
水谷はきっと気付いてる。

『分かった、電話しよっか』

水谷の言葉にホッとする。

遠距離恋愛。
新しい生活の始まりで、今まで他愛ないと思っていたことが、
こんなにも大切になるなんて…思っても見なかった。

そんなことを思いながら、俺は再び財布に手を伸ばした。