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secret medicine(3)

「薪さん…口唇が少し切れちゃってますね」
「誰のせいだ」

どうしてこういうシチュエーションの時程、お前は激しくするんだと、詰問してやりたくなる所だったが、生憎薪には怒る体力は残されていなかった。

正直動くのも面倒な位だが、帰らない訳にはいかない。シャワーを浴びて今日は早く寝てしまおう。

「こんな事言ったら怒るかもしれませんけど…」

「…?」
「さっきより、少し、顔色がよくなりましたね」
疲れて陰のある薪さんも、それは壮絶に色めかしいんですけどね、とは言えなかった。
流石に怒らせてしまうだろう。

「……」
ふいに押し黙った薪の表情は意外にも怒りではなく、何か驚きに近い表情で、青木は首をかしげる。
「薪さん?どうしました?」
「…あぁ、ちょっと」
薪は、昼寝雪子が聞いてきた下らない質問を思いだしていた。

男の僕が、仮に化粧品を使っている…様に見えるとしたら、それは多分、こいつと居るからだ。

絶対に青木に言う気はないが、今までの僕は仕事が終わって疲れていてもひたすら眠るしか知らなくて。
なんとか日毎の疲れを誤魔化していただけだったかもしれない。

けれど、今は。

「大丈夫ですか?身体、痛くないですか」

「痛いに決まってるだろ…身体中」
でも、不思議と気持ちは妙にすっきりとしている。

(…こんな理由、誰にも教えられない)

「いいから、早く車出してこい」

なんだか猛烈に恥かしくなった薪は、うろたえる青木に、ぶつけるように車のキーを投げた。


「何か用ですか」

懲りもせずによくぞいらっしゃいました、という刺のある視線を雪子は無視する。
「ええ、秘密主義のつよし君の事だから、簡単には教えてくれないと思って」

懲りもせずにまた来てみたわ、にっこりと微笑む雪子に薪は心底呆れる。

「…化粧品やサプリメントは使ってません。これといって気をつけている事もありません。これでよろしいですか?雪子さん」

「…嘘ね」
「…本当ですよ」
雪子の目はもはや監察医の目である。
そんなに注意深く見つめられても、本当に使っていないのだからと、薪は肩をすくめる。
「そうですね…」
強いて言うなら。

「適度な運動は心がけてます」


(悔しい、悔しい悔しいっ!!)
雪子はまたしても地団駄を踏みたい衝動にかられていた。

あの薪の表情。

適度な運動ですって?そんな模範解答期待してないのよ。
大体あの忙しい第九で仕事をこなして、帰ってからジョギングでもしてるっていうの?

めらめらと怒りの炎を燃やしつつ、仕事場へ戻った雪子を見て、助手の彼女は少しびっくりとした顔をした。

「あら先生」
「…なによっ」
「なんだか顔色がよろしいですね」


人それぞれ自分にあった美容法が存在するというけれど、まさかこんな形で効果が出るなんて。


「…そう?」
「はい、なんか生き生きしてますよ」

冗談じゃない、と雪子は失笑する。
こんな時に褒められても、素直に喜べやしない。

まだ諦めた訳じゃない。

(絶対に秘訣を暴いてやるわ)

去り際に見せた、あの男の余裕の微笑みを思い出して、雪子は改めてそう固く誓った。

闘争心は女性を美しくする。

その闘志を向けられた方は、たまったものではないのだが。
薪に関しては大して問題にならないだろう。

だって彼には、全てを癒す秘密の薬がある。

(終)

secret medicine(2)

腕を組み、苛立ちを張り付けた顔で、薪はモニターの前に座っている。

「どうかしましたか?薪さん」

コーヒーを片手に青木が心配そうに見つめてくるので、薪はそんなに酷い顔をしていたかと我に帰った。
「…少し疲れただけだ、気にするな」

本当に疲れる。
突然あの三好雪子が私用で呼び付けてきたと思えば…。
化粧品だって?
僕が?何故。
バカバカしい。

「……」

「薪さん…、相当お疲れみたいですし、今日は俺が代わりに残りますよ」

気にするなと言ってすぐにまた苛々とした顔をされては、余計に心配になってしまう。
青木は困った恋人を眺めた。
今日は何か三好先生が来て居たみたいだし、何かあったのかもしれない。

「もう、皆帰してしまって俺と薪さんだけなんですから、もっと楽にしてくださいね」

肩に置かれた大きな掌が優しくて、薪はひとつ息を吐くとようやくコーヒーに口を付けた。

「青木、手伝え。お前が代わりに残らなくても、元々大した量のデータではないんだけど。その方が早く片付きそうだ」

薪が素直に頼ってくれた事に、嬉しそうな表情を浮かべると青木もモニターに向かい始めた。

仕事は仕事だが、青木はこういう時間もとても好きだった。
仕事の顔とプライベートの顔が入り交じった薪の横顔、それは自分にのみ見る事の許される芸術品の様に感じる。
「…ふー、終わりましたね」
二人で、出来上がった報告書の束をまとめる。薪の言った通り、あまり時間はかからなかった。
「ああ、僕達も帰るか」
椅子から立ち上がった薪を、背後から抱きしめる。
「……青木」
「はい」
「何度もいうようだが」
「はい」
「場所をわきまえろ」「はい」

そう言いながらも、薪の首筋に顔を埋める青木に、全然聞いてないじゃないかと薪は笑みを零す。

「今日は疲れてるんだ、青木」
「…知ってます」

でもそういう時程、あなたが乱れる事も、知ってます。


シャツのボタンを外す青木の指を止めないのが、その証。

「…っ」
デスクに座らせて、白い足をなぞると、小さく息を飲むのが聞こえる。
片足にひっかかっているスーツが妙に青木を煽って、ついいつもより執拗に焦らしてしまう。
ふくらはぎから、内股までゆっくりとキスをしていくと、肩を掴む細い指に力が籠った。
「まだ、キスしかしてないのに…」
「…っバカ」

待ちわびていたそれに、惜しみないキスを与える。
声を押さえなくてはいけない環境が、薪を高ぶらせるのを知っていてわざと、刺激に緩急をつけて攻め立てた。
薪の呼吸が段々荒くなるのを、至上の幸福だとでもいうように青木は目を閉じて聞くのだ。

長い睫毛を震わせて、必死に薪が自分の身体を引きはがそうとするのを、腕一本で制止して、更に刺激を与えると、その両足がびくりと跳ねる。
「ぁ…も、青木」
静かな部屋に、濡れた声が響く。
「…っ、あ」

苦しげに胸を上下させ、上気した薪の頬にキスをしながら、今度はゆっくりと押し倒す。
こういう時ばかりは、長身で得をしたと思う。
硬い無機質なデスクを、こうしてベッドに出来るのだから。
「…綺麗です」
「……」
蛍光灯の下で白く透ける肌で、声を押し殺す姿はまるで人形の様なのに、自分を見上げる潤んだ瞳だけできちんと意志を伝えてくる。
いつも薪は、繋がる瞬間の熱い吐息ひとつで、青木の理性を奪いさってしまう。

secret medicine(1)

青木×薪、R15、雪子も出て来ます。綺麗になる秘薬。


seclet medicine


「ねぇさっきから私の話聞いてる?」
たまの休みの昼下がりは、女子の時間。

白いクラシックなテーブルに、白いティーセットとレースのカーテン。

「あんたが誘った割に、さっきから携帯いじってばっかりじゃない」
久し振りの休日。
どうしても行きたいカフェがあるというから、渋々愛しの自室のベッドからはい出て来たというのに。
お洒落で可愛い(というよりは少女趣味に見えたが)店内を大して満喫もしていない友人に、雪子は溜め息をつく。

「あんたはともかく、私にはちょっと似合わない店ね」
女性にしては長身で、少し意志の強い顔立ちの雪子は、確かに店内で少し浮いていた。
人目を気にするという訳ではないが、少し窮屈で、雪子は顔をしかめる。

(そう、こういうカフェに似合うのは、もっとこう小さくてお人形さんみたいな…例えばつよし君とか)

「もー、雪子ったらそんな顔しないの!ほら、笑って!」
ハイ、チーズ!
「はぁ?」

突然のシャッター音に、持っていたティーカップを落としそうになる。
「ちょっと、何撮ってるの!携帯かして、消すから」
そういって友人の手から奪った携帯に写った自分の写真を見る。

「………」

雪子は無言でその写真を消去し、ぱちんと携帯を閉じた。

(まずいわ)

ショックは日常の何処に潜んでいるか判らない。
隙を狙って、いつだって突然襲いかかるのだ。


そのショックは雪子の心を悩ませ、仕事に集中出来なくさせる程だった。
しかしいいのだ。接客業でもないのだから。
(どんな顔して仕事してたって、死体は怒んないわよ)

「ねぇスガちゃん、あなた何か美容の秘訣ってある…?」
「先生、流行の婚活ですか?」

「違うわよ!私が美容に関心もっちゃ悪い?…ただ、スガちゃん年の割に結構可愛いし、何か使ってる化粧品とか美容法とかがあるのかと思っただけ」

彼女がクスリと笑うので、雪子は更に不機嫌な顔になってしまう。
(いけない、シワが増える)

そう、雪子の悩みの種、それはあの時撮られた写真の自分の顔であった。
まだ少女気分で居たつもりでは無かったが、予想以上に疲れた顔をして居た自分。
うっすらとでたクマに、微かにほうれい線まで出ていた気がする。
あまりのショックにまじまじとは見れなかったけれど。

「私は特別な事は…あ、そうだ!先生、そういうお悩みにピッタリな方居るじゃないですか」

「…まさか、つよし君の事を言ってるの?」


プライドから、思考の片隅に追いやっていたその男。
確かに年齢を無視したような美しさを持っている。
(こんな相談をするのはプライドが…でも)
背に腹は変えられない。

想像以上に、雪子は追い詰まっていた。


「何か御用ですか」

相変わらずな薪の対応に、雪子はさっそく心が折れそうになるのを堪え、なるべく平静を装って切り出す。
「…つよし君。」
「はい」
「こんな事突然聞いて悪いんだけど」
「……」
つよし君、化粧品は何使ってるの?

「…は?」


(全くケチくさいわ)

雪子はずかずかと音を立てながら一人仕事場へ向かっていた。

結局、薪は何も答えず、ふと眉をしかめただけで、さっさと仕事に戻ってしまった。

(だっておかしいじゃない)
私と歳は変わらないのに、あんなにくすみもしわもない陶器みたいな綺麗な肌で、しかも女顔負けの色気まで放つなんて。
絶対に何かある。
たくましい事に、雪子諦めて居なかった。

自分のそっけない態度が逆に雪子を燃え上がらせているなんて、薪は想像もしていないに違いない。

パレード(3)

どれほどそうしていただろうか。
疲れさせてしまったかもしれないと、青木はさり気なく薪の様子を伺う。
「そろそろ、帰りますか?」
「…ああ」

薪がほんの少し淋しそうな表情を浮かべたのを、青木は見逃さなかった。

「まだ、帰りたくないですか?」
「…え?」
「なんだか…淋しそうだったので」

淋しい。
別にまだ祭を見て回りたいとか、遊び足りないとかいう事ではない。
『この瞬間が終わってしまう事』が、淋しい。
終わった瞬間から思い出になっていくのだ。
それはなんだか、もう二度と手に入らない物なのではないかと、酷く薪を不安にさせる。

「また来ましょうよ」
青木のまっすぐな声は、喧騒の中でも良く聞こえた。
「来年も、再来年も」
出来たら来年は、浴衣姿が見たいです。
そんな風におどけて微笑む青木に、ふさいでいた気持ちが自然に和んでいく。
「バカ」

そう言って顔を背けるのが精一杯だった。

泣いてしまいそうだった。

いつも、いつも僕の気持ちを伺って、対外は見当外れなくせに、どうしてこういう時に限って外さないのだろう。
「昔は祭の後って結構センチメンタルになりましたけど」

石段を下りながら、青木は優しく話し出す。

「今はあんまり淋しい気持ちにならないんですよ、だって」

静かに、独り言のように。

「帰ってからも薪さんと一緒に居られると思うと、そっちがまた楽しみになっちゃって」

静かな静かな告白。


「薪さんが居れば俺は毎日お祭みたいなものです。あれ?変か、えーと…毎日が、幸せで、楽しくて」
「…もういい」

歯がぶつかりそうな位に、強くキスをすると、青木の肩が驚きで強張ったのが判った。

もう言わなくてもいい。知っている、解っている。

僕は、そういう事を言葉にするのが不得意だけど、同じ位、それ以上に、お前を想っている。


「ま…」
「帰るぞ」

人込みを掻き分けて、駐車場に向かう途中、ゆらゆらと揺れる灯と、人々の屈託ない笑顔を、湿った夏の夜の空気を、薪は心から美しいと感じた。


「夏は楽しいよ」


そういって笑う彼の声が聞こえた気がした。

「お祭、どうでしたか?」

まだ顔を見て素直に言う自信が無くて、薪は振り返らずに答えた。

来年は、きっと目を見て言おう。
再来年は、笑いながら言えるように。
浴衣は、着ないかもしれないけど。


「楽しかった」



ずっと、ずっと僕の側に居るんだろ?青木。

(終)

パレード(2)

「お祭です」
まるで子どもの様に一気に元気になった青木は、まだ薪の意見も聞かぬうちに祭ばやしの聞こえる方向へ車を走らせる。


「あ、青木っ」
「いいじゃないですか!ちょっとだけ!」

人目も憚らずしっかりと握られた手に、薪はあれこれ言う余裕を奪われ、気付くと祭の行われている神社の中に飛び込んでいた。


「わあ、久々だなぁ!出店も、沢山ありますね!」
見上げた青木の顔は子どもの様どころか、子どもそのものに無邪気で明るく、薪は抵抗する気持ちがしぼんでゆくのを感じる。

「わたあめに、焼きとうもろこし、金魚すくいもある…あ、見てください!硝子細工ですよ、薪さんああいうのお好きで……」
隣りに立っている薪の姿を見て、青木は息を飲む。

薄暗闇の中、橙色の提灯の明かりに照らされた薪の横顔は絵の中の様に美しかった。
スーツである事で、かろうじて現実にとどめられているだけで、まるで夢の様に儚げな姿。
「…あ、薪さん」

今自分はこんなに美しい人の手を握って祭に来ている、という現実がじわじわと身に染みてきて、口の中が乾く。

「どうした?」
「い、いえ、なんでも!薪さん、喉乾きませんか?あっちに」

本当は喉が乾いているのは自分なのに、こうでもしないと落ち着かないのが情けない。
青木は薪の手をきつく握り直し、歩きだした。


「こんなに誰が食べるんだ」
「スミマセンつい…」
青木が持ち切れなかった出店での収穫を、薪ももたされる羽目になった。
焼きそばにりんご飴、鈴カステラ。
その他にも薪が知らない駄菓子のようなもの。
「なんかこう…祭となるとテンションが上がってきません?」
「上がらない」
そう冷たく言い放った薪が、実はそんなに不機嫌ではないと、青木は知っていた。

あれもこれもと買いすぎた荷物を、薪が自分から半分持つと言ったから。

半分持つから、握ってる手は離すなよ。

そう言われた気がして。

「この辺でいいか」

神社の石段に腰を降ろそうとした薪に青木は慌てて声をかける。
「あっ服汚れちゃいますよ」
「いいよ、どうせクリーニングにだすんだから」

二人は並んで祭の様子を見ながら、出店で買ったものに口を付けた。
「これってどうやって食べるんだ?」
「普通にそのまま囓る…んだと思いますけど」
「先に飴を舐めてからじゃないんだな」
薪がにらめっこしていたのはりんご飴で、あまり異物を見る様な目でそれをみるので、青木は可笑しくなる。
「…笑うなよ」
「薪さんが、あんまりにも不思議そうに見るから」
「だって玩具みたいじゃないか?色とか…」
「確かに少し」

二人は肩を寄せて笑った。
先の不穏な空気はもう消えて、賑やかな人々の声と、石畳の放つ心地よい冷たさが二人の周りを満たしていた。
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