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ブロメリア(2)

思わず接近した、まだあたたかい薔薇色の肌に、青木は息を飲む。

「わからない?」


確実に視線を絡めとり近付く彼の姿は、まるで美しい獣みたいだ。
こんなに綺麗な顔をして、しかし確かにそれは雄の獣じみた、艶めいた瞳だった。

青木は言葉を忘れてしまったかのように、ただただ二人掛けのソファの上で追い詰められてゆく。

「…薪さ」

噛み付く様に口唇を塞がれると、麻酔が掛かったようにじんと頭が痺れていくのがわかった。
甘いボディーソープの香りのせいか、薪の香りのせいか。


「青木…」

名残惜しむ様に名前を呼んだ薪は、いつもの堅苦しいスーツも羽織っていなければ、張り詰めた理性も身にまとってはいない。

バスローブからはほのかに色付いた形の良い足が惜しげもなくのびている。


「あ、あの」

何度見ても慣れる事の無い薪の姿に、青木は思わず目を伏せてしまう。
「あなたにそういう事されると、もう、理性が」

「…理性、持ちそう?」

「……」


横になるには狭いソファの上で、その白い首筋に口付ければ、薪が息を詰めるのが手に取るようにわかる。

身体全てを使って、彼を導いていく事に集中する。

「っ…あ」

息継ぎの度、押さえ切れない吐息が零れるのが、ひどく可愛らしい。

指をうずめると同時に、青木は上体を起こし、薪の微かな表情ひとつひとつを見逃すものかと熱の籠った瞳で見つめた。

「ぁ…嫌、見るな」

「どうして?」

熱い体内を掻き回される感覚に、沢山涙をためて耐える姿。

一点を掠めた時に跳ねる細い肩。

薄くひらかれた花びらの様な口唇。


「あ、あぁっ」

快楽に反った美しい背筋。

息を吐く間も無く繋がれば、栗色の髪を乱し、肩に顔を埋める。

何もかもが綺麗な彼が、本能に飲み込まれる姿は、どんな媚薬よりも青木の思考を掻き乱していく。


(ただの獣みたいに)


こうして肌を重ねていると、青木の体温から、呼吸から、言葉にできない感情が流れ込んでくる。
このまま溶け合ってしまいたくなる。

「好きです」

荒々しく、プライドも何もかも投げ捨てた、大きな波のような。

呼吸が乱れれば乱れる程に、求められる程に、青木は持っている全てで、自分を愛しているのだと感じる。


それがどれだけ自分の心を安らかにする事なのか、薪は今まで知らなかった。


だからこの腕が離れてしまわない様に、お決まりの台詞やポーズなんて無視して、夢中で求める。

一際強い快楽と、温かい鼓動を感じながら、薪はゆっくりと目を閉じた。



完璧主義の僕だけど

いつも理想と現実の間をおいかけっこ

ほんとのところは
あなたが気にする立場や釣り合い
今日のコーディネイトがいかに大人っぽくて素敵かなんてどうだっていいんだ

情けなく息をきらして
その優しい腕を引き寄せて

そのまっすぐな黒曜の瞳が溜め息と共に伏せるのを眺めたいんだ

愛想も駆け引きもない獣のように

あなたとキスがしたい

(終)


ブロメリア『あなたは完璧』

ブロメリア(1)

花言葉シリーズD、青木×薪、18禁



ブロメリア



完璧主義のあなただから
いつも僕は理想と現実の間でおいかけっこ

ほんとのところは
あなたの好きな名前も聞いた事のない花や
洒落たシャツの張り詰めた襟なんてどうだっていいんだ


情けなく息をきらして
その細い肩を引き寄せて

その理知的な琥珀の瞳が溜め息と共に伏せるのを眺めたいんだ

愛想も駆け引きもない獣のように


あなたとキスがしたい


(これがいわゆる格差婚ってやつだったりして…)

仕事中に関係ないプライベートな事を思案出来る程の余裕がうまれたあたり、もう青木も一人前に第九の一員と呼べるかもしれない。

青木はペンを口許にあてて、薄暗がりの中、スクリーンの照明に浮かび上がる恋人を見つめていた。

この一見何か考えている風に見える仕草は、彼の癖であり、いつのまにか青木の癖にもなった。


(こうして見てると、本当に薪さんて格好いいんだよなぁ)

小柄ではあるが、均整が取れた細身の身体に、綺麗すぎるとも言えるその顔かたち。
そこに『仕事に対する情熱』が鮮やかに行き渡ると、彼の魅力はもう言葉にしがたい程。

比べ物にならない。
誰も、彼の美しさや内面から滲み出る魅力には敵わない。


そんな彼が月日を経て自分に心を許し、更には『恋人』として側に身を置く事を望んでくれるなんて。

嬉しい、どうしようもなく幸福…だけど。

(俺って、薪さんと釣りあってるのかな)

そこまで考えて青木はぶんぶんと頭を振る。
(違う違う!そんな事考えてる暇があるなら俺がもっと成長して薪さんに近けば)
「青木」


「一人で百面相するのは、そんなに楽しい遊びなのか?」


気付けば傍らで仁王立ちした薪が冷たく青木を見下ろしていた。


青木は色々な意味でへこたれない男である。
「薪さーん!夕食の前に風呂入りますか?」
もう沸いてますよ、と新妻さながらの呼び掛けに薪は呆れた様にひそかに笑う。
あれだけ日中怒られておいて、堪えていないのか。
切り替えが早いのかただ脳天気なのか。


しかし家に帰ってまで仕事の事を言い続けるのは野暮だろう。
家居る間位は寛ぎたいと思っているのは薪も同じだ。にこやかに手渡された柔らかいタオルとバスローブを抱えると、薪は浴室へ向かった。


熱い湯を浴びながら、昼間の出来事を反芻する。
あいつが一人で百面相している時は、自惚れではなく十中八九自分の事を考えている時だと、薪は知っていた。
だから慌てる青木に、本気で冷たくする事が出来ない。

仕事をないがしろにするのは許される事ではないから、きつく灸はすえてやるけれど。

(あんなに四六時中僕の事考えて、あいつどれだけ僕を)

薪はそこまで考えて、なんだか無性に気恥ずかしくなり、シャワーを止めた。


「青木、出たぞ。おまえも」

まだ濡れた髪を拭きながらソファに座る青木に声をかける。

「……」

「青木?」

黙ったままの青木を不審に思いその顔を覗き込む。

「薪さん、俺って、薪さんにとって何か魅力がありますか」

情けない、子供じみた黒い瞳と視線がぶつかる。

(これが今日の百面相のテーマか)

「…いえ、その、おこがましいかとは思うんですけど、俺が薪さんを素敵だと思うように、薪さんも何か…」

ギシ、とソファが二人分の重さできしむ。

君と僕(2)

身体の大きさは決して強さと比例する訳ではない。

青木は新しい捜査の途中、行き詰まっていた。
ディスプレイに映される映像のスプラッタ加減がいつにも増して酷く、ここが第九である事すら忘れてしまう様な、悪夢の様な映像だった。

静かに響く機械音が、かろうじて青木を「こちら側」に引き止めている。
もう新人ではないのだからと、こんなものに心を揺らしていては仕事にならないと、自分を叱咤しながら画面に向き合い続ける。

ふと、肩に温かい感触。

「青木」

落ち着いた、声。

「薪さん…」

どっと肩の力が抜けるのが自分で判った。

「ここは犯人の幻覚が強い部分だ。もう少し先に進めて、確実な手掛かりを探せ。全て見ていては拉致があかない」

「…はい!」


肩に置かれた手の平が、完全に青木を現実に引き戻してくれる。

その大きさがどれ程のものか、多分薪は知らない。

切迫した環境の中でも、薪が外から帰ってきた時には、皆の表情が和らぐのを、薪は知らない。

「薪さん、コーヒー飲みます?」

「ああ」

書類を見つめたまま、振り返りもせずそう言う背中が、どれほど頼もしいかを、薪は知らない。


「確かに身体は大きいかもしれないですけど」

「え?」

「こないだ、薪さん言ってたでしょう?青木は大きいって」

「ああ、言ったな」

「でも俺からしたら、薪さんの方が全然大きいし、敵わないんですよね」

薪はいきなりなんだとばかりに首を傾げた。
その仕草がとんでもなく愛らしくて、青木は笑ってしまう。

「やっぱり敵いません、薪さんには」

いつだって俺は、大きいけど小さくて。

あなたの背中ばかり追ってしまう。

あなたは小さな体で、どんどん前に突進む。
まっすぐで大きな、美しい瞳で。


(終)

君と僕(1)

青木×薪、R指定なし。大きくても小さくて、小さくても大きい。


君と僕



誰がこんな馬鹿な事を始めたのか、問い詰めたい気分になる。

深夜、会議から戻った薪は、その有様に驚かされた。

「薪さん!お疲れ様でした!お帰りなさい」
「お疲れ様です」

「……」

今日は捜査が切りの良い所まで進んだら、明日に備えて帰れと連絡を入れた筈なのに。

これは一体どういう事なのか皆目見当がつかない。

「おまえ達…何を?」
「手比べですよ!」

「聞いて下さいよ薪さん!青木のやつ俺より背高い癖に手は負けてるんですよ〜」
「岡部さんちょっと気合い入れて指伸ばしてたじゃないですか!ズルですよ!」

「ま、まーまー、青木も岡部さんも俺らよりは全然でかいってば」

ああでもないこうでもないと、わいわいと盛り上がる大のおとな達に、薪は言葉を失う。
ついさっきまで世にも恐ろしいMRI画像と向き合っていただろうに、本当にこいつらときたら。
時々そういう脳天気さとたくましさに驚く。

「薪さんっ、手出して下さい」

「あっ、おい!青木」
悪ノリだと、一瞬室内の温度が下がるが、予想外にも薪は黙って青木の手のひらに自分の手を合わせた。


「………」

ちょん、という効果音が聞こえてきそうな程に、その手は小さく、それを見た皆は何故か赤面してしまう。

男のものにしては、綺麗すぎる細い指は、青木の指の第二関節を少し過ぎたあたりで止まった。

「…薪さん」
「なんだ」
「可愛」
「おおっと青木!!もうこんな時間だ!早く帰らないとセキュリティをかける薪さんに迷惑だろう!」

わざとらしい岡部の声に遮られた言葉が聞こえたのかどうか、手を離した薪の表情を、青木はいまいち読み取る事は出来なかった。



「…今日は、なんであんな事してたんだ?」
「あんな事?」

疲れた身体に、リネンのするりとした感触が心地よい。
青木はまどろみながら薪の細い肩を抱き寄せる。

「手比べ」

「ああ、曽我さんが…、俺は昔スポーツしてたから手がでかくてガッシリしてるんだなんて言い出して」

「うん」

「岡部さんが乗っちゃって、あんな事に」

胸元で薪がクスクスと笑うのがくすぐったくて、愛しくて、青木はより強く引き寄せる。

「青木は、大きいな」

「え?」

「手も、肩も…全部。僕の倍はあるんじゃないのか?」

見上げたなんとなく幼い薪に、胸の鼓動が聞こえてしまうのではないかと動揺が隠せない。

「いや、その、薪さんは薪さんらしくてというか、可愛らしくて」

そう言った後にしまった、という表情をしたのを薪は愉快そうに見つめる。

「あ…可愛いって言われるの、嫌でしたよね?」

「そうだな」

「すみません…」

「もう良い年の男だし、あんまり嬉しくはないけど」

おまえだけは許してやる。

青木は長い長いいつ醒めるとも知らない眩暈を覚える。
身体中の血が騒ぎ出すのが、判る。

荒っぽく組み敷いた薪の瞳は、怯えるでもなく、ただ静かに青木を見つめていた。

letters(5)


最後に彼の笑顔を見たのはいつだっただろうか。
雪子は言葉を失って、ただ薪を見つめていた。


久し振りに見た薪の笑顔は、穏やかで、少し悲しそうだった。

「教えて下さってよかったです」

「いえ、…私は」

あなたたちに、嫉妬していたの。
克洋君が、あなたばかり見ているのが嫌だったの。
つよし君が、彼の気持ちに気付きませんようにって、そんな残酷な事を祈ってたの。

「僕は、鈴木に随分と心配かけてたみたいですね」

言葉はもう胸に詰まってしまって、出てこなかった。


一枚の写真に秘められた、今はもう居ない彼の想いが、薪に届くように雪子は願った。

「…つよし君、今、幸せ?」

薪はその問いに、静かに微笑みを返しただけだったが、雪子は確信を持つ事が出来た。


確かに薪はあの密かな『手紙』を読んだのだ。
だからこうして、自分の前でも笑ってみせたのだと。

「青木君に、今後書類のチェックはちゃんとするように言って頂戴ね」
「はい、きつく言っておきます」

去り際の薪の顔は、心なしか晴れやかに見えて、雪子は自分の伝えた事が間違ってはいなかったと胸撫で下ろした。


第九へ続く廊下を歩きながら、スーツ越しに、ポケットに入っている4通の手紙にの感触を確かめる。


伝えたい想い。
隠していた想い。
伝えられない想い。
時間を越えた沢山の想いが、薪を包んでいた。

青木から、僕へ。

雪子さんから僕へ。

僕から、鈴木へ

そして。


『薪へ』


笑っていて下さい。


『鈴木克洋』


(終)

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