岡部×薪、R指定なし、短文。たまにはこんな薪さんも。
かわいいひと
「行くぞ、岡部」
はい!と元気よく返事して車のキーを手にすると、岡部は薪の背中を追った。
現場を視察しにいく際、岡部は他のメンバーよりも圧倒的に薪と行動を共にする確率が高い。
それは元々岡部が『現場の人間』だったからかもしれないが、理由はどうあれ一緒に過ごす時間が多くなるという事は、岡部にとってはささやかな喜びであった。
車を走らせる岡部の隣りで、薪はいつも無駄口を叩く事もなく、黙って窓の外を眺めているか、資料を見ている。
「……」
しかし別に嫌な沈黙ではない。
(いつだったか青木に『岡部さんはすごい』とか言われたな)
ずっと薪さんと居ても胃が痛くなったりしない。
それもその筈。
岡部にとって薪と長い時間居る事は全く苦痛ではなかったから。
怒らせたらどうしようとか、そういう事を気にして居たらこの男の側には居られないと、随分最初に学んでいたのだ。
それに。
「暑い…」
薪は小さく呟いて少し窓を開ける。
隙間から吹き込む少し冷たい風が、こもった車内に新鮮な空気を与えた。
風に髪を揺らせて、薪が少し目を細めたのがわかった。
数分後。
「…っくしゅ」
薪は小さくくしゃみをした後、黙って窓を閉めた。
それに…長い時間一緒に居ると、こういうかわいい所を見る事が出来るのを、多分第九のほとんどの人間は知らない。
「もうすぐ着きます」
「あぁ」
到着するやいなや、現場の警官の元に足早に進む。
きちんと追いかけないと着いていくのが大変な位だ。
状況説明を聞きながらも、薪の大きな目はしっかりと辺りを観察しているのが判る。
一体この瞬間にどれだけの情報量が脳内で処理されているのかと、岡部はいつも優秀な上司に関心するのだが。
「そこの部屋も、一応見ておくか」
岡部は薪が目で指したドアを開けた。
「どうぞ」
「…っ」
部屋に入ろうとしたその時、薪の身体が大きく前のめりになる。
寸での所で薪を受け止めた岡部は危なかったとは思いながらも、内心少しにやけてしまう。
前ばかり見てさっさと進もうとするのは多分癖なのだろう、たまに本気でこけそうになっているのを、岡部は今まで何度か見ている。
「どけ」
冷たい一言と共に抱き留めた腕をほどくと、何事も無かったかの様に薪は室内へ入っていった。
実にかわいげがない。
当然ながら、礼などもない。
どちらかというと睨んでくる。
(あー…でも)
そういう所もかわいいと思うなんて言ったら、凄いを通り越して変人扱いだろうな。
周りにどんなに大変ですねと言われても、これは内緒にしておこう。
「岡部!鑑識を呼べ」
「はい!」
岡部はうっかり弛んでいた口元を気合いで引き締めると、慌ただしく駆け出した。
(終)